はじめに
数十年にわたり、高度な無症候性頸動脈狭窄症(一般的に70%以上)を有する患者に対する標準治療は、集中内科的治療と頸動脈血行再建術(Carotid Revascularization)を組み合わせることにありました。過去のランドマーク的な試験、例えばACASやACSTなどの結果に基づき、特に頸動脈内膜剥離術(Carotid Endarterectomy: CEA)は、虚血性脳卒中リスクの低減に有効であるとされてきました。
しかし、この知見の根拠となった試験が実施された1990年代から2000年代初頭と比較し、現代の集中内科的治療は目覚ましい進歩を遂げています。具体的には、より強力で低用量、かつ副作用の少ない抗血小板薬の使用、そして何よりも、高血圧や脂質異常症に対する治療目標値の厳格化と、新規薬剤の登場です。
本CREST-2試験の最大の新規性は、まさにこの「最適化された集中内科的治療(Intensive Medical Management)」を対照群として設定した点にあります。過去の試験で用いられた「内科的治療」は、現在では「標準治療」とも呼べないレベルにあり、現代の厳格な内科的治療単独で、従来の血行再建術の利益を凌駕するのではないかという仮説に対する、国際的なアンサーとして位置づけられます。
CREST-2試験の厳格な設計と集中内科的治療プロトコル
CREST-2は、無症候性の高グレード頸動脈狭窄症(70%以上)患者を対象とした、二つの並行した、観察者盲検化ランダム化比較試験です。
症候性で高グレード(70%以上)の頸動脈狭窄症を有する計2,485人(ステント試験1,245人、内膜剥離術試験1,240人)を対象に、集中内科的治療(収縮期血圧<130 mmHg、LDL-C<70 mg/dLを目標とし、PCSK9阻害薬も活用)単独と比較して、血行再建術を追加する優位性を評価しました。患者背景は、平均年齢約70歳、女性約37%、高血圧85%以上、脂質異常症90%以上と、動脈硬化性リスクの高い集団でした。主要複合アウトカム(44日以内の脳卒中/死亡、または44日以降の同側虚血性脳卒中)です。
試験群の構成
- ステント試験(Stenting Trial): 集中内科的治療単独群 vs. 頸動脈ステント留置術(Carotid Artery Stenting: CAS)+集中内科的治療群
- 内膜剥離術試験(Endarterectomy Trial): 集中内科的治療単独群 vs. 頸動脈内膜剥離術(CEA)+集中内科的治療群
集中内科的治療の厳格な目標設定
本試験における内科的治療は、以下の極めて厳格な目標が設定されました。
- 収縮期血圧(Systolic Blood Pressure: SBP): 130 mmHg未満(試験期間中に<140 mmHgから<130 mmHgに目標値が引き下げられました)
- LDLコレステロール(LDL-C): 70 mg/dL未満(1.80 mmol/L)
さらに、2018年以降、患者の要望に応じてPCSK9阻害薬(アリロクマブ)が製造元から無償提供され、この厳格なLDL-C目標達成を強力にサポートしました。これに加えて、専門の健康コーチングが電話で提供され、生活習慣因子(喫煙、体重、運動不足)の管理も徹底されました。
この厳格な内科的アプローチは、頸動脈プラークの安定化、すなわち動脈硬化性病変の分子生物学的安定化を最大限に図ることを意味します。LDL-Cの厳格な低下は、プラーク内のコレステロール結晶化を抑制し、線維性被膜を強化することで、プラーク破綻による脳塞栓イベントのリスクを根本的に低減させることを目的としています。
主要評価項目
主要評価項目は、無作為化から4年間の複合イベントです。
- 周術期(Day 0-44): あらゆる脳卒中または死亡。
- 非周術期(44日以降): 同側の虚血性脳卒中。
ステント試験の主要結果:優位性の証明
ステント試験の結果は、無症候性頸動脈狭窄症の管理戦略に大きな影響を与えます。
- 4年間主要イベント発生率:
- 集中内科的治療単独群: 6.0% (95% CI, 3.8 to 8.3)
- CAS+集中内科的治療群: 2.8% (95% CI, 1.5 to 4.3)
- 絶対リスク差: 3.2パーセンテージポイント(P=0.02)
