耳鼻咽喉科疾患;めまい・耳鳴り・咽頭/扁桃炎など、と睡眠の質、不安、うつ病の関係

耳鼻咽喉科関連

はじめに

耳鼻咽喉科疾患は、単なる局所的な問題にとどまらず、全身の健康や心理的状態にも大きな影響を与えることが、近年の研究で明らかになっています。特に、睡眠の質、不安、うつ病との関連は深く、多くの患者が日常生活に支障をきたしています。しかし、これまでの研究では特定の疾患に焦点を当てたものが多く、耳鼻咽喉科疾患全般にわたる影響を包括的に解析した研究は限られていました。

この課題に対し、本研究(Qi et al., 2025)は、中国の6つの医療センターで2,080名の耳鼻咽喉科外来患者を対象にした大規模な多施設観察研究を実施し、睡眠の質、不安、うつ病との関連を精査しました。統計的手法として多変量回帰分析と媒介分析を用い、疾患ごとの影響を明確にするとともに、これらの要因がどのように相互作用するのかを解明しました。

研究の背景と目的

睡眠は人間の基本的な生理的欲求であり、疲労を回復し、体力を回復させるために不可欠です。しかし、耳鼻咽喉科疾患の中には、睡眠の質を著しく低下させるものが多く存在します。例えば、いびき、耳鳴り、アレルギー性鼻炎などは、患者の睡眠に深刻な影響を及ぼすことが多くの研究で確認されています。さらに、睡眠の質の低下は、疲労感、集中力の低下、反射能力の低下、判断力の低下などを引き起こし、交通事故や産業事故、医療ミス、生産性の低下などのリスクを高めることが知られています。

また、睡眠の質の低下は、不安やうつ症状を伴うことが多いことも指摘されています。例えば、うつ病と診断された人の90%が睡眠障害を訴え、不安障害を持つ人の70%が睡眠の問題を抱えていると報告されています。このように、耳鼻咽喉科疾患は、睡眠の質を介して間接的に、あるいは直接的に不安やうつ症状を引き起こす可能性があります。

本論文の目的は、さまざまな耳鼻咽喉科疾患が睡眠の質、不安、うつ症状にどのような影響を与えるかを明らかにし、それらの相互作用メカニズムを探ることです。これにより、早期介入を通じて患者の不安やうつ症状を軽減し、睡眠の質と生活の質を向上させるための基礎データを提供することを目指しています。

研究対象とデザイン

研究対象: 本研究は、中国の6つの医療センターにおいて耳鼻咽喉科外来を受診した2,080名の患者を対象としました。対象者のうち、1,857名が最終解析に含まれました。

研究デザイン: 本研究は多施設観察研究(multicenter observational study)、横断研究(cross-sectional study)です。対象者の睡眠の質、不安、うつ病に関するデータを収集し、多変量回帰分析と媒介分析を用いて疾患ごとの影響を評価しました。睡眠の質はPittsburgh Sleep Quality Index(PSQI)、不安はZung Self-Rating Anxiety Scale(SAS)、うつ病はZung Self-Rating Depression Scale(SDS)を用いて評価しました。

本研究の新規性

本研究の最大の特徴は、

  1. 多数の耳鼻咽喉科疾患を対象にした包括的な分析
  2. 睡眠の質、不安、うつ病の関係性を数量的に評価
  3. 媒介分析を用いた相互作用の解明  

特に、これまで個別に研究されることが多かった耳鳴り、突発性難聴、慢性喉頭炎、咽喉逆流症といった疾患が、不安やうつ病に及ぼす影響を統合的に分析し、それぞれの影響の割合を定量化した点は新しいと言えます。

主要な研究結果

睡眠の質に影響を与える耳鼻咽喉科疾患

睡眠の質を評価するためにPittsburgh Sleep Quality Index(PSQI)が用いられました。全体の31.2%(580名)が睡眠障害を抱えていたことが明らかになりました。特に影響の大きかった疾患は以下の通りです。

