はじめに
心血管疾患(CVD)を持つ人々にとって、うつ病は単なる心理的な問題ではなく、疾患の進行や予後にも影響を及ぼす重要な要素です。これまで、栄養学的アプローチがうつ病のリスクを低減する可能性があることは示唆されてきましたが、「いつ」食べるかという食事の時間的要因が、精神健康にどのように影響を与えるかは十分に明らかになっていませんでした。
本稿では、アメリカの全国健康・栄養調査(NHANES)のデータを用いた最新の研究をもとに、食事のタイミングとうつ病リスクの関連について掘り下げます。この研究は、心血管疾患を持つ人々において朝食のエネルギー摂取が多いほど、うつ病リスクが低いことを明らかにしました。どのようなメカニズムでこの現象が生じるのか、そして明日からの食生活にどう応用すべきかを解説します。
研究の概要
この研究は、2003年から2018年までのNHANESデータを分析し、心血管疾患を持つ3,490名の成人(そのうち554名がうつ病患者)を対象に行われた横断研究です。対象者の平均年齢は66.0歳で、男女比は男性49.9%、女性50.1%でした。
対象者の食事パターンは、24時間食事調査法によって記録され、エネルギー摂取量の割合に基づき朝食・昼食・夕食の3つのカテゴリーに分類されました。
うつ病の診断には「PHQ-9(Patient Health Questionnaire-9)」が用いられ、スコア10以上をうつ病と判定しました。さらに、ロジスティック回帰分析を用い、年齢、性別、教育レベル、BMI、喫煙、飲酒、糖尿病、高血圧などの交絡因子を調整したうえで、食事のエネルギー摂取とうつ病リスクの関連が評価されました。
主な結果:食事の時間とうつ病リスクの関係
結果、朝食のエネルギー摂取量が多い群は、最も少ない群に比べてうつ病リスクが29%低い(オッズ比: 0.71, 95%信頼区間: 0.51–0.91)ことが明らかになりました。一方で、昼食や夕食のエネルギー摂取量とうつ病リスクの間には統計的に有意な関連は認められませんでした。
さらに、食事のエネルギー代替モデルを用いた解析では、夕食や昼食でのエネルギー摂取量の5%を朝食に置き換えることで、うつ病リスクが5%低下することも示されました(オッズ比:0.95、95%信頼区間:0.93-0.97)。この結果は、食事の「内容」だけでなく「タイミング」が精神健康に影響を及ぼす可能性があり、朝食でのエネルギー摂取量がうつ病予防において重要な役割を果たす可能性を示唆しています。
概日リズムとうつ病:朝食の役割
なぜ朝食のエネルギー摂取がうつ病リスクの低下と関連するのでしょうか。その鍵となるのは、「概日リズム(サーカディアンリズム)」です。
概日リズムは、睡眠・覚醒、ホルモン分泌、代謝などの生理的機能を調節する重要なシステムであり、脳の視交叉上核(SCN)によって制御されています。食事のタイミングは、この概日リズムに強い影響を与えることが知られており、特に朝食は「体内時計をリセットする役割」を果たします。これにより、メラトニン分泌パターンの正常化を促し、自律神経バランスを是正、交感神経の過活動が抑制され、血圧や心拍数が安定化します。
逆に、夕食での高エネルギー摂取は、体内時計を乱し、メラトニンの分泌を遅らせ睡眠の質が低下し、交感神経の過活動が引き起こされ、また炎症性サイトカインの増加を引き起こし、酸化ストレスを増大させる可能性があります。これにより、神経細胞の損傷やうつ病の発症リスクが高まることが考えられます。
朝食のエネルギー摂取が少ないと、このリセット機能がうまく働かず、概日リズムの乱れを引き起こす可能性があります。概日リズムの乱れは、ストレスホルモンであるコルチゾールの分泌を異常に高め、うつ病リスクを上昇させることが複数の研究で示唆されています(Zajkowska et al., 2022)。
HPA軸の過剰活性化とうつ病
ストレス応答を司る視床下部-下垂体-副腎(HPA)軸の過剰活性化も、朝食のエネルギー摂取とうつ病リスクを結びつける重要な要素です。HPA軸の異常は、コルチゾールの過剰分泌を引き起こし、神経可塑性の低下や炎症の亢進を通じてうつ病の発症リスクを高めると考えられています。
上記でも言及したように、夕食での高エネルギー摂取は、体内時計を乱し、メラトニンの分泌を遅らせ睡眠の質が低下し、交感神経の過活動が引き起こす以外に、コルチゾールの動態にも影響し、過活動、そして炎症性サイトカインの増加を引き起こし、酸化ストレスを増大させる可能性があります。これにより、神経細胞の損傷やうつ病の発症リスクが高まることが考えられます。
