はじめに
スマートウォッチ(SW)は近年、日常的な健康モニタリングを変革する可能性を秘めたデバイスとして注目を集めています。特に、Apple Watchをはじめとするウェアラブルデバイスは、単一誘導心電図(SL-ECG)機能を搭載し、心房細動(AF)の検出に利用されています。しかし、その診断精度が経時的にどのように変化し、実臨床でどれだけ有効かを評価した研究は少ないのが現状です。本稿では、2023年に発表された「Basel Wearable Study」を基に、スマートウォッチのAF検出能力の現状と将来展望を探ります。
研究の概要
この研究では、2021年4月から2023年5月まで、スイスの単一施設において、心臓電気生理学的検査を受けた247名(中央値66歳、30%が女性)の患者を対象に、以下の5種類のデバイスを用いたSL-ECGの診断精度が評価されました。
- AliveCor KardiaMobile
- Apple Watch 6
- Fitbit Sense
- Samsung Galaxy Watch 3
- Withings ScanWatch
各デバイスのアルゴリズムは、最新のソフトウェアに更新された状態で使用され、SL-ECGの診断結果が専門家による診断と比較されました。
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主な結果
- 不確定トレーシング率(Inconclusive Tracing Rate)の減少傾向
不確定トレーシング率とは、リズムの解析を試みた際に、結果を「AF(心房細動)」や「SR(洞調律)」と確定できず、「不確定」と分類されたトレーシング(記録)の割合です。
1,235件のSL-ECGのうち16%(202件)がデバイスによって「不確定」と判定されました。各デバイスは研究期間中もアルゴリズム更新を行なっており、それにより初期と後期を比較すると、不確定トレーシング率は以下のように減少しました:- KardiaMobile:14% → 6%
- Apple Watch 6:14% → 6%
- Fitbit Sense:20% → 14%
- Samsung Galaxy Watch 3:18% → 10%
- Withings ScanWatch:22% → 14%
- アルゴリズム更新の頻度
デバイスのアルゴリズムは、研究期間中に6回から26回更新され、これが診断精度向上の一因と考えられます。
各デバイスのアルゴリズム更新頻度は以下の通りです:
AliveCor KardiaMobile:26回
Apple Watch 6:13回
Fitbit Sense:13回
Samsung Galaxy Watch 3:18回
Withings ScanWatch:26回 - 不確定の原因
不確定とされた記録の主な原因は、以下の通りです:- 早期心房収縮(PAC)
- 早期心室収縮(PVC)
- 低電位(<0.5 mV)
- アーティファクト
- 統計的有意性の不足
不確定トレーシング率の減少傾向は認められたものの、観察期間が短いため統計的有意性には達しませんでした。
深層学習とアルゴリズムの未来
本研究では、スマートウォッチの診断精度向上が主にアルゴリズムの改良に依存していることが示唆されました。興味深いことに、最近の研究では、プラットフォーム非依存の深層学習アルゴリズムが既存のメーカー提供アルゴリズムを上回る性能を示したことが報告されています(2)。これにより、将来的にはデバイス自体の技術よりも、AIアルゴリズムが診断精度の鍵を握る可能性が高いと考えられます。
臨床への応用と課題
スマートウォッチのAF検出は、早期診断と患者の自己管理を促進する可能性があります。一方で、本研究は単一施設で実施されたものであり、より大規模かつ多様な集団での検証が必要です。また、結論不可のSL-ECGが再記録されていない点は、デバイスの性能を過大評価している可能性もあります。
結論
スマートウォッチは、AF検出の診断精度が時間とともに改善しているものの、統計的有意性には達していません。AIアルゴリズムのさらなる発展が、この分野の鍵となるでしょう。本研究は、ウェアラブル技術がもたらす可能性と、まだ残る課題を明確にした重要な一歩といえます。
参考文献
(1)Isenegger C, Mannhart D, Arnet R, Jordan F, du Fay de Lavallaz J, Krisai P, Knecht S, Kühne M, Sticherling C, Badertscher P. Accuracy of Smartwatches for Atrial Fibrillation Detection Over Time: Insights From the Basel Wearable Study. JACC Clin Electrophysiol. 2024 Oct 22:S2405-500X(24)00846-6. doi: 10.1016/j.jacep.2024.09.019. Epub ahead of print. PMID: 39545917.
(2) Mannhart D, Lefebvre B, Gardella C, Henry C, Serban T, Knecht S, Kühne M, Sticherling C, Badertscher P. Clinical validation of an artificial intelligence algorithm offering cross-platform detection of atrial fibrillation using smart device electrocardiograms. Arch Cardiovasc Dis. 2023 May;116(5):249-257. doi: 10.1016/j.acvd.2023.04.003. Epub 2023 Apr 29. PMID: 37183163.