はじめに:誰もが直面する疲労という謎
私たちは日々の生活や臨床の現場において、疲労という言葉を頻繁に耳にし、また自身でも絶えず体験しています。激しい運動を終えた後の身体の重さ、長時間のデスクワークや当直業務に伴う集中力の減退、あるいは高齢者や慢性疾患患者が訴える鉛のような倦怠感など、その訴えは多岐にわたります。しかし、これほど日常的でありながら、疲労の正体を生理学的、神経学的に明確に説明することは極めて困難でした。
疲労を訴える患者に対して、客観的な筋力低下なのか、それとも気力の問題なのか、あるいは中枢と末梢のどちらに主たる破綻が生じているのかと、曖昧な線引きに悩まされた経験を持つ医療者は少なくないはずです。研究の世界においても、疲労は長年にわたり、筋力の低下という客観的現象と、だるさや疲労感という主観的感覚の二つに切り離されて扱われてきました。その結果、生理学、臨床医学、心理学、人間工学といった各専門領域で用語や解釈が分断され、実験室で得られた膨大な知見が、実際の人間が直面する身体能力の低下や生活機能障害の改善へと十分に還元されてきませんでした。
この長年の混迷に終止符を打ち、疲労を一つの統合された生体制御システムとして捉え直したのが、コロラド大学のロジャー・M・エノカ教授とブリュッセル自由大学のジャック・デュシャトー教授によるレビュー論文です。本稿では、彼らが提唱した新しい疲労の概念枠組みを軸に、高齢者の歩行機能、アスリートの極限パフォーマンス、そして神経難病における病態メカニズムを読み解き、私たちが明日からの臨床や指導にどう活かしていけるのかを論じていきます。
疲労研究における従来のパラダイムとその限界
中枢性疲労・末梢性疲労
19世紀末、イタリアの生理学者アンジェロ・モッソは、反復運動による筋力の低下と、それに伴って生じる感覚の二面性を指摘しました。以来、現代の疲労生理学の多くは、筋力の低下を中心的な現象として捉え、その律速段階を運動ニューロンから骨格筋線維へと至る経路の中で特定しようと試みてきました。具体的には、大脳皮質から脊髄運動ニューロンまでの指令の低下を中枢性疲労、神経筋接合部から筋小胞体、アクチンとミオシンのクロスブリッジ形成、代謝環境の破綻などを末梢性疲労と分類するアプローチです。
古典的な二分法の限界
しかし、著者らはこの古典的な二分法に基づくアプローチには二つの本質的な限界があると厳しく指摘しています。
第一の限界は、筋出力の低下を代償して作業を継続しようとする神経筋活動の調整と、それに伴って湧き上がる感覚の生成とが、あたかも独立した現象であるかのように暗黙のうちに仮定されてきた点です。実験的に電気刺激を用いて筋を直接収縮させれば、収縮特性のみの低下を単離して記録することは可能です。しかし、人間が生体内で自発的な随意運動を行う際、運動ニューロンが発射する活動指令の変化は、筋出力に目に見える低下が現れるよりも前から始まっています。さらに、骨格筋内に存在するIII群およびIV群の感覚求心性神経線維からのフィードバック信号は、脊髄運動ニューロンのシナプス入力統合を修飾すると同時に、大脳皮質へと投射されて痛みや努力感、不快感といった主観的知覚の形成に直接寄与します。つまり、筋力の低下と疲労の知覚は、最初から複雑に絡み合った単一の神経生理学的ループであり、両者を強引に分離してどちらが疲労の原因であるかを論じること自体に無理があったのです。
第二の限界は、随意運動の遂行に関わる無数の生理学的プロセスのほぼすべてが、課題の条件次第で容易に障害され、出力低下の原因になり得るという点です。例えば、低い負荷を長時間維持する持続運動では、最大随意収縮(MVC)力の低下は主に神経系が生成する活動指令の減衰によって引き起こされます。一方で、短時間の極めて高い負荷運動では、筋小胞体からのカルシウムイオン遊離の抑制やクロスブリッジの機能低下など、筋収縮機構そのものの疲労が主因となります。
このように、どの生理学的プロセスが律速となるかは運動の様式や強度、持続時間によって著しく変化し、これは疲労の課題依存性として知られています。しかし、実験室の厳密な環境下で示された様々な機能低下のうち、どれが現実世界における人間のパフォーマンスを実際に制限しているのかという問いには、従来の枠組みでは明確に答えることができませんでした。
新たな統合フレームワーク:パフォーマンス疲労性と知覚疲労性
こうした従来の混乱を打破するために著者らが提唱した新規性のある概念が、疲労を症状として定義し直すというパラダイムシフトです。