この結果は、統計的に有意であり、集中内科的治療単独と比較して、頸動脈ステント留置術を追加することが、4年間の複合アウトカムリスクを有意に低下させることを明確に示しました。この結果に基づくと、31人の患者にステント治療を追加することで、1つの主要イベントを防ぐことができると計算されます。
周術期リスクと非周術期利益の内訳
この優位性は、特に非周術期のイベント率の差によってもたらされています。
- 周術期(Day 0-44)脳卒中または死亡率:
- 内科的治療単独群: 0.0%(0/629人)
- CAS+集中内科的治療群: 1.3%(8/616人、脳卒中7件、死亡1件)
- 非周術期(44日以降)同側虚血性脳卒中 年間イベント率:
- 内科的治療単独群: 1.7%
- CAS+集中内科的治療群: 0.4%
- 相対リスク: 4.07 (95% CI, 1.78 to 9.31)
このデータは、CASによる一過性の周術期リスクを上回る、非周術期における強力な長期的利益が存在することを裏付けています。言い換えれば、ステント留置術は、頸動脈狭窄という局所的な病変から生じる将来の脳塞栓リスクを、厳格な内科的治療では達成できない水準で低下させる効果があることを示しています。
内膜剥離術試験の主要結果:有意な優位性を示さず
内膜剥離術試験の結果は、ステント試験とは対照的でした。
- 4年間主要イベント発生率:
- 集中内科的治療単独群: 5.3% (95% CI, 3.3 to 7.4)
- CEA+集中内科的治療群: 3.7% (95% CI, 2.1 to 5.5)
- 絶対リスク差: 1.6パーセンテージポイント(P=0.24)
この差は、統計的に有意ではありませんでした。
周術期リスクと非周術期利益の内訳
- 周術期(Day 0-44)脳卒中または死亡率:
- 内科的治療単独群: 0.5%(3/623人)
- CEA+集中内科的治療群: 1.5%(9/617人)
- 絶対リスク差: -1.0ポイント
- 非周術期(44日以降)同側虚血性脳卒中 年間イベント率:
- 内科的治療単独群: 1.3%
- CEA+集中内科的治療群: 0.5%
- 相対リスク: 2.38 (95% CI, 1.13 to 5.00)
非周術期においては、CEAも脳卒中リスクを低下させる傾向にありましたが、周術期リスクを考慮した4年間の複合アウトカムにおいて、ステント試験のような有意な優位性を示すには至りませんでした。これは、最適化された内科的治療の厳格さが、CEAの追加による利益を相殺した可能性を示唆しています。
臨床的洞察と明日からの実践への応用
このCREST-2試験の結果は、無症候性頸動脈狭窄症の管理に携わる専門家や、自身の健康管理を厳格に行う知識人にとって、極めて実践的な洞察をもたらします。
内科的治療の「集中」と「厳格化」の徹底
血行再建術のベネフィットは、対照群の内科的治療のレベルに依存します。本研究における内科的治療単独群の4年間イベント率(ステント試験 6.0%、CEA試験 5.3%)は、過去の試験と比較して低い水準です。これは、集中治療(SBP<130 mmHg、LDL-C<70 mg/dL、PCSK9阻害薬使用を含む)の有効性を裏付けています。
- 実践への応用: 頸動脈狭窄を持つ患者は、主治医と協力し、特にLDL-Cを70 mg/dL未満に、収縮期血圧を130 mmHg未満に徹底してコントロールすることが、何よりも脳卒中予防の土台です。薬物治療だけでなく、健康コーチングのような生活習慣介入も、この「集中」治療の一部であることを理解し、厳格に実践することが求められます。
CASのベネフィットと周術期リスクのバランス評価
ステント治療は、周術期のリスクを上回る長期的な利益が示されました。これは、経験豊富で熟練した術者が実施した場合、CASが長期的な狭窄再発や塞栓源を解消する上で非常に効果的であることを示唆しています。
- 実践への応用: 血行再建術を検討する場合、患者は、周術期合併症率が極めて低い高熟練度の術者を選択することが不可欠です。本試験の術者は、厳しい認定プロセスを経た高ボリュームの術者に限定されています。周術期の脳卒中リスクと、その後の長期的な脳卒中回避という利益のバランスを、術者および内科医と綿密に議論する必要があります。
