帯状疱疹ワクチンが認知症リスクを低下させる

中枢神経・脳

研究の背景と重要性

近年、神経向性ヘルペスウイルスが認知症の発症に因果的役割を果たす可能性が指摘されてきました。特に、水痘・帯状疱疹ウイルス(VZV)や単純ヘルペスウイルス1型(HSV-1)は、神経炎症や血管障害を引き起こし、アミロイドβの蓄積やタウタンパク質の凝集を促進する可能性があります。このような背景から、帯状疱疹(Herpes Zoster:HZ)ワクチンが認知症の予防や発症遅延に寄与する可能性が注目されています。

※ Varicella-Zoster Virus(水痘・帯状疱疹ウイルス、VZV)はウイルス自体を指すのに対し、Herpes Zoster(帯状疱疹)は、そのウイルスによって引き起こされる病気(帯状疱疹)を指します。

これまでの研究のほとんどは観察研究であり、ワクチン接種者と非接種者の間の交絡因子(例えば、健康意識の高い人ほどワクチン接種率が高く、同時に認知症リスクも低い傾向があるなど)を完全に調整できていないという限界がありました。この研究は、オーストラリアで実施されたHZワクチン接種プログラムの日付基準を利用した自然実験(準実験)デザインを採用することで、この問題を克服しています。

研究デザインと方法論の革新性

この研究の最大の強みは、回帰不連続デザイン(Regression Discontinuity design: RDデザイン)を採用した点にあります。オーストラリアでは2016年11月1日から、70-79歳の個人を対象に生ワクチン(Zostavax)の無料接種プログラムが開始されました。このため、1936年11月2日より前に80歳の誕生日を迎えた人(つまり1936年11月2日より前に生まれた人)はプログラムの対象外となり、1936年11月2日以降に生まれた人は対象となりました。

この「わずか1週間の誕生日の違い」によってワクチン接種資格が決まるという制度設計を利用し、研究チームは1936年11月2日前後に生まれた人々を比較しました。この2つのグループは年齢がわずか1週間しか違わないため、健康状態や行動特性が非常に似ていると想定できます。このデザインにより、ワクチン接種の効果をより因果関係に近い形で推定することが可能になりました。

研究データは、オーストラリア全土の65の一般診療所から収集された101,219人の電子健康記録を用い、2016年11月1日から2024年3月27日までの7.4年間を追跡しました。認知症の診断は、あらゆるタイプの認知症を含む広義の定義が採用されています。

※ 日本で使用できる乾燥弱毒生水痘ワクチン 「ビケン」 は, Zostavaxと本質的に同じワクチンと考えられています。

研究デザインの補足

何と何を比較している?

この研究では、「ワクチンを実際に接種したかどうか」ではなく、
「ワクチン接種資格があったか(=出生日が11月2日以降か)どうか」で比較しています。

つまり、

  • ワクチン資格ありグループ(11月2日以降生まれ)と
  • ワクチン資格なしグループ(11月1日以前生まれ)を
    比較しているのです。

接種した・してないという「実際の行動」でグループ分けしてはいません。

つまり、

・この研究では、実際にワクチンを打ったかどうかは直接見ていません。
・比較しているのは、「HZワクチン接種プログラムの対象になったかどうか」だけ。
・両グループの違いは、誕生日(=対象になったかならなかったか)以外に大きくないと推定できます。
・だから、両群間の認知症リスクの相違は、ワクチンプログラムの影響(=ワクチン接種の影響)だろうと解釈する、と言うことです。

主要な発見とその臨床的意義

HZワクチンの接種資格があると、新規認知症診断の確率が有意に低かった

研究全体(101,219人)での観察期間(中央値7.4年)中に、新規認知症診断が記録された割合は1.4%でした。
分析の結果、HZワクチンの接種資格があることは、新規認知症診断の確率を1.8パーセンテージポイント(95%CI: 0.4-3.3)減少させることが明らかになりました。この効果は、4年から7年にわたるさまざまな追跡期間で一貫して観察され、統計的有意性も保持されました(P=0.01)。

絶対リスク差は1.8パーセンテージポイント(= 0.018)ですので、1人の発症を防ぐために、何人に介入すればよいかを意味するNNT(Number Needed to Treat)は1/0.018=56となり、約56人にHZワクチンを接種すれば、1人の認知症発症を防げる、ということになります。これは公衆衛生的には大きな意味があります。

プログラム導入により、ワクチン接種率は上昇

ワクチン接種率に関しては、1936年11月2日の資格閾値を境に、接種確率が16.4パーセンテージポイント(95%CI: 13.2-19.5)急激に上昇しました。つまり、閾値の直後に生まれた人々は、直前に生まれた人々に比べてワクチン接種率が大幅に高かったのです。


(1936年11月1日以前生まれの接種率は6.5%、1936年11月2日以降生まれの接種率は30.2%、単純な平均差では(30.2%−6.5%=23.7%)なりますが、回帰不連続デザイン(Regression Discontinuity Design, RDD)で誕生日と接種率の関係をモデル化し、境界での飛び跳ねだけを抽出したRD推定では(16.4%)となります。)