本論文における疲労の定義は、身体的および認知的機能が、パフォーマンス疲労性と知覚疲労性の相互作用によって制限される、自己報告による障害性の症状です。この定義において極めて重要な点は、疲労そのものは自覚症状であるため、本人の自己報告によってのみ測定可能であると規定したことです。したがって、作業持続時間や筋力低下といった客観的数値は疲労そのものではなく、後述するパフォーマンス疲労性の指標として整理されます。
また、著者らは疲労の前に中枢性、末梢性、精神的、筋といった修飾語を付す慣習を明確に否定しています。それらの形容詞は変化の責任病巣を示唆しようとするあまり、かえって曖昧さを招き、現象の本質を見誤らせるからです。そうではなく、研究や評価においては、客観的に測定した主要評価項目とその変化率を正確に記述すべきであると主張しています。
この新しい分類体系の核となるのが、二つの疲労性の概念です。
パフォーマンス疲労性(Performance fatigability)
一つ目は、パフォーマンス疲労性(Performance fatigability)です。これは、特定の時間経過に伴って生じる、客観的な身体能力や作業パフォーマンス指標の低下率を指します。この属性を決定づける要素は二つあり、一つは関与する骨格筋の収縮機能(カルシウム動態、最大筋力容量、血流、代謝および代謝産物など)、もう一つは神経系が課題に見合った適切な活動指令を筋へ送り届ける筋活動能力(随意活動水準、動員パターン、運動ニューロン発射特性、求心性フィードバック、神経筋伝播など)です。
知覚疲労性(Perceived fatigability)
二つ目は、知覚疲労性(Perceived fatigability)です。これは、生体の統合性や安全性を維持・防御するために、運動のペースや強度を微調整する感覚の変化を指します。この属性も二つの要素から成り立っています。一つは恒常性の維持(血糖値、深部体温、水分状態、神経伝達物質、代謝物、酸素化、覚醒状態など)であり、もう一つは心理的状態(覚醒度、実行機能、期待、気分、動機づけ、痛み、パフォーマンスに対するフィードバックなど)です。

疲労を疲労度ではなく疲労性という相対的な概念で捉える最大の利点は、負荷の大きさに対して生じる疲労の度合いを、個人間で客観的に標準化できる点にあります。疲労しにくい個人とは、同一の疲労症状に達するまでにより大きな負荷や作業要求に耐えられる個人のことを指します。運動中のある時点で本人が感じる疲労のレベルは、これら二つの属性がそれぞれの変化率をもって複雑に相互作用した結果として表出するのです。
例えば、深部体温の上昇や低血糖といった恒常性の破綻、あるいは抑うつなどの心理状態の変化は、知覚疲労性を高めるだけでなく、中枢神経系からの随意活動水準を直接抑制してパフォーマンス疲労性を増大させます。逆に、高強度の筋収縮によって発生した代謝産物が筋求心性神経を興奮させると、脊髄や大脳皮質における運動指令の低下を招くと同時に、知覚疲労性を直接押し上げます。両者は完全に地続きのシステムとして機能しているのです。
特性疲労(trait fatigue)と状態疲労(state fatigue)
さらに臨床上極めて重要な視点として、疲労の評価における特性疲労(trait fatigue)と状態疲労(state fatigue)の区別が挙げられます。
特性疲労は、過去数日間から数週間にわたって患者が自覚してきた平均的な疲労の強さを反映し、質問票等によって定量化されます。これは主に、ベースラインにおける恒常性や心理状態の変位を反映しています。
一方の状態疲労は、現に運動や作業を行っているその瞬間において、各修飾因子の急激な変化率に伴って生じる疲労感を反映します。この時間軸の整理により、慢性的な症状としての疲労と、急性負荷に対する疲労反応を明確に区別して臨床評価することが可能になります。

3つの実証例から読み解く疲労の動態
論文では、この新しいフレームワークの有効性と課題を検証するため、健康な高齢者、持久系アスリート、そして多発性硬化症患者という対照的な三つの対象群における具体的なデータが提示されています。
高齢者の歩行持久力と局所筋疲労の乖離
