Apple Watchの心拍変動(HRV):何が読み取れ、何が読み取れないか

Digital Health

Apple Watchが記録しているもの

Apple Watchがヘルスケアアプリに記録するHRVはSDNN(正常心拍間隔の標準偏差、単位ms)です。背面の光学式センサー(PPG:光電容積脈波)で拍ごとの脈拍間隔を捉え、およそ1分程度の短い区間から算出します。計測は安静時や睡眠中にバックグラウンドで散発的に行われるほか、マインドフルネス(呼吸)アプリの使用時にも記録されます。

ここで押さえておくべき前提が3つあります。

第一に、これは「超短時間SDNN」です。SDNNは記録時間に依存する指標で、国際的な標準は短時間記録で5分、長時間記録で24時間とされ、長さの異なる記録同士を比較することは不適切とされています [4]。心筋梗塞後の予後予測などで知られるSDNNは24時間記録のもので、Apple Watchの値とは別の量です。

第二に、測っているのは心電図のR-R間隔ではなく脈波の間隔です。厳密には心拍変動ではなく脈拍変動であり、その近似値として扱う必要があります。

第三に、サンプリングが疎で不規則です。Apple Watchのデータは24時間内の測定点が少なく、測定時刻が日によっても人によっても揃わないことが、実際の研究でも特徴として記述されています [2]。

測定値はどの程度正確か

解釈の前に、数値そのものの信頼性を確認しておきます。O’Gradyらは健常成人39名を対象に、14日間・316回の測定でApple Watch Series 9およびUltra 2を胸ストラップ型心拍計(Polar H10とKubios HRV)と比較しました [1]。測定は毎朝起床時に呼吸アプリを用いて行われています。

結果は次のとおりです。

  • Apple WatchはHRVを平均8.31 ms過小評価(p = 0.025)
  • 平均絶対誤差(MAE)20.46 ms、平均絶対パーセント誤差(MAPE)28.88%
  • 事前に設定した±10 msの同等性マージンを満たさず
  • 安静時心拍数は平均差−0.08 bpm、MAPE 5.91%と良好

つまり心拍数は信頼できる一方、HRVは条件を揃えた朝の測定でも1回あたり20 ms前後の誤差を含みます。一定方向の偏りは同一個人内の比較では相殺されますが、測定ごとのばらつきは相殺されません。ただし、この研究は健常者のみを対象とし、参照基準が心電図そのものではない点には留意が必要です。

意味がある使い方

(1)個人内の中長期トレンドを見る

HRVの絶対値は年齢、性別、基礎心拍数などによる個人差が大きく、一方で同じ人の中では比較的一貫した水準を示します。したがって数週間以上かけて自分の基準域を把握し、そこからの偏位を見るのが基本的な使い方です。

ただし先述の誤差を踏まえると、前日比のような1日単位の上下に意味を見出すのは困難です。7日程度の移動平均として眺め、平均の水準が持続的に動いたときに初めて「何か起きているかもしれない」と考えるのが現実的です。

(2)安静・睡眠中の値は迷走神経性の変動を比較的よく反映する

安静時の短時間記録では、SDNNの変動源は主に呼吸性洞性不整脈、すなわち迷走神経を介した成分です [5]。このため、条件の揃った安静時・睡眠中の値に限れば、心臓迷走神経活動の大まかな目安として読むことには一定の合理性があります。飲酒、睡眠不足、体調不良の時期に自分の基準域より低い状態が続く、といった変化は、この枠組みで解釈できます。

(3)集団研究のシグナルとしての可能性

医療従事者を対象としたWarrior Watch Studyでは、Apple Watch由来のSDNNの概日パターンの振幅が、COVID-19の有無で異なっていました(P = .006)。また、症状を初めて報告した日には、症状のない日と比べて概日パターンの平均と振幅に有意な変化がみられています(P = .01) [2]。

注意したいのは、ここで示されたのが「感染するとSDNNが下がる」という単純な関係ではなく、日内リズムの形の変化である点です。陽性者も13名にとどまり、著者ら自身が予備的結果と位置づけています。個人が自分の数値を見て感染を判断できる段階の根拠ではありません。

