自然や緑に触れることは身体に良さそうですが、本当?
クリニックのすぐそばには駒沢オリンピック公園があります。競技場やトレーニング施設、ジョギングコースなどがあり身体を動かすにはとても良い環境ですが、それに加えて、緑が多く、豊かな自然に囲まれています。
自然や緑に触れることは身体に良さそうですが、本当に良いのでしょうか?
ここでは複数のレビュー論文など(Int J Environ Res Public Health. 2021;18(4):1770. )( Int J Environ Health Res. 2021 Apr 28:1-26. )をもとに、主に「森林浴」の身体への様々な効果に関してご説明したいと思います。
森林浴は心臓血管系に良い
・森林浴を行うと、健康な人でも高血圧の人でも、降圧が期待できます。5%-20%ほど低下するなど様々な報告があります。(Environ Health Prev Med. 2020;25(1):23.)
都市環境で同様の活動を行う場合と比較して収縮期血圧で 3.84 mmHg低下したという系統的レビュー論文もあります。(BMC Complement Altern Med. 2017;17(1):409.)
森林浴の頻度が多いとより効果的であり、またウォーキングと合わせるとより効果的な傾向はありそうです。
・心拍数の低下も期待できます。条件により様々ですが、3-7%減少くらいの報告が散見されます。(Environ Health Prev Med. 2020;25(1):23.)
・高齢者の被験者において、認知機能、心肺機能の健康、リハビリテーションに対するポジティブな効果が示唆されています。( Int J Environ Health Res. 2020 Dec;30(6):661-676. )(Int J Environ Res Public Health. 2017 Mar 31;14(4):368.)
・森林浴は、血圧上昇に関与するエンドセリン-1と血漿レニン活性を低下させます。(European Journal of Integrative Medicine. 2014;6(1):5-11.)
森林浴は免疫系に良い
・森林浴により免疫系のパラメーターの1つである、ナチュラルキラー(NK)細胞またはNKT細胞の増加、サイトカインおよびCRPの減少が報告されています。( Int J Environ Res Public Health. 2021;18(16):8440. )
・森林浴は、免疫系のホメオスタシスの促進と炎症性メディエーター(TNF-α、IL-6)の減少に関連しています。( Int J Environ Res Public Health. 2021;18(4):1416. )
森林浴は代謝系に良い
・森林浴により、トリグリセリドとアディポネクチン(ともに動脈硬化などに関連する物質)のレベルに有意な改善が見られました(Environ. Health Prev. Med. 2019;24:70. )
・定期的な森林浴は、糖尿病患者の平均血糖値、HbA1c、アディポネクチンレベルの改善が報告されています。(Evid Based Complement Alternat Med. 2016;2016:2587381. )
森林浴はメンタルに良い
・ほぼすべての主要研究で、森林浴によりストレス知覚とストレスホルモンが有意に改善しています。
・ほぼすべての主要研究で、抑うつ症状、不安症状の有意な改善が認められました。
・ほぼすべての主要研究で、ネガティブ感情の有意な減少を示しました。
(Environ. Health Prev. Med. 2019;24:70. )
・森林浴は、子ども、健康な成人、病気手前の成人など様々な対象で怒り、攻撃性、衝動性などの情動状態の軽減に効果があります。(Int. J. Ment. Health Addict. 2020)
・森林浴は生活の質の向上やウェルビーイング/幸福感に効果があります。
(Environ. Health Prev. Med. 2019;24:70. )
・森林浴は睡眠の質の向上に有効。(Int J Environ Res Public Health. 2020;17(18):6548. )
・アルコール依存症の患者の気分を改善するためにも有効。
(Addict Behav. 2020 Dec;111:106556. )
なぜ森林浴は身体に良いのか?
上記のような森林浴の身体への好影響は、森林浴の何によるものなのでしょうか?