高齢者において歩行機能は生命予後を占う極めて重要な指標です。実際、米国立衛生研究所が開発したNIHツールボックスでは、2分間歩行テストが全身の呼吸循環器系および筋骨格系の統合的応答を反映する指標として採用されており、400メートル歩行テストの所要時間は高齢者の死亡リスクを有意に予測することが知られています。
この歩行持久力と、実験室で測定される神経筋機能との関連を調べたジャスティスらの研究では、22±4歳の若年成人群と75±6歳の高齢者群を対象に比較が行われました。加齢に伴って機能低下が顕著に現れる足関節背屈筋に着目し、1レペティションマックスの20%という低強度の負荷を座位で足関節中間位のまま限界まで等尺性に保持させる課題を実施しました。課題限界時における最大随意収縮トルクの低下率は、若年群と高齢群で約23%と同等でした。しかし、その限界に至るまでの持続時間は、若年群が15.5±0.9分であったのに対し、高齢群では8.9±0.6分と有意に短い結果となりました。
さらに、500メートル歩行時間を目的変数としたステップワイズ重回帰分析を行うと、若年群では決定係数が0.42となり、膝屈筋群の最大随意収縮力、足関節背屈筋の1RM負荷量、背屈筋の力発揮の安定性に加え、背屈筋の疲労課題持続時間と最大収縮力が有意な予測因子として抽出されました。ところが高齢群では、決定係数は0.31にとどまり、若年群と共通する3つの変数のみが抽出され、足関節背屈筋の疲労課題持続時間はモデルから脱落してしまいました。つまり、実験室で単一の関節を用いて測定した局所筋のパフォーマンス疲労性は、若年者においては歩行時間のばらつきを中等度に説明できたものの、高齢者の歩行持久力を直接説明することはできなかったのです。
一方で、1155名の高齢者を対象としたベスターガードらの大規模疫学調査では、全く異なる側面が浮き彫りになりました。うつ病評価尺度を用いて過去1週間の疲労経験を評価し、週に3日以上強い疲労感を訴えた者を疲労群として分類したところ、その該当率は男性で15.3%、女性で29.1%に達しました。この自覚的な特性疲労を有する群は、非疲労群と比較して握力が弱く、日常生活動作の制限が強いだけでなく、400メートル歩行の平均速度が男性で1.29メートル毎秒から1.22メートル毎秒へ、女性で1.14メートル毎秒から1.05メートル毎秒へと有意に低下していました。さらに、400メートルを歩行しきれずに脱落した者の割合は、非疲労群と比較して男性で5.9%から21.0%へ、女性で6.9%から14.8%へと激増していたのです。
この知見は、質問票によって捉えられる主観的な特性疲労の上昇が、高齢者の全身運動パフォーマンス疲労性と極めて密接に関連していることを如実に物語っています。

持久系アスリートの極限における恒常性と神経伝達物質
長時間の運動において発揮可能なピークパワーは、持続時間の延長とともに双曲線を描いて低下します。この曲線の漸近線に相当するのがクリティカルパワーであり、筋肉内恒常性の破綻に生理学的適応が対応できる限界の運動強度を意味します。このクリティカルパワーは、3分間の全力自転車エルゴメーターテストによって実験室で高い妥当性をもって推定できます。
ブラックらの研究では、競技自転車選手10名を対象に、16.1キロメートルのタイムトライアル走行と実験室でのクリティカルパワーとの関連が検討されました。タイムトライアルの平均完走時間は27.1±1.2分であり、推定されたクリティカルパワーは309±34ワット、体重あたり換算で4.20±0.41ワット毎キログラムでした。そして、タイムトライアルの所要時間とクリティカルパワーとの間には、相関係数の二乗値で0.69という極めて強力な負の相関が認められました。クリティカルパワーが高い選手ほど、実際のレースにおいて速いタイムを記録できることが実証されたのです。
では、このパフォーマンス疲労性はどのような修飾因子によって左右されるのでしょうか。クラスらは、10名の訓練された自転車選手およびトライアスリートを対象に、二重盲検交差試験を用いて神経伝達物質の再取り込み阻害薬がタイムトライアルに及ぼす影響を検証しました。被験者には、プラセボ、ノルアドレナリン再取り込み阻害薬であるレボキセチン、またはドーパミン再取り込み阻害薬であるメチルフェニデートを投与した上で、自転車エルゴメーターを用いて最大出力の75%に相当する30分間の作業量をできる限り早く完了する課題を行わせました。
