はじめに
心臓突然死(Sudden Cardiac Death, SCD)は、日本において年間約8万人が犠牲となる深刻な公衆衛生問題です。これは、心血管疾患の急激な進行によって心停止に至る現象であり、早期介入がなければほぼ100%が致死的な転帰を迎えます。本稿では、最新の研究で示されたデータを基に、SCDの予防と救命率向上に向けた戦略を包括的に解説します。
日本における心臓突然死の疫学的特徴と現状
SCDの多くは院外で発生し、日本国内では急性冠症候群(Acute Coronary Syndrome, ACS)が主要な原因とされています。
Takashima AMIレジストリのデータによると、致死的心筋梗塞(Myocardial Infarction, MI)患者の70.8%が院外で死亡していることが示されました。
さらに、Yamagata AMIレジストリでは、心筋梗塞を発症した患者のうち50%以上が院外で死亡したことが報告されています。
このように、SCDの多くが病院外で発生するため、医療機関の対応だけでなく、地域社会や一般市民による迅速な対応が求められています。具体的には、心肺蘇生法(Cardiopulmonary Resuscitation, CPR)の実施率向上や、公共の場における自動体外式除細動器(Automated External Defibrillator, AED)の設置と適切な使用が不可欠です。
急性冠症候群によるSCDの予防
前駆症状の認識と早期対応
急性心筋梗塞(AMI)の発症前には、多くの患者が前駆症状を経験します。研究によると、AMI患者の40〜50%が発症前に胸痛や圧迫感を自覚していたことが示されています。しかし、これらの症状は一過性であり、「様子を見よう」と考えてしまう患者が多いのが現状です。
特に女性や高齢者では、典型的な胸痛ではなく、歯や顎の痛み、消化不良のような症状として現れることがあり、見逃されがちです。これを防ぐために、一般市民への教育が極めて重要です。例えば、公共の場でのポスター掲示や、健康診断時の啓発活動を強化することが効果的と考えられます。
STEMI患者における緊急カテーテル治療の意義
SCDのリスクが高いST上昇型心筋梗塞(STEMI)患者に対して、迅速な冠動脈インターベンション(Percutaneous Coronary Intervention, PCI)が推奨されます。最新のガイドラインでは、STEMIを伴う心停止患者では、速やかに冠動脈造影(CAG)を行うことがクラス1推奨(LOE B)となっています。
一方で、STEMIを伴わない場合の即時CAGの有効性については、近年のランダム化試験で有意な改善が示されなかったことから、2023年の欧州心臓病学会(ESC)ガイドラインでは推奨度がクラス3に引き下げられました。
致死性不整脈によるSCDの予防
リスク評価と適応戦略
SCD、院外心停止(OHCA)の主な原因のひとつである致死性不整脈には、心室細動(VF)や無脈性心室頻拍(VT)などがあります。日本では、不整脈によるSCDのリスク層別化が進んでおり、左室駆出率(LVEF)の低下やVT/VFの既往歴が重要なリスク因子として認識されています。
心筋症(HCM、ARVCなど)や遺伝性不整脈(LQTS、Brugadaなど)に関連する症例も多く、リスク評価が必要です。不整脈によるSCDのリスク層別化には、遺伝性不整脈や心筋症の家族歴、遺伝子検査の結果が考慮されます。
現在、植込み型除細動器(Implantable Cardioverter Defibrillator, ICD)がSCD予防の主要な介入方法とされており、特に左室駆出率(LVEF)が35%以下の患者には強く推奨されています。さらに、一部の高リスク患者には、一時的な対策としてウェアラブル型除細動器(WCD)が有効であることが示されています。
CPRとAED教育の重要性
日本におけるCPR・AEDの現状
OHCAの35.4%はVT/VFによるもので、適切な初期対応で救命率が30%以上向上します。日本では、OHCAの約54%に対して一般市民がCPRを実施しているものの、AED使用率はわずか4%と低いのが現状です。特に女性患者へのCPR実施率が低い理由として、接触をためらう心理的障壁があることが指摘されています。
デジタル技術を活用した教育
日本では、Team ASUKAアプリやLivアプリなど、シミュレーション型CPRトレーニングが開発されています。これらの技術を活用することで、短時間で効率的にBLSを学ぶことが可能となります。
学校におけるSCDゼロを目指して
学校での緊急対応の強化
学校でのSCD発生率は低いものの、体育の授業中に発生するケースが多く、迅速な対応が求められます。年間50件のOHCAが発生し、その71.2%は心原性です。学校でのAED使用率は87.0%まで向上しました。埼玉市では、ASUKAモデルとして知られる緊急対応計画を導入し、「呼吸が不明瞭な場合は心停止とみなして即座にCPRとAEDを実施する」という方針を徹底しました。
また、AEDの配置数やアクセス性に課題があります。AEDの設置場所も重要であり、校舎内だけでなく、体育館やグラウンドにも配置することで、迅速な対応が可能になります。
心臓検診の標準化、12誘導心電図の導入、AI解析、電子記録の活用を推進や、教員向けBLS教育の必修化も望まれます。
結論
当論文は、SCDを削減するための多角的なアプローチを提示しています。公衆の意識向上、教育の充実、技術の活用を通じて、SCDの予防と対応を強化することが可能です。読者には、この解説を参考に、自身や周囲の人の健康を守るための具体的な行動を起こすことをお勧めします。
参考文献
Nishiyama C, et al. “Strategies for Reducing Sudden Cardiac Death by Raising Public Awareness.” Circulation Journal, Vol.89, March 2025, pp. 394–418. doi: 10.1253/circj.CJ-24-0599.