人の様々な感覚器、つまり五感を通じて、好影響が及ぼされるようなのです。
(1) 視覚
・森林の風景を見ることと都市の風景を見ることが,男性参加者(n = 348)の唾液中コルチゾール(いわゆるストレスホルモン)濃度に及ぼす影響を調べた研究では、唾液中のコルチゾール濃度は、森林環境群の方が、都市環境群よりも有意に低い結果でした。(Int. J. Environ. Res. Public Health. 2017;14:931. )
・森林の風景と都市の風景を見ることが、女性(n=29)の前頭前野の脳活動に与える影響を調べた研究では、森の風景を見ている間は参加者の右前頭葉でOxy-HB濃度が低いという結果でした。右前頭葉の領域は、生理的なリラックスに関連しており、この結果は、自然の風景を見ているときには、この領域での酸素の取り込みが少なくて済むことを示しています。(Sustainability. 2020;12:6601.)
・森林環境では緑、茶、青などの色が映ており、またフラクタルパターンや形状(例えば、枝分かれした木、茂み、川 ……)に見入ることで、人間が古来より「慣れ親しんだ」ものとして知覚する習慣がある中枢神経系に、特定の視覚刺激を伝えることができる可能性があります。
・いずれにしても、以上のような視覚的影響により森林を見ることで、精神的・肉体的なリラックスを促し、個人のストレス回復力を向上させます。この効果はたとえ仮想的なもの(写真や映像)であっても期待できます。
(2) 嗅覚
・森林の樹木は、揮発性有機化合物(VOC;Volatile Organic Compounds)を放出する傾向があります。リモネン、α-およびβ-ピネン、β-ミルセン、カンフェンなど。phytoncideフィトンチッド と呼ばれることもあります。これらの化合物は、吸入して全身に吸収された後、呼吸気道に対する抗アレルギー作用と抗酸化作用、抗炎症作用、さらに中枢神経系に対する一般的なリラックス作用、鎮静作用、抗不安作用を発揮します( International Journal of Environmental Research and Public Health. 2020; 17(18):6506.)。
・森林浴や緑の環境への暴露は、免疫系のホメオスタシスの促進といくつかの炎症性メディエーター(TNF-α、IL-6)の減少に関連しており、これらの効果はほとんどがVOCを吸入することに起因していました。(Int J Environ Res Public Health. 2021 Feb 3;18(4):1416. )
・森林への曝露によるVOCの吸入によって誘発される炎症性バイオマーカーの減少は、心血管代謝疾患の患者にとって有益である可能性があります。(Acta Clinica Belgica. 2015,70 (3):193–199.)
・なお、森林の空気中のこれらの化合物の濃度は、周期的な日内変動に従う傾向があり、それは樹種、季節、温度、気象条件などの多くの要因に依存します。( International Journal of Environmental Research and Public Health. 2020; 17(18):6506. )
(3) 聴覚
・葉を渡る風、鳥のさえずり、水の流れなど、自然環境の中で生じる森林由来の聴覚刺激は、心理的身体的なリラクゼーションに貢献し、ストレスの回復に役立ちます。(Int J Environ Res Public Health. 2019;16(15):2649.
)(Sustainability. 2020; 12(15):5969.)
・森林における平穏と静けさは,都市環境における音響刺激の過多の中での精神的な回復に不可欠です。
(4) 触覚
・手や足で木に触れるとリラックスでき、金属や石など他の素材に触れるよりも副交感神経活動を促進できることが示されています。(J. Environ. Res. Public Health 2017, 14, 801. )( J. Wood Sci. 2020;66:29.)
・健康成人において植物の葉に触れることは、無意識のうちに落ち着く反応を生じます。( J Physiol Anthropol. 2013;32(1):7. )
・全体として、生きている森の植物とそのさまざまな部分(根、樹皮、葉、果実)に触れることで生じる触覚刺激は、心身への好影響の役割の一部を果たすと考えられます。
・触覚とは少し違いますが、樹冠が閉じている森林は、気温が低く、空気の純度と湿度が高く、特殊な光条件を持つ特殊な内部気候を呈してします。これらの気候的要因は呼吸器系や体温調節系などに影響を与え、心身への有益性の一部を担っている可能性があります。
(5) 味覚
・森林浴の際には、途中で採取した木の実、根、ハーブ、キノコなどの自然の産物を味わうこともあるかもしれません。これらも心身への好影響が期待できます。(Int J Environ Res Public Health. 2017;14(8):864. )
ただし、毒性のある植物、キノコなどには十分に気をつける必要があります。
どのくらいの頻度、時間、自然と触れ合えば良いのか?
