高齢高血圧患者における強化降圧管理(Intensive Blood Pressure Control)の長期的効果

血圧

はじめに

高齢化が急速に進む現代社会において、高血圧管理は心血管疾患予防の要といえます。これまでの研究では、血圧をより厳格に下げることが脳卒中や心筋梗塞のリスクを減らす可能性が示されてきました。しかし、その効果がどの程度長期的に維持されるのか、また治療開始のタイミングによって予防効果がどれほど変わるのかは十分に解明されていませんでした。今回紹介するSongらによるSTEP試験の6年間の追跡結果は、これらの疑問に対して重要な答えを与えるものです。


研究デザインと対象

STEP試験は、中国における60〜80歳の高血圧患者8,511例を対象とした多施設ランダム化比較試験です。患者は収縮期血圧(SBP)の目標値によって二群に割り付けられました。

  • 強化降圧群:SBP 110〜130 mmHg
  • 標準降圧群:SBP 130〜150 mmHg

中央値3.34年で行われた初回解析では、強化降圧群で心血管イベントが有意に減少したため、試験は早期に終了しました(強化降圧群:平均117.5 mmHg、標準治療群:平均135.3 mmHg)

その後、7,296名が延長追跡に参加し、元の標準群は「遅延強化降圧群」として降圧目標を110〜<130 mmHgに変更し、元の強化降圧群は「持続強化降圧群」として治療を継続しました。


血圧管理の到達度

追跡6年間の最終時点における平均SBPは、持続強化降圧群127.9 mmHg、遅延強化降圧群129.5 mmHgでした。差は小さいものの、治療の早期開始による累積効果が注目されます。血圧管理には複数薬剤が必要であり、最終時点での平均服薬数は持続群で1.9剤、遅延群で1.7剤でした。つまり、厳格な降圧目標の達成には少なくとも二剤併用が一般的であることが明らかになりました。


臨床アウトカムの結果

6年間の追跡で得られた主要複合エンドポイント(脳卒中、急性冠症候群、心不全、冠血行再建、心房細動、心血管死)は以下の通りです。

  • 持続強化降圧群:年間発症率 1.12%
  • 遅延強化降圧群:年間発症率 1.33%
  • ハザード比(HR):0.82(95% CI: 0.71–0.96, P=0.015)

特に脳卒中リスクは有意に低下しており、HR 0.72(95% CI: 0.55–0.94)でした。一方で、急性冠症候群や心不全、心血管死に関しては有意差が認められませんでした。


治療開始時期の重要性

今回の解析の新規性は、降圧治療を開始するタイミングがもたらす効果の違いを明確に示した点にあります。
g-formulaによるシミュレーションでは、無作為化直後に強化降圧を開始した場合、相対リスク(RR)は0.83(95% CI: 0.70–0.96)と最も強い効果が得られました。

しかし開始を12か月遅らせるとRRは0.88(95% CI: 0.76–0.99)に減弱し、24か月では0.92、72か月ではほぼ効果が消失(RR ≈1.00)しました。つまり「降圧は早いほど良い」という直感的な考えを、長期データで裏付けた意義は大きいといえます。


安全性の評価

安全性については、多くの有害事象に群間差はありませんでした。低血圧の発生率のみが有意に増加し、持続群3.82%、遅延群2.81%でした(P=0.011)。しかし、それ以外のめまい、失神、腎機能低下、骨折などは有意差がなく、重篤な合併症増加は認められませんでした。この結果は「厳格な降圧を恐れる必要はないが、低血圧の兆候には注意を払うべき」という臨床的示唆を与えています。


既存研究との比較と新規性

過去のSPRINT試験(米国)では、集中的降圧によって死亡率低下が確認されましたが、STEP試験では有意な全死亡率低下は示されませんでした。この違いは、アジア人のイベント発生率が低いことや統計的検出力の不足、対象集団の背景の違いが関与している可能性があります。

SPRINT:欧米型リスク(心筋梗塞、心血管死)中心、日本人との乖離がある。
STEP:アジア型リスク(脳卒中)中心、日本人と疫学的背景が近い。

したがって、STEP試験の知見はSPRINTよりも日本人高齢者に外挿しやすく、特に脳卒中予防の観点から臨床的示唆が大きいと考えられます。

また、本研究の新規性は、①6年間という長期的視点で強化降圧の効果を検証した点、②降圧開始時期の早さが心血管保護効果を左右することを明示した点にあります。


臨床的含意

臨床現場において、この研究は明快なメッセージを伝えています。

  • 高齢であっても早期に強化降圧を開始することが、将来の脳卒中や心血管イベント予防に直結する。
  • 降圧目標達成には多剤併用が必要であり、初期からの積極的な薬物治療戦略が推奨される。
  • 有害事象として低血圧に注意しつつも、総合的に見れば利益がリスクを大きく上回る。

これらは、診断直後から「なるべく早く」「十分に強力に」血圧を下げることの重要性を裏付けています。


Limitation

  1. 対象が中国・漢民族に限られており、他の人種や地域への一般化は制限されます。
  2. 延長追跡に参加しなかった患者(781名)が一定数存在し、選択バイアスの可能性があります。
  3. g-formula解析は仮想試験に基づくため、前提条件への依存度が高く、解釈には注意が必要です。
  4. 低血圧イベントが症候性か無症候性かの区別がなく、臨床的意味づけに限界があります。
  5. 治療目標がオープンラベルであったため、医療者・患者双方に行動上のバイアスが入り込む可能性があります。

おわりに

STEP試験の6年間追跡結果は、高齢高血圧患者においても「強化降圧は長期的に有効で安全」であり、治療開始は早いほど良いというメッセージを力強く示しました。脳卒中予防効果を中心に、診断直後から積極的に血圧を下げることの重要性が再確認され、今後のガイドラインにも影響を与える可能性があります。


参考文献

Song Q, Peng X, Bai J, et al. Intensive Blood Pressure Control in Older Patients With Hypertension: 6-Year Results of the STEP Trial. J Am Coll Cardiol. 2025;86(17):1421–1433. doi:10.1016/j.jacc.2025.06.045

タイトルとURLをコピーしました