その結果、ノルアドレナリン再取り込み阻害薬を投与された条件下では、運動中の平均発揮パワーが著しく低下し、完走に要した時間は33.7±3.6分と、プラセボ群の30.8±2.1分やドーパミン群の29.7±1.4分と比較して有意に延長しました。運動終了から10分後に経頭蓋磁気刺激(TMS)を用いて測定された随意活動水準は、プラセボ群で95±1.5%、ドーパミン群で95±1.4%とベースラインの約97%から維持されていたのに対し、ノルアドレナリン群では89±3.0%へと有意に抑制されていました。極めて興味深いことに、運動終了時点での自覚的運動強度(RPE、6から20のスケール)は、プラセボ群で18.0±1.4、ドーパミン群で18.1±1.1、ノルアドレナリン群で18.7±1.1と、全群でほぼ最大値に達しており群間に差はありませんでした。ノルアドレナリン系の賦活は、自覚的な運動強度の感覚を早期に高めることで中枢からの運動指令を抑制し、選手自身が無意識のうちにペーシングを落として平均出力を低下させていたことを強く示唆しています。

さらに、末梢の分子動態が運動限界を規定する実証例として、マッケンナらによる抗酸化物質を用いた研究が紹介されています。持久系アスリート8名を対象に、抗酸化物質であるN-アセチルシステインを生理食塩水対照と比較注入しながら、最大酸素摂取量の70%で45分間、続いて92%の高強度で限界まで自転車を漕がせました。外側広筋の筋生検サンプルを採取して分析したところ、N-アセチルシステインの投与により、高強度運動に伴う細胞膜のナトリウム・カリウムポンプ(Na+, K+-ATPase)の最大活性低下が有意に抑制され、運動負荷量で補正した血漿カリウムイオン濃度の上昇も抑えられました。その結果、92%強度での運動持続時間は、生理食塩水投与時と比較して24±8%も有意に延長したのです。活性酸素種の蓄積がイオンポンプの機能を低下させ、筋膜の興奮性低下を介して中枢の運動限界へとフィードバックされるという、分子生物学的恒常性とパフォーマンス疲労性との直接的な連関が見事に示されています。

多発性硬化症:中枢性代償機構の破綻と病態特異的疲労
多発性硬化症は、中枢神経系の脱髄により活動電位の伝導障害を引き起こす自己免疫性炎症疾患です。大規模調査では患者の74%が重度の疲労を訴え、疲労の悪化が歩行機能障害に直結することが知られています。
スティーンズらは、再発寛解型多発性硬化症患者20名と同年代の健常対照群を対象に、第一背側骨間筋という手指の小さな筋肉を用いて、124秒間の持続的最大随意収縮を行わせる実験を実施しました。下肢ではなくあえてこの筋肉を選択したのは、患者の不活動に伴う全身的な筋力低下の影響を最小限に抑えるためです。多発性硬化症群は、疲労重症度スケール(FSS)が5.3±0.9、抑うつスコアが4.8±3.3であり、対照群の2.9±0.6および0.9±1.0と比較して有意に高い数値を示していました。
124秒間の持続収縮による筋力低下率そのものは、多発性硬化症群が61±17%、対照群が63±12%であり、両群間で全く差がありませんでした。しかし、重回帰分析によってその低下のメカニズムを紐解くと、両者には劇的な質的相違が存在していました。健常対照群では、筋力低下のばらつきの49%(決定係数0.49)が課題開始前の初期筋力の大きさによって説明されました。つまり、初期筋力が強い人ほど大きく疲労するという、生理学的に極めて正常な傾向を示したのです。
これに対し、多発性硬化症群における筋力低下率のばらつきの51%(決定係数0.51)を説明したのは、末梢神経刺激によって評価された随意活動水準の低下幅でした。収縮開始時における随意活動水準は両群とも約90%と同等でしたが、課題終了時において、健常群の低下がわずか−7.8±11.8%であったのに対し、多発性硬化症群では−20.1±20.6%と大幅に脱落していました。
さらに機能的MRIを用いた脳機能画像解析によって、決定的な神経学的相違が明らかになりました。健常群では、持続収縮に伴って随意活動水準がわずかに低下し筋力が落ちていく過程で、それを代償するように大脳皮質の運動関連領域の神経活動が広範に増大していました。脊髄運動ニューロンへの興奮性低下を補うために、脳がより強く活動していたのです。しかし、多発性硬化症群ではこの皮質活動の代償的な増大が完全に欠如していました。大脳皮質が追加の指令を絞り出すことができず、その結果として随意活動水準の急激な低下が生じ、それが筋力低下へと直結していたのです。