一般的に、森林浴の時間が短いほど、効果は小さくなります。
とはいえ、比較的短時間でもそれなりの効果は得られるようです。
・自然環境の中で15分程度過ごすだけでも、精神的な健康、特にストレスや不安に対して短期的に有益な効果が得られます。(Int J Ment Health Addiction. Published online July 28, 2020.)
・健康な若年成人では、森林の中で最低10分から30分座ったり歩いたりすることで、短期的な生理学的(ストレスホルモンレベルの低下、心拍数や血圧の低下、交感神経系の活動の低下)および心理学的(気分や不安のレベルの改善)な結果に好影響を与えます。(Front Psychol. 2020;10:2942. )
・緑地で過ごす時間が少ない場合と比較して、自然環境で少なくとも120分/週を過ごすことが、幸福度の向上と有意に関連します。(Sci Rep. 2019;9(1):7730.)
・1週間分の時間を異なるセッションに分けても(例えば、1日2回15分を3日連続など)、森林浴の有益な効果(気分や幸福感、ストレス反応や免疫機能パラメータ(コルチゾールレベル、活性、NK細胞数)の改善)は得られます。(Int J Environ Res Public Health. 2019;16(24):4991.)
・免疫系への効果(例えば、NK細胞の活性化)は、森林浴後7日から30日まで持続することが示されており、月に1回の森林浴の実践で、1年を通して長期的な効果が得られることが示唆されています。(Environ Health Prev Med. 2010;15(1):9-17. )
様々な報告から、全体として判断すると、少なくとも週に2時間の森林浴を実践することが推奨されます。
難しい場合は、月に1回の森林浴でも、全くやらないよりは良いようです。
まとめ
・森林浴は心身に様々な好影響を与えることが科学的に証明されています。
・心臓血管系、免疫機能、代謝、メンタルなどへの好影響が示されています。
・その効果は「五感」を通じて発揮されます。
・森林浴の時間が長い方がより効果が期待できます。
・とはいえ、みなさんご多忙ですので、週に2時間の森林浴をお勧めします。つまり、1日15-20分ほどです。
自然セラピーの第一人者の宮崎良文先生(千葉大)は、「人類は700万年以上、ほとんどの時間を自然の中で進化してきた(99.9%)。現代人のように無機質の都会で過ごしてきた期間はごくわずか(0.01%)。森林をはじめとする自然は人類にとってなくてはならない生きた薬。」とおっしゃっています。(Int J Environ Res Public Health. 2020;17(24):9340. )
自然とかけ離れた環境で過ごす時間が長い現代人が、人類史においていかに特殊な状況になっているか気付かされます。
ぜひ、心身の不調を少しでも感じていらっしゃる方は、自然に触れ合う時間を作ってみてください。
自分はとりあえず、駒沢公園歩きます! 駒沢、最高です。
【主要参考文献】
・Stier-Jarmer M, Throner V, Kirschneck M, Immich G, Frisch D, Schuh A. The Psychological and Physical Effects of Forests on Human Health: A Systematic Review of Systematic Reviews and Meta-Analyses. Int J Environ Res Public Health. 2021;18(4):1770. Published 2021 Feb 11. doi:10.3390/ijerph18041770
・Yau KK, Loke AY. Effects of forest bathing on pre-hypertensive and hypertensive adults: a review of the literature. Environ Health Prev Med. 2020 Jun 22;25(1):23. doi: 10.1186/s12199-020-00856-7. PMID: 32571202; PMCID: PMC7310560.
・Antonelli M, Donelli D, Carlone L, Maggini V, Firenzuoli F, Bedeschi E. Effects of forest bathing (shinrin-yoku) on individual well-being: an umbrella review. Int J Environ Health Res. 2021 Apr 28:1-26. doi: 10.1080/09603123.2021.1919293. Epub ahead of print. PMID: 33910423.