日本人におけるアルコール摂取と2型糖尿病発症リスク

アルコール

はじめに

2型糖尿病(T2D)は世界規模で増加している疾患であり、国際糖尿病連盟(IDF)によれば、2019年時点で世界の糖尿病人口は4億6200万人に達し、2045年には7億人に達する見込みです。日本も例外ではなく、生活習慣の変化に伴い、糖尿病予備群を含む対象者が年々増加しています。

なかでも、アルコール摂取が糖尿病リスクにどのように関与するかは、過去から議論が続いているテーマです。欧米を中心とした研究では、「適量の飲酒はT2Dリスクを低下させる」とする報告が多いですが、アジア系、特に日本人においてはその傾向が必ずしも当てはまりません。日本人はアルコール代謝に関わる酵素であるALDH2の活性が低い人が多く、同じ飲酒量でも肝機能やインスリン感受性に与える影響が異なる可能性が指摘されています。

今回ご紹介する論文は、15,453名の日本人を対象に、アルコール摂取とT2D発症リスクを検討した研究です。

研究の概要と対象者の特徴

この研究は、岐阜県におけるNAGALA(NAfld in the Gifu Area, Longitudinal Analysis)コホートの二次解析として行われました。2004年から2015年の間に健康診断を受けた20,944名から、既存糖尿病患者、薬剤使用者、肝疾患保有者などを除外し、最終的に15,453名(男性8,430名、女性7,034名)を解析対象としました。

対象者の年齢中央値は42歳(四分位範囲37〜50歳)で、追跡期間の中央値は男性5.8年、女性5.1年でした。

アルコール摂取量の分類と空腹時血糖(FPG)層別化

アルコール摂取量は以下の4群に分類しています。

  • 非飲酒者:0g/週
  • 軽度飲酒:男性1-139g/週、女性1-69g/週
  • 中等度飲酒:男性140-274g/週、女性70-139g/週
  • 多量飲酒:男性275g/週以上、女性140g/週以上

さらに、

  • 空腹時血糖(FPG)が100mg/dL未満の正常群(NFPG)
  • 空腹時血糖(FPG)が100-125mg/dLの高値群(EFPG)

に分けて解析することで、前糖尿病段階と正常群での影響差を明らかにしました。

主要な結果

研究期間中、373人(男性286人、女性87人)がT2Dを発症しました。

EFPG群では、重度飲酒者(男性:280 g/週以上、女性:140 g/週以上)がT2Dリスクを88%増加させました(HR 1.88, 95% CI 1.24–2.84)。中等度(HR 0.83, 95% CI 0.50-1.38)、軽度(HR 1.00, 95% CI 0.69-1.45)飲酒者のリスクは上昇しませんでした。

一方、NFPG群では、重度飲酒者でもT2Dリスクに有意な影響は見られませんでした(HR 1.10, 95% CI 0.48–2.53)。

この知見は、従来の研究で見落とされがちだった「糖尿病予備群におけるアルコールリスク」を浮き彫りにした点で、新規性が高いといえます。

性差解析の意義

性差にも注目すべきです。男性EFPG群の多量飲酒者では、T2Dリスクが1.83倍(HR 1.83, 95% CI 1.08-3.08)に上昇していました。一方、女性ではどのFPG群でも有意なリスク上昇は認められませんでした。

この背景には、アルコール代謝酵素の活性差、女性ホルモンによるインスリン感受性調整効果、脂肪分布の違いなど、複数の生物学的要因が関与している可能性があります。

分子生物学的な視点

アルコール摂取がT2Dリスクに与える影響は、インスリン分泌と感受性に影響を与えることで説明されます。アルコールは肝臓で代謝される過程でアセトアルデヒドを生成し、これが酸化ストレスや慢性炎症を引き起こします。肝臓でのインスリン抵抗性を増加させ、β細胞のインスリン分泌を低下させる可能性があります。特に、EFPG群では、既にインスリン抵抗性が進行しているため、アルコール摂取がさらにリスクを高めることが示唆されます。また、アルコール代謝に関与する遺伝子多型(例:アルコール脱水素酵素)が、個人のリスクに影響を与える可能性もあります。

明日から実践できるポイント

この研究結果を踏まえ、以下のような実践的なアドバイスが考えられます。

  1. FPGレベルのモニタリング:定期的な健康診断でFPGレベルをチェックし、EFPG(100-125 mg/dL)の場合は特に注意が必要です。
  2. アルコール摂取の制限:EFPG群の男性は、重度飲酒を避けることがT2Dリスクを低減するために重要です。アルコール摂取量を週280g未満に抑えることを目指しましょう。
  3. 生活習慣の改善:適度な運動とバランスの取れた食事を心がけ、肥満や内臓脂肪の蓄積を防ぐことが重要です。

本研究のlimitation

本研究にはいくつかの限界があります。まず、観察研究であるため、未測定の交絡因子が残っている可能性があります。また、アルコール摂取量は自己申告に基づいており、記憶の偏りや誤差が生じる可能性があります。さらに、特定のアルコール摂取パターン(例:飲酒頻度、飲酒タイミング)についての詳細な分析は行われていません。最後に、日本のコホートに基づく研究であるため、他の民族や文化圏への一般化には注意が必要です。

おわりに

アルコールと糖尿病発症リスクの関係は単純ではなく、血糖レベル、性別、生活習慣など、多因子が絡み合う複雑な構造をしています。特に日本人では、「糖尿病予備群×多量飲酒×男性」という組み合わせが非常にリスクの高いグループであることを、本研究は明確に示しました。


参考文献

Huang YZ, Luo F, Ran X, Yang J, Gu M, Zhou SQ. Association between alcohol consumption and risk of type 2 diabetes in Japan: a population-based longitudinal cohort study. Sci Rep. 2025;15:630. doi:10.1038/s41598-024-84597-5

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