意味がない、または誤解を招く使い方

(1)日中の単発値に一喜一憂する

日中に自動記録された値は、直前の姿勢、歩行などの身体活動、その瞬間の呼吸パターンに強く左右されます。たとえば体を動かした直後は、心拍数が回復していく過程そのものが数値に乗ります。ゆっくりした深い呼吸は値を大きく押し上げるため、呼吸アプリ使用中の記録は普段の自動計測値と同列には比較できません。なお、呼吸数が毎分9回(0.15 Hz)を下回ると、呼吸性の変動は周波数解析上の低周波帯域(0.04〜0.15 Hz)に移ります [4]。

(2)「自律神経バランス」を読み取る

SDNNという1つの数値から、交感神経活動や交感・副交感の比率を取り出すことはできません。周波数解析によるLF/HF比でさえ交感・迷走バランスを正確には表さないことが指摘されており [6]、時間領域の単一指標ではなおさらです。

(3)24時間SDNNの基準値や予後データを当てはめる

1節で述べたとおり、約1分のSDNNと24時間SDNNは別の量です [4]。24時間SDNNの基準値を持ち出して自分の値を判定することには根拠がありません。

(4)高ければ良好と決めつける

拍ごとの変動が大きいことが、常に良好な迷走神経機能を意味するわけではありません。Costaらは、心拍の加速と減速が頻繁に反転する現象を心拍断片化(heart rate fragmentation)と定義し、その程度が健常者でも冠動脈疾患患者でも加齢とともに増加すること、断片化の指標が従来の短時間HRV指標よりも健常者と冠動脈疾患患者の判別に優れていたことを報告しました [3]。迷走神経による調節は心拍をなだらかに変化させるのに対し、断片化した変動は迷走神経由来ではない短期変動と考えられています。高齢者や心疾患のある方で数値が高い場合、良い徴候とは限りません。

期外収縮や心房細動などの不整脈がある場合は、拍間隔の変動そのものが自律神経調節を反映しないため、SDNNを自律神経の指標として読むこと自体ができなくなります。

(5)診断や重症度判定に使う

心疾患や自律神経障害の診断、重症度評価に用いるだけの精度も、確立した基準値もありません。

実用上のまとめ

  • Apple WatchのHRVは、PPGによる約1分の超短時間SDNNであり、24時間SDNNとは別の指標です。
  • 条件を揃えた朝の測定でも、MAE約20 ms、MAPE約29%の誤差があります [1]。
  • 使うなら、睡眠中または毎朝同じ条件の値を、1日単位ではなく週単位の平均で、自分自身の基準域と比べます。
  • 日中の単発値、他人や一般的な基準値との比較、自律神経バランスの推定、診断目的の利用には適しません。
  • 高値が必ずしも良好を意味しない場合があること(心拍断片化、不整脈)も念頭に置く必要があります [3]。
  • 安静時心拍数のほうが測定精度は高く [1]、併せて見ることで解釈の確からしさが増します。

参考文献

  1. O’Grady B, et al. The Validity of Apple Watch Series 9 and Ultra 2 for Serial Measurements of Heart Rate Variability and Resting Heart Rate. Sensors. 2024;24(19):6220. doi:10.3390/s24196220
  2. Hirten RP, et al. Use of Physiological Data From a Wearable Device to Identify SARS-CoV-2 Infection and Symptoms and Predict COVID-19 Diagnosis: Observational Study. J Med Internet Res. 2021;23(2):e26107. doi:10.2196/26107
  3. Costa MD, Davis RB, Goldberger AL. Heart Rate Fragmentation: A New Approach to the Analysis of Cardiac Interbeat Interval Dynamics. Front Physiol. 2017;8:255. doi:10.3389/fphys.2017.00255
  4. Task Force of the European Society of Cardiology and the North American Society of Pacing and Electrophysiology. Heart rate variability: standards of measurement, physiological interpretation, and clinical use. Circulation. 1996;93(5):1043-1065.
  5. Shaffer F, Ginsberg JP. An Overview of Heart Rate Variability Metrics and Norms. Front Public Health. 2017;5:258.
  6. Billman GE. The LF/HF ratio does not accurately measure cardiac sympatho-vagal balance. Front Physiol. 2013;4:26.

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