前立腺癌の最新知見:疫学から治療戦略まで

泌尿器科

前立腺癌は泌尿器科領域の疾患ですが、非常に頻度が多いためプライマリケアに携わる医師や非泌尿器科医にとっても関わる機会が少なくありません。特に、PSA検査などスクリーニング段階での相談などは多いです。今回、2025年3月JAMA誌に掲載されたレビュー論文を参考に記事を作成しました。

序論

前立腺癌は、米国において皮膚癌を除けば最も一般的な癌であり、2024年には299,010例の新規診断が予測されています。世界的に見ても、2022年のデータでは1,466,680例の新規診断が報告されており、男性の癌の中でも2番目に多い癌です。前立腺癌は高齢男性や黒人男性に多く発症し、診断時の中央値年齢は67歳です。本稿では、前立腺癌の疫学、診断、治療など、最新のエビデンスをもとに解説します。


疫学とリスク要因

前立腺癌は遺伝的要因が強く関与する疾患であり、50%以上のリスクが遺伝に起因するとされています。特に、黒人男性は白人男性と比較して罹患率が高く、年間発生率は173.0/100,000人に達しています(白人男性は97.1/100,000人)。

また、BRCA2変異を有する男性では、前立腺癌の発症リスクが著しく増加することが報告されており、特に転移性前立腺癌患者の11.8%がDNA修復遺伝子の変異を有していました。このような遺伝的要因に加えて、食生活や肥満といった環境要因も発症リスクに関与しています。


診断とリスク分類

前立腺癌の診断には、前立腺特異抗原(PSA)の測定が最も一般的に用いられます。しかし、PSA検査の特異度には限界があり、特に良性前立腺肥大(BPH)や前立腺炎といった良性疾患でも上昇することがあるため、過剰診断のリスクが指摘されています。米国予防医学専門委員会 (USPSTF) は、55~69歳の男性に対してPSAスクリーニングの共有意思決定を推奨し、70歳以上では推奨していません。

診断精度を向上させるために、MRIガイド下生検が導入されており、標準的な生検と比較してより高精度に臨床的に意義のある癌を検出できることが示されています。また、PSMA-PET(前立腺特異的膜抗原ポジトロン断層撮影)は、従来のCTや骨シンチグラフィーと比較して転移の検出感度が高く、新たな診断手法として注目されています。

前立腺癌のリスク分類には、PSA値、腫瘍の大きさ(T分類)、グリソンスコアが用いられ、NCCN(National Comprehensive Cancer Network)のリスク分類が広く採用されています。例えば、

  • 低リスク群(グリソンスコア6以下、PSA <10 ng/mL)は積極的監視が適応される場合が多い
  • 高リスク群(グリソンスコア8以上、PSA >20 ng/mL)は外科的治療や放射線療法が推奨されます

PSA検査の有用性と限界

上記のように、PSA検査には有用性が期待される一方で、限界があり、過剰診断のリスクが指摘されています。

PSA検査の有用性

PSA検査は、前立腺癌の早期発見に役立つツールです。特に、以下のような点でその有用性が認められています。

  • 早期発見: PSA検査により、症状が出る前に前立腺癌を発見できる可能性があります。早期発見は、治療の成功率を高め、生存率を向上させることが期待されます。
  • リスク層別化: PSA値は、前立腺癌のリスクを評価するための重要な指標です。PSA値が高い場合、さらなる検査(例:生検)が推奨されます。

PSA検査の限界

しかし、PSA検査には以下のような限界もあります。

  • 偽陽性と過剰診断: PSA値は前立腺癌以外の要因(例:前立腺炎、良性前立腺肥大症)でも上昇することがあります。これにより、不必要な生検や治療が行われる可能性があります。
  • 過剰治療: PSA検査で発見された癌の中には、生涯にわたって症状を引き起こさない「無害な」癌も含まれています。これらの癌に対する治療は、患者にとって不必要な負担となることがあります。

共有意思決定の重要性

これらの限界を考慮し、最近のガイドラインでは、PSA検査を行うかどうかを患者と医師が共同で決定する「共有意思決定」が推奨されています。具体的には、以下の点を考慮します。