他の慢性疾患の診断確率、予防医療サービスの利用率には影響与えず

興味深いことに、HZワクチン接種資格は、高血圧、糖尿病、脂質異常症などの他の慢性疾患の診断確率や、インフルエンザワクチンや肺炎球菌ワクチンなどの他の予防医療サービスの利用確率には影響を与えませんでした。この特異性は、認知症リスク低下がHZワクチンそのものの効果である可能性を強く示唆しています。

帯状疱疹の発症率に有意な差はなかった

  • 資格あり群(1936年11月2日以降生まれ)も
  • 資格なし群(1936年11月1日以前生まれ)も

帯状疱疹の発症率に有意な差はありませんでした。

理由として以下が推測されます。

Zostavax(生ワクチン)の接種率が低かった
ワクチン資格ありでも実際に打ったのは約30%にとどまったため、
「グループ全体」で見ると帯状疱疹を防ぐ効果が希釈されてしまった可能性がある。

追跡期間が比較的長期(中央値7.4年)だった
Zostavaxの予防効果は時間とともに減弱することが知られており、長期フォローでは帯状疱疹抑制効果が薄れていた可能性もある。

診断データの限界
この研究で使用された一般診療データ(PenCS)は、帯状疱疹の軽症例や未受診例を捉えきれていない可能性がある。

重要なことは、
帯状疱疹発症率には差がなかったにもかかわらず、認知症発症率は差が出た
ということです。

つまりこの研究では、

帯状疱疹を防いだこと自体よりも、
ワクチン接種そのものが神経免疫系に好影響を及ぼした可能性(非特異的効果、off-target effect)

が示唆されているわけです。

メカニズムの考察

この研究で観察されたHZワクチンの認知症予防効果には、いくつかの生物学的メカニズムが考えられます。
第一に、VZVの再活性化は、血管障害を引き起こし、長期的な認知機能障害をもたらす可能性があります。実際、VZV感染は脳血管の炎症を引き起こし、アルツハイマー病で観察されるものと類似した小血管から大血管までの疾患、虚血、梗塞、出血を引き起こすことが報告されています。

第二に、VZVの再活性化がHSV-1の脳内再活性化を誘導する可能性も指摘されています。HSV-1は以前から認知症の発症に関与する可能性が指摘されてきたウイルスです。HZワクチンがVZVの再活性化を防ぐことで、間接的にHSV-1の再活性化も抑制し、認知症リスクを低下させている可能性があります。

第三に、先に触れたように、生ワクチンであるZostavaxが、病原体非依存的な免疫調節経路を通じて認知症の病態プロセスに影響を与えている可能性もあります。生ワクチンは、標的とする感染症以外にも広範な免疫効果を持つことが知られており、この「非特異的効果」が認知機能の保護に寄与しているのかもしれません。

研究の限界と解釈上の注意点

この研究にはいくつかの限界があります。
第一に、プライマリケア記録を用いているため、認知症の診断が過小報告されている可能性があります。実際、オーストラリアでは65歳以上の約8.4%が認知症を患っていると推定されていますが、この研究のデータでは同年代の約1.4%しか認知症診断が記録されていません。このため、効果量の絶対的な大きさを解釈する際には注意が必要です。

第二に、この研究で観察された効果は、主に79-80歳の高齢者を対象としたものであり、他の年齢層への一般化には注意が必要です。

第三に、データはオーストラリアの全診療所から無作為に選ばれたものではないため、選択バイスの可能性が完全には排除できません。

第四に、この研究で評価されたのは主に生ワクチン(Zostavax)の効果であり、組換えサブユニットワクチン(Shingrix)の効果については2023年11月1日以降のデータしか含まれていません。両ワクチンの認知症予防効果の比較については、今後の研究が待たれます。

臨床的実践と公衆衛生への示唆

この研究結果は、臨床現場と公衆衛生政策に重要な示唆を与えます。
第一に、HZワクチン接種が帯状疱疹予防だけでなく、認知症リスク低減にも寄与する可能性があるため、適格者への接種をより積極的に推奨する根拠となります。特に、70-79歳の高齢者に対しては、この二重の利益を考慮に入れた接種戦略が求められます。

第二に、ワクチン接種が認知機能の保護に与える潜在的な利益は、ワクチン接種の費用対效益分析を再考する必要があるかもしれません。認知症は個人の生活の質を大きく損なうだけでなく、社会全体に多大な経済的負担を強いる疾患です。ワクチン接種による認知症リスクの低減が確認されれば、予防プログラムの経済的価値はこれまで考えられていた以上に大きい可能性があります。

第三に、この研究はウェールズで行われた同様の研究結果を異なる人口集団と医療システムで再現したものであり、HZワクチンと認知症リスク低下の関連性の頑健性を高めています。このような複数の自然実験からの一致したエビデンスは、因果関係の可能性をさらに強く支持します。