CEAの役割の再評価
CEA試験では有意な優位性が示されませんでした。これは、最適化された内科的治療下では、CEAが以前考えられていたほどの付加的な利益を提供しない可能性を示唆しています。
- 実践への応用: CEAの選択は、特に周術期リスクがCASよりも低い術者が実施する場合や、解剖学的制約(高度の蛇行、遠位病変など)によりCASが困難な場合に限定される可能性があります。
研究の限界(Limitations)
本試験は厳格に設計されていますが、以下の限界が指摘されています。
- 非盲検化(Unblinded Assessment): 脳卒中イベントの判定委員会は盲検化されていましたが、患者と治療担当医は治療割り当てを知っていたため、集中内科的治療の遵守率や報告バイアスに影響を与えた可能性があります。
- 治療ガイドラインの進化: 試験期間中に血圧目標値が変更され、PCSK9阻害薬の導入など、内科的治療が絶えず進化しました。これにより、内科的治療単独群の成績が向上し、血行再建術の相対的な優位性が低下した可能性があります。
- 高熟練術者による実施: 血行再建術は、厳格な認定を受けた高ボリュームの術者によってのみ実施されました。このため、本研究で得られた低い周術期リスクのデータは、一般的な医療機関での実施結果を代表するものではない可能性があります。
- ティッピング・ポイント分析: ステント試験の有意性は、わずか3~4イベントの結果が入れ替わるだけで失われる可能性があることが示唆されています。絶対数が少ないため、結果の堅牢性については慎重な解釈が必要です。
- T-CARの不採用: 経頸動脈的血行再建術(Transcarotid Artery Revascularization: T-CAR)は、試験の途中で登場したため、試験デザインに組み込まれていません。これは、将来の治療オプションを評価する上で考慮すべき点です。
最後に
CREST-2試験は、無症候性の高グレード頸動脈狭窄症に対する集中内科的治療の進歩が著しい現代において、治療戦略を再定義する重要なエビデンスを提供しました。
集中内科的治療の厳格な実践を土台とした上で、頸動脈ステント留置術は4年間の複合アウトカムリスクを有意に低下させました(内科単独 6.0% vs. CAS 2.8%)。一方、頸動脈内膜剥離術は、集中内科的治療単独と比較して有意な優位性を示すには至りませんでした。
今後、この結果が、長期的なアウトカム(長期追跡研究が進行中)や、個々の患者の併存疾患、プラーク特性、そして術者の熟練度を考慮した個別化医療へと繋がっていくことが期待されます。
なお、この結果は、CASが内科的治療単独に対して「有意な優位性」を示したのに対し、CEAは「有意な優位性」を示せなかったことを意味します。
しかし、これは「CASがCEAより優れている」という統計的な優位性の証明ではありません。なぜなら、この二つの手術群(CAS群とCEA群)の間で直接的な比較解析(統計的な検定)は行われていないためです。
したがって、この論文から言えるのは、「高レベルの集中内科的治療が行われる現代において、CASは長期的な脳卒中リスクを確実に低下させる強力な手段であるが、CEAはその付加的な利益を有意なレベルで示すことができなかった」ということです。
この違いは、単にCASの有効性だけでなく、CEA試験側の集中内科的治療単独群の成績がCAS試験側の単独群よりもわずかに良かった(5.3% vs. 6.0%)ことや、統計的な検出力(サンプルサイズ)の違いなど、試験デザインや結果の変動に起因する可能性も考慮する必要があります。
参考文献
Brott, T. G., Howard, G., Lal, B. K., Voeks, J. H., Turan, T. N., Roubin, G. S., … & Meschia, J. F. (2025). Medical management and revascularization for asymptomatic carotid stenosis. The New England Journal of Medicine, NEJMoa2508800.
参考