また、多発性硬化症患者において、安静時の筋に電気刺激を与えて誘発される単収縮力の低下幅(筋自体の収縮機能不全)は、随意活動水準の低下幅と有意な負の相関(決定係数0.25)を示しました。すなわち、中枢神経系が筋を十分に駆動できずに早期脱落してしまう重症患者ほど、皮肉にも末梢の筋線維自体は疲弊せずに収縮能力が温存されていたのです。このように、表面上の出力低下率が全く同じであっても、健常者と患者とでは生体内で行われている適応と破綻のプロセスが全く異なっていることが証明されました。



本研究の限界(Limitation)
本総説が提示した枠組みには大きな意義がある一方で、いくつかの重要な課題や限界も明記されています。
第一に、持久系アスリートにおけるクリティカルパワーのような確立されたモデルを除き、高齢者の歩行持久力や多発性硬化症患者の日常生活における移動能力を正確に予測できる、妥当性の確認された実験室テストが依然として不足している点です。
第二に、多発性硬化症の研究などで用いられた手指の単関節・小筋群モデルで得られた神経生理学的知見が、歩行をはじめとする大筋群を用いた多関節複合運動にそのまま外挿できるのかという懸念です。
第三に、疲労を症状として定義づける以上、評価には自己報告式の測定が不可欠となりますが、アスリートや特殊部隊員のような競争心の強い集団では、疲労を過小申告するバイアスが働きやすいという点です。
第四に、自覚的運動強度や知覚疲労性の変化を駆動する多様な恒常性・心理的因子の相対的な寄与度や、心理的因子が知覚疲労性を介さずに疲労症状へ直接影響を及ぼす経路の有無については、いまだ十分に解明されていません。
明日からの臨床と実践への処方箋
エノカとデュシャトーが提示したこの統合的枠組みは、基礎研究の整理にとどまらず、私たちが患者やクライアントと対峙する際の診断的思考と治療的介入を劇的に変える実践的な力を秘めています。
第一に、患者の疲労の訴えを問診する際、特性疲労と状態疲労を明確に切り分けて聴取することです。過去1週間にわたって全体的に身体が重いのか、それとも特定の動作や歩行を開始した直後に急速に動けなくなるのかを峻別します。前者の特性疲労が優位であれば、貧血、甲状腺機能、電解質、血糖などの生体内恒常性の乱れや、睡眠、抑うつスコアといった心理的状態に目を向ける必要があります。後者の状態疲労が急激に生じているのであれば、心肺機能の予備能低下や神経筋伝達の障害を疑う手がかりになります。
第二に、多発性硬化症や高齢者のリハビリテーションにおいて、画一的な高負荷筋力トレーニングを避けるべき科学的根拠が得られます。多発性硬化症患者の筋力低下の本質が随意活動水準の低下と中枢性代償の破綻にあるとすれば、単に重い負荷を持たせるトレーニングは中枢疲労を急速に惹起し、かえって患者の活動性を奪う危険があります。実際に、多発性硬化症患者を対象とした介入研究では、下肢の筋力増強そのものよりも、中枢性の疲弊を起こさない適切なレジスタンストレーニングによって筋持久力を高めることや、うつ症状の改善を図ることの方が、自覚的疲労の軽減に寄与することが示されています。
第三に、運動指導やアスリートのコンディショニングにおいては、自覚的運動強度を単なる主観的な弱音として片付けるのではなく、生体恒常性の乱れを警告する極めて精密な生体センサーとして扱う必要があります。ノルアドレナリンやドーパミンといった中枢神経伝達物質の動態や、活性酸素種による筋膜イオンポンプの機能低下は、出力が落ちる前にまず自覚的運動強度の急激な上昇として現れます。疲労を訴える対象者に対して、無理に気合で乗り切らせるのではなく、客観的な出力低下と主観的な知覚変化の乖離を捉え、水分補給、体温管理、ペーシング戦略の是正といった具体的な介入を行うことが、パフォーマンスの最大化とオーバートレーニングの防止に直結します。
疲労を一言で片付ける時代は終わりました。パフォーマンス疲労性と知覚疲労性という二つのレンズを通して対象者の身体を見つめ直すこと。それこそが、疲労という生体の深遠な防衛システムを理解し、健康と能力の限界を押し広げるための確かな第一歩となるのです。
参考文献
Enoka RM, Duchateau J. Translating Fatigue to Human Performance. Med Sci Sports Exerc. 2016;48(11):2228-2238. doi:10.1249/MSS.0000000000000929