  • 患者のリスク要因: 年齢、家族歴、人種など、個々の患者のリスク要因を評価します。
  • 患者の価値観と選好: 検査や治療に対する患者の希望や懸念を尊重します。
  • 検査の利点とリスク: PSA検査の潜在的な利点とリスクについて、十分な情報を提供します。

米国予防医学専門委員会 (USPSTF) は、55~69歳の男性に対してPSAスクリーニングの共有意思決定を推奨し、70歳以上ではPSAスクリーニングを推奨していません。

PSA検査のまとめ

PSA検査は前立腺癌の早期発見に有用なツールですが、その限界も認識する必要があります。患者と医師が共同で検査の必要性を評価し、個々の状況に応じた最適な選択を行うことが重要です。これにより、不必要な検査や治療を避けつつ、前立腺癌のリスクを効果的に管理することが可能となります。


治療戦略

局所性前立腺癌の治療

前立腺癌の治療方針はリスク分類によって異なります。

  • 低リスク群では積極的監視(Active Surveillance)※ が選択されることが増えており、PSA測定、定期的な生検、MRIを用いたフォローアップが推奨されます。
  • 中~高リスク群では、前立腺全摘除術(RP: Radical Prostatectomy)や放射線療法(RT: Radiation Therapy)が選択肢となります。

手術療法では、前立腺全摘除術が有効ですが、術後の尿失禁(15%)や勃起機能障害(20-60%)といった合併症が課題となります。一方、放射線療法は非侵襲的ですが、直腸障害(11%)、尿路刺激症状(14%)などの副作用が発生します。

転移性前立腺癌の治療

転移性前立腺癌では、アンドロゲン除去療法(ADT: Androgen Deprivation Therapy)が第一選択となります。これに加え、

  • アンドロゲン受容体経路阻害剤(ARPI)(アビラテロン、エンザルタミドなど)の併用により、生存期間が延長することが示されています。
  • 例:アビラテロン併用群では、生存期間中央値が36.5ヶ月から53.3ヶ月に延長(HR 0.66, 95% CI: 0.56-0.78)
  • ドセタキセル(Docetaxel)の併用は、特に広範な転移がある場合に考慮されます。

近年、PSMA標的治療(Lutetium-177)や、骨転移に対するRadium-223も治療オプションとして登場しており、個別化治療の選択肢が拡大しています。

※ 積極的監視(Active Surveillance)

積極的監視(Active Surveillance)とは?

積極的監視(Active Surveillance) とは、低リスクの前立腺癌に対する治療戦略の一つであり、即座に治療を行わず、定期的な経過観察を行いながら、病状の進行が認められた時点で治療介入を検討する方法です。

従来、前立腺癌と診断された患者の多くは直ちに手術(前立腺全摘術)や放射線療法を受けていました。しかし、前立腺癌の多くは進行が遅く、特に低リスク群(グリソンスコア6以下、PSA<10 ng/mL、腫瘍が前立腺内に限局)では、即時治療を行わなくても予後に大きな影響を与えないことが示されてきました。こうした背景から、過剰治療を避けるために「積極的監視」が推奨されるケースが増えているのです。


積極的監視の対象となる患者

以下の基準を満たす場合、積極的監視が推奨されることが多いです。

  • グリソンスコア:6以下(Grade Group 1)
  • PSA値:<10 ng/mL
  • 臨床病期:T1cまたはT2a(腫瘍が前立腺内に限局し、触診では検出できないか、ごく小さい)
  • MRI検査:悪性度の高い所見がない
  • 生検結果
    • 癌の占める割合が少ない(例えば、全生検コアのうち3本以下で癌が検出され、1本あたりの癌浸潤が50%以下)
    • PSA密度(PSA値を前立腺体積で割ったもの)が0.15 ng/mL/cm³以下

重要なのは、「低リスク前立腺癌」であることが客観的なデータで確認されることです。


積極的監視の実施方法

積極的監視では、定期的なフォローアップを行い、癌の進行が認められた場合に積極的治療(手術や放射線療法)を検討します。標準的なフォローアップの方法は以下の通りです。

  1. PSA検査:3~6か月ごと
  2. 直腸指診(DRE):6~12か月ごと(推奨度は低下傾向)
  3. 前立腺生検
    • 診断から6~12か月後に初回生検を実施
    • その後は1~3年ごとに繰り返す(MRIと併用することが増えている)
  4. MRI検査
    • PSA上昇時や疑わしい所見がある場合に追加
    • MRIで異常所見があれば標的生検(Targeted Biopsy)を行う