今後の研究の方向性

この研究は、いくつかの重要な研究課題を提起しています。
第一に、HZワクチンが認知症リスクを低下させる正確な分子メカニズムを解明するための基礎研究が必要です。特に、VZVとHSV-1の相互作用や、ワクチンが神経炎症やアミロイド病理に与える影響についての詳細な研究が期待されます。

第二に、異なる年齢層や人口集団における効果を評価するため、より大規模な研究が必要です。また、生ワクチン(Zostavax)と組換えワクチン(Shingrix)の認知症予防効果を比較する研究も重要でしょう。

第三に、ワクチン接種のタイミングと認知症予防効果の関係を明らかにするため、より長期の追跡研究が求められます。今回の研究では約7年間の追跡でしたが、より長期間にわたる効果持続性を評価する必要があります。

結論と行動への呼びかけ

この研究は、HZワクチン接種が認知症リスクを低下させる可能性を、厳密な準実験的デザインを用いて示した重要な研究です。医療従事者は、特に70-79歳の患者に対して、帯状疱疹予防に加えて認知症リスク低減の可能性も説明しながら、HZワクチン接種を積極的に推奨すべきでしょう。

一般の方々、特にワクチン接種適格年齢に近い方やその家族は、この知見を踏まえてワクチン接種についてかかりつけ医と相談することをお勧めします。公衆衛生政策の立案者にとっては、ワクチン接種プログラムの費用対效益を再評価し、認知症予防という新たな観点から予防接種政策を見直す契機となるでしょう。

最後に、この分野の研究は急速に進展しているため、最新のエビデンスに注意を払い続けることが重要です。HZワクチンと認知症予防に関する更なる研究結果が待たれるところです。

参考文献

・Pomirchy M, Bommer C, Pradella F, Michalik F, Peters R, Geldsetzer P. Herpes Zoster Vaccination and Dementia Occurrence. JAMA. Published online April 23, 2025. doi:10.1001/jama.2025.5013

・Eyting M, Xie M, Michalik F, Heß S, Chung S, Geldsetzer P. A natural experiment on the effect of herpes zoster vaccination on dementia. Nature. 2025 Apr 2. doi: 10.1038/s41586-025-08800-x. Epub ahead of print. PMID: 40175543.

参考:帯状疱疹と認知症

帯状疱疹罹患は認知症リスクと関連している

帯状疱疹(Herpes Zoster)に罹患した人は、認知症のリスクが高まる可能性がある、という観察研究がいくつも存在します。

ただし、

  • 帯状疱疹(HZ)そのものが認知症を直接引き起こすのか
  • それとも、免疫老化や基礎疾患などの背景因子が共通しているだけなのか

については、まだ完全には解明されていません。

つまり、「HZにかかったから必ず認知症になる」わけではないですが、HZ罹患と認知症リスク上昇には疫学的な関連が認められている、というのが現在の科学的理解です。


帯状疱疹罹患後の認知症リスクのメカニズム

帯状疱疹に罹患した後に認知症リスクが上がる理由として考えられているメカニズムは、主に以下のようなものです。

血管障害(vasculopathy)

  • 帯状疱疹ウイルス(VZV)は、血管炎を引き起こすことがあります。
  • 脳血管への慢性炎症・小血管障害が、脳虚血、微小梗塞を起こし、これが脳機能低下に繋がる可能性があります。
  • 特に、アルツハイマー病と関連する微小脳血管病変(small vessel disease)に類似している点が注目されています。

免疫老化と慢性炎症

  • 帯状疱疹は、加齢や免疫機能低下のサインともいえます。
  • 加齢に伴う慢性低度炎症(inflammaging)が、脳内でも神経炎症を促進し、認知症リスクを高めると考えられています。

ウイルス直接作用

  • VZVが中枢神経系に再活性化し、直接神経細胞障害やアミロイド沈着、タウ蛋白病変を促進する可能性も動物モデルなどで示唆されています。
  • VZV再活性が、脳内で潜伏感染していたHSV-1(単純ヘルペスウイルス)を再活性化させるトリガーになる、という仮説もあります(HSV-1はアルツハイマー病の発症に関与する可能性が指摘されています)。

疫学研究からわかっていること

複数のコホート研究や保険データ解析では、

  • 帯状疱疹に罹患した高齢者は、将来の認知症リスクが有意に高い という結果が報告されています。

たとえば、

  • 帯状疱疹既往のある人は、認知症リスクが10〜20%程度高いと推定する研究もあります(※ただし研究により異なる)。
  • 帯状疱疹後神経痛(PHN)が長引いた人では、さらに認知症リスクが上がる可能性も指摘されています。

しかし、これらは「関連(association)」であり、「因果(causality)」が証明されたわけではありません。
(帯状疱疹になったから認知症になる、とまでは断言できないのです)


上記論文との関係

今回のPomirchyらの論文(JAMA, 2025)は、

  • 帯状疱疹を予防する(=HZワクチンを接種する)と認知症リスクが下がる
    ということを示唆しています。

つまり、
逆に考えると、

  • 帯状疱疹にかかると認知症リスクが上がる可能性がある
    という疫学的仮説を裏付ける証拠の一つと解釈できます。
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