  • 耳鳴り(tinnitus):不眠の70.41%が不安を介した影響であり、13.24%がうつ病を介していた。
  • 突発性難聴(sudden deafness):睡眠障害の59.49%が不安を、17.12%がうつ病を介していた。
  • 慢性喉頭炎(chronic laryngitis)
  • 咽喉逆流症(laryngopharyngeal reflux)
  • 鼻咽頭病変(nasopharyngeal lesions)

このように、特定の耳鼻咽喉科疾患が直接的に睡眠の質を悪化させるだけでなく、不安やうつ病を介して間接的に影響を及ぼしていることが示されました。

不安やうつ病のリスクが高い耳鼻咽喉科疾患

心理状態の評価には、Zung Self-Rating Anxiety Scale(SAS)とZung Self-Rating Depression Scale(SDS)が用いられました。

  • 不安(SASスコアが高い疾患)
    1. めまい(giddiness)
    2. 耳鳴り(tinnitus)
    3. 慢性扁桃炎(chronic tonsillitis)
    4. 慢性喉頭炎(chronic laryngitis)
    5. 外傷(trauma)
  • うつ病(SDSスコアが高い疾患)
    1. 慢性扁桃炎(chronic tonsillitis)
    2. 慢性喉頭炎(chronic laryngitis)
    3. めまい(giddiness)
    4. 外傷(trauma)
    5. 咽喉逆流症(laryngopharyngeal reflux)

特に耳鳴りや突発性難聴は、不安やうつ病を強く引き起こし、それが睡眠障害を悪化させるという悪循環に陥ることが示唆されました。

年齢、性別、生活習慣の影響

年齢別に見ると、18歳から45歳の年齢層が最も高い不安スコアを示し、45歳から60歳の年齢層が最も低い睡眠の質を示しました。また、男性は女性に比べてSAS、SDS、PSQIスコアが低く、過去に喫煙や飲酒をしていた患者は、睡眠の質が低い傾向にありました。

分子生物学的視点からの考察

耳鳴りや突発性難聴などの疾患は、中枢神経系の異常活動と関連していることが知られています。特に、耳鳴りは脳の可塑性(neuroplasticity)に影響を与え、神経経路の異常活動を引き起こすことが指摘されています。このような神経活動の変化は、睡眠の質に直接的な影響を及ぼすだけでなく、不安やうつ症状を引き起こす可能性があります。したがって、耳鳴りや突発性難聴の治療においては、神経活動の正常化を目指すアプローチが有効であると考えられます。

臨床的示唆と実践的アプローチ

本研究の知見は、耳鼻咽喉科医にとって、単に局所的な疾患管理を超えて、患者の精神的健康も積極的に評価・管理する必要性を示しています。以下のような実践的なアプローチが考えられます。

  1. 睡眠の質の評価を診療に組み込む
    • PSQIを診療のルーチンに加え、睡眠の質が悪い患者には早期介入を検討する。
  2. 耳鳴り・突発性難聴患者の精神状態のチェック
    • SASやSDSを用いたスクリーニングを実施し、必要に応じて精神科・心療内科と連携。
  3. 咽喉逆流症や慢性喉頭炎の患者には心理的アプローチを併用
    • 生活習慣指導(食事の見直し、ストレス管理)を強化し、心理的要因へのアプローチも考慮する。
  4. 医療従事者の教育と意識改革
    • 耳鼻咽喉科疾患が精神的健康に与える影響を医療者が認識し、適切なカウンセリングを提供する。

結論

耳鼻咽喉科疾患は、睡眠の質、不安、うつ症状に大きな影響を与えることが明らかになりました。特に、耳鳴りや慢性喉頭炎、咽喉頭逆流症などの疾患を持つ患者は、心理的なサポートや睡眠改善プログラムの導入が重要です。本研究は、これらの疾患が患者の心理状態や睡眠の質に与える影響を明らかにし、早期介入を通じて患者の生活の質を向上させるための基礎データを提供しています。

参考文献

Qi et al. Effects of otolaryngological diseases on sleep quality, anxiety, and depression: a multicenter observational study. BMC Psychiatry. 2025; 25:124. https://doi.org/10.1186/s12888-025-06531-x

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