進行の兆候(PSAの急激な上昇、生検でグリソンスコアの悪化、MRIでの腫瘍増大など)が認められた場合は、治療に切り替えます。


積極的監視の利点

  • 過剰治療の回避:前立腺癌の中には生涯にわたって症状を引き起こさないものもあり、手術や放射線治療の副作用(尿失禁、勃起障害、腸管障害など)を回避できる。
  • 生活の質(QOL)の維持:即時治療を避けることで、患者のQOLを維持しながら必要に応じた介入が可能。
  • 臨床試験のデータに基づいた安全性:多くの研究で、低リスク前立腺癌の患者が積極的監視を行った場合、10年以上の追跡でも癌特異的死亡率は1%未満と報告されている。

積極的監視のリスクと限界

  • 心理的負担:定期的な検査を受ける必要があり、癌が体内にあることへの不安を感じる患者もいる。
  • 癌の進行リスク:一部の患者では、監視期間中に悪性度が高くなる可能性があり、見逃しを防ぐために厳格なフォローアップが必要。
  • フォローアップの負担:定期的なPSA測定やMRI、生検を受ける必要があり、患者にとって負担となることがある。

積極的監視の最新エビデンス

  • PROTECT試験(2016年, NEJM)
    • 低リスク前立腺癌の患者を「積極的監視」「手術」「放射線療法」の3群にランダム化
    • 10年間の前立腺癌特異的生存率は99%であり、治療法間で差がなかった
    • ただし、積極的監視群では癌の進行リスクが高かった(55% vs 手術・放射線群の20%)

積極的監視(Active Surveillance)のまとめ

積極的監視は、低リスク前立腺癌に対する治療アプローチとして広く採用されており、過剰治療を避けながら適切なタイミングで治療介入を行う戦略です。最新のMRI技術や分子マーカーの発展により、より精密なリスク評価が可能になっており、今後も個別化治療の選択肢として重要な役割を果たすことが期待されます。


分子生物学的基盤と新たな治療戦略

前立腺癌の99%は腺癌であり、アンドロゲン受容体シグナルに依存しています。このため、アンドロゲン除去療法(ADT)が治療の中心となります。近年の分子生物学的研究により、前立腺癌の診断ツールや治療戦略が進化しています。例えば、前立腺癌特異的PET(PSMA-PET)や、より効果的なアンドロゲン受容体阻害剤、細胞表面抗原標的療法などが開発されています。

近年、前立腺癌の分子生物学的理解が進み、新たな治療戦略が開発されています。特に、DNA修復遺伝子に変異がある患者に対しては、PARP阻害剤(Olaparib, Rucaparib)が有効であることが示されています。これらの薬剤は、腫瘍細胞のDNA修復機構を阻害し、細胞死を誘導します。


一般の方への実践的なアドバイス

前立腺癌のリスクを減らすためには、以下のようなアプローチが推奨されます。

  • 定期的な健康診断: 定期的な健康診断を受け、医師と相談しながらPSA検査の必要性を評価します。
  • リスク要因の管理: 健康的な生活習慣(適切な食事、運動、禁煙)を維持し、前立腺癌のリスクを減らします。
  • 情報の収集: 前立腺癌に関する最新の情報を収集し、検査や治療の選択肢について理解を深めます。

まとめ

前立腺癌は、世界的に年間約150万例が診断される重要な疾患です。
PSA検査は前立腺癌の早期発見に有用なツールですが、その限界も認識する必要があります。患者と医師が共同で検査の必要性を評価し、個々の状況に応じた最適な選択を行うことが重要です。
前立腺癌の約75%の患者が前立腺に限局した癌を有しており、5年生存率はほぼ100%です。一方、約10%の患者が転移性癌を有しており、5年生存率は37%です。転移性前立腺癌の第一選択治療は、アンドロゲン除去療法と新規アンドロゲン受容体経路阻害剤、そして適切な患者には化学療法です。


参考文献

Raychaudhuri R, Lin DW, Montgomery RB. Prostate Cancer: A Review. JAMA. Published online March 10, 2025. doi:10.1001/jama.2025.0228

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