本研究では、朝食のエネルギー摂取が多いことで、HPA軸の過剰な活性化が抑えられ、うつ病リスクが低下する可能性が示唆されました。これは、食事が単なるエネルギー供給源ではなく、ストレス応答を制御する生理的シグナルとしても機能することを意味します。
腸内細菌叢(マイクロバイオーム)とうつ病の関係
近年、腸内細菌叢が精神疾患に及ぼす影響が注目されています。腸内細菌は、短鎖脂肪酸(SCFA)やセロトニン、ドーパミンなどの神経伝達物質を産生し、腸-脳相関(マイクロバイオーム-ガット-ブレイン軸)を介して精神健康に深く関与しています。
朝食のエネルギー摂取が腸内細菌のバランスに影響を与えることがわかってきており、それがうつ病リスクに関連する可能性もあります。具体的には、朝食のエネルギーが低いと腸内細菌の多様性が低下し、炎症性サイトカインの増加を介してHPA軸を過剰に刺激することが考えられます。これにより、コルチゾールレベルが上昇し、神経炎症が悪化することで、うつ病のリスクが高まる可能性があります。
実践への応用:朝食を「最も重要な食事」に
本研究の知見を日常生活に活かすには、朝食のエネルギー摂取を意識的に増やすことが有効です。具体的には、
- 朝食をしっかり摂る:朝食での高エネルギー摂取は、体内時計をリセットし、メラトニンの分泌パターンを正常化します。特に、炭水化物、タンパク質、脂質のバランスが取れた朝食を摂取することが推奨されます。総エネルギー摂取の30%以上を朝食で摂取します。
朝食を抜くことは避けましょう。 - 夕食は軽めに:夕食での高エネルギー摂取は、体内時計を乱し、メラトニンの分泌を遅らせる可能性があります。夕食は軽めにし、就寝前の食事を避けることが重要です。
- 規則正しい生活リズム:毎日同じ時間に起床し、朝食を摂ることで、体内時計が整い、メラトニンの分泌が正常化されます。
これにより、概日リズムの適切なリセット、HPA軸の正常化、腸内細菌叢の安定化を促し、うつ病リスクの低減につながる可能性があります。
本研究の限界
- NHANES データは観察研究であり、因果関係を証明するには限界がある
- 24時間食事調査のため、長期的な食事パターンは反映されていない
- 遺伝的要因や個別の食事内容(食材の種類)については考慮されていない
まとめ
本研究は、CVD 患者において朝食のエネルギー摂取が多いほど、うつ病リスクが低下することを示しました。食事の「内容」だけでなく「タイミング」を最適化することが、精神健康の維持に重要であることが示唆されます。今日からでも、朝食を大切にすることで、心と体の健康を守る第一歩を踏み出せるかもしれません。
参考文献
・Xie, H., Chen, Y., Tang, J., Ma, Y., Liu, Y., & Ren, X. (2025). The association of energy or macronutrient intake in three meals with depression in adults with cardiovascular disease: the United States National Health and Nutrition Examination Survey, 2003–2018. BMC Psychiatry, 25, 88. https://doi.org/10.1186/s12888-025-06541-9
・Jakubowicz D, Matz Y, Landau Z, Rosenblum RC, Twito O, Wainstein J, Tsameret S. Interaction Between Early Meals (Big-Breakfast Diet), Clock Gene mRNA Expression, and Gut Microbiome to Regulate Weight Loss and Glucose Metabolism in Obesity and Type 2 Diabetes. Int J Mol Sci. 2024 Nov 18;25(22):12355. doi: 10.3390/ijms252212355. PMID: 39596418; PMCID: PMC11594859.