味覚低下と死亡リスク

耳鼻咽喉科関連

はじめに

味覚は、生涯にわたる健康と食生活の質を左右する極めて重要な感覚です。甘味や塩味、酸味、苦味、うま味といった基本的な味覚は、食欲や食事内容を決定づけるだけでなく、危険な物質を避けるための生体防御機能としても重要な役割を担っています。加齢に伴い味覚機能が低下することは以前から知られていましたが、これまでの多くの研究は高齢者を対象とした断面的な評価にとどまり、若年期から中年・高齢期にかけての味覚機能の経年変化がその後の健康リスクに与える影響についてはほとんど明らかになっていませんでした。

今回紹介する研究は、米国の国民健康・栄養調査(NHANES)データを活用し、25歳以降の味覚機能の主観的な低下と、その後の全死亡率との関連を前向きに検討した報告です。味覚低下が単なる加齢現象ではなく、重要な死亡リスクマーカーになり得ることを示した点で、大きなインパクトを持つ研究と言えます。

研究概要

本研究は、2011年から2014年に実施されたNHANES調査に参加した40歳以上の成人7,340名を対象に、味覚低下の自己認識と2019年までの全死亡率との関連を追跡調査したものです。対象者の平均年齢は57.8歳で、52.8%が女性でした。味覚低下の有無は、「25歳時と比べて現在の味覚が低下したか」という主観的な質問への回答に基づき評価しています。味覚機能の低下は、塩味、酸味、甘味、苦味の4つの基本味覚の感知能力の低下として定義されました。

主な結果

7,340名のうち662名(8.9%)が「25歳時より味覚が低下した」と回答しました。追跡期間の中央値は6.67年(四分位範囲5.67~7.83年)で、期間中に1,011名が死亡しました。

味覚低下を自覚していたグループは、そうでないグループに比べて47%死亡リスクが高いことが明らかになりました(多変量調整後ハザード比1.47、95%信頼区間1.06-2.03)。
特に塩味と酸味の低下が死亡リスク上昇と強く関連しており、それぞれハザード比は1.65(95%信頼区間1.21-2.26)、1.69(95%信頼区間1.19-2.40)でした。

また、味覚低下の影響には性差が認められ、女性では苦味の低下が死亡リスクの上昇と関連し(ハザード比1.63)、男性では酸味低下が死亡リスクを高める(ハザード比1.69)ことも示されました。

さらに、嗅覚機能が保たれている人においても、味覚低下がある場合には死亡リスクが有意に上昇しており、嗅覚の維持では味覚低下によるリスクを相殺できないことも確認されています。

味覚低下が死亡リスクを高めるメカニズム

味覚は、舌上の味蕾に存在する多様な味覚受容体細胞によって媒介されます。これらの細胞は、口腔内の化学情報を高次の脳中枢に伝える役割を果たします。味覚機能の低下は、これらの受容体細胞の機能障害や神経伝達経路の変化に関連している可能性があります。本研究では、具体的な分子生物学的解析は行われていませんが、以下のような複合的メカニズムが関与すると考察されています。

栄養摂取の質と量の低下

味覚が低下すると、食事の楽しみや満足感が低下し、食事量そのものが減る傾向があります。また、塩味や甘味が感じにくくなることで、過剰な塩分や糖分を求めるようになり、高血圧や糖尿病といった生活習慣病リスクが増大します。特に塩味低下は、塩分過多→高血圧→心血管疾患という負の連鎖を引き起こす可能性があります。

食品選択の変化と食中毒リスク

酸味や苦味は腐敗や有害物質を検知する重要なシグナルですが、これらの感覚が低下すると、傷んだ食品やカビ毒を含む食品を摂取するリスクが高まります。長期的には、慢性炎症や腸内環境の悪化を引き起こし、全身の健康に悪影響を及ぼす可能性が指摘されています。

神経変性疾患・慢性疾患の早期サイン

近年、アルツハイマー病やパーキンソン病などの神経変性疾患では、早期に味覚や嗅覚の低下がみられることが報告されています。味覚低下は単なる感覚障害ではなく、神経系の変性や炎症が全身の代謝や免疫機能を破綻させる前兆と捉えるべきなのかもしれません。

実践的な示唆

本研究の結果を踏まえると、次のような行動が重要です。

  • 40歳を過ぎたら定期的に味覚チェックを行い、低下を自覚した場合は医療機関に相談する
  • 塩味や酸味を感じにくくなったときは食生活を見直し、過剰な塩分や腐敗食品の摂取を防ぐ
  • 味覚機能の低下が、神経疾患や循環器疾患のリスクサインであることを意識し、早期予防・治療に努める

Limitation(研究の限界)

この研究にはいくつかの限界があります。まず、味覚機能の変化は自己報告に基づいており、客観的な測定が行われていません。これにより、バイアスが生じる可能性があります。また、25歳時の味覚機能のデータがないため、早期から味覚障害があった人が「変化なし」グループに誤分類される可能性があります。さらに、味覚機能の変化がいつ発生したかは不明であり、これが結果に影響を与えている可能性もあります。また、死因別の詳細な解析は実施されていないません。

おわりに

早期成人期から中高年期における味覚喪失の自覚、特に塩味や酸味の感知能力の低下は、全死因死亡率の増加と関連しています。この関連は、嗅覚機能が維持されていても軽減されません。これらの知見は、味覚機能の変化が中高年期の死亡率を予測する有用な指標となり得ることを示唆しています。今後の研究では、味覚機能の変化と死亡率との関連メカニズムをさらに解明することが求められます。

参考文献

Zhu R, Wang R, He J, et al. Perceived Taste Loss From Early Adulthood to Mid to Late Adulthood and Mortality. JAMA Otolaryngol Head Neck Surg. Published online February 13, 2025. doi:10.1001/jamaoto.2024.5072

タイトルとURLをコピーしました