スマートリングで血圧測定:指輪型カフレス血圧計

Digital Health

日常生活に潜む見えない血圧リスクとカフの限界

心血管疾患の発症や進展において、血圧のコントロールがいかに重要であるかは、医療に関心を持つ方であれば誰もが知る事実です。世界全体で見れば高血圧の罹患人口は10億人を超えており、心不全、虚血性心疾患、脳卒中をはじめとする重篤な循環器イベントの最大の引き金であり続けています。日々の診療や健康管理において、血圧測定は最も基本的かつ不可欠な指標です。

しかし、私たちが長年依存してきた測定手段には、無視できない構造的な課題があります。診察室や家庭で用いられる標準的な上腕カフ式の血圧計は、測定のたびに腕を圧迫帯で強く締め付けられるストレスを伴います。椅子に腰掛け、安静を保ち、腕の位置を整えてから測定ボタンを押すという一連の手順は、決して手軽なものとは言えません。

さらに重大な問題は、こうしたスポット測定では、私たちが本当に捉えるべき日常生活下での血圧変動を見落としてしまう点にあります。心血管イベントの予後を正確に予測する上では、診察室での単回測定よりも、24時間を通じた自由行動下での血圧変動や夜間睡眠時の血圧推移の方がはるかに優れていることが数々の研究で示されてきました。夜間に血圧が十分に下がらない病態や、早朝の急激な血圧上昇、あるいは日中のストレスに伴う一過性の血圧スパイクは、従来のスポット測定では捉えきれません。

これらを捉える手段として24時間自由行動下血圧測定が存在しますが、終日にわたり定期的にカフが膨張して腕を締め付け続けるため、睡眠を妨げ、日常活動に制約を与えてしまいます。この煩わしさこそが、連続的な血圧評価を日常から遠ざけていた最大の要因でした。もし、身につけていることすら忘れるような小さな指輪ひとつで、高精度な血圧管理が可能になるとしたらどうでしょうか。まさにその扉を開く検証結果が、本研究によって提示されました。

研究プロトコールの概要とデザイン

本研究のデザインは、成人のボランティアを対象に、標準的な聴診法を対照基準として実施された前向き単施設単腕ピボタル臨床試験です。

PICOに準じた研究の枠組みは以下の通り設定されています。

  • P(Patient/Population):19歳以上の成人でプロトコルを遵守可能な被験者100名が登録され、事前基準を満たした89名が解析対象(FAセット)となりました。平均年齢は40.1±12.0歳、男性が42名(47.2%)でした。
    皮膚の色の分類であるFitzpatrick scaleにおいて、非常に濃い肌色に相当する「タイプ5」が6名(6.7%)、「タイプ6」が6名(6.7%)含まれています。
    なお、聴診法でコロトコフ音第5相が聴取できない者、1週間以内の心筋梗塞、心室性不整脈、心房細動、心室性期外収縮、肺水腫などの不安定な心疾患を有する者、腕周が42cmを超える者、器具の素材であるポリカーボネートにアレルギー歴がある者、指のサイズが合わない者、妊婦などは除外されています。
  • I(Intervention):指に装着するリング型スマートウェアラブル血圧計「CART-I plus」による光電脈波(PPG)を用いたカフレス血圧測定。
  • C(Comparison):反対側の上腕に装着した標準的なカフを用い、独立した2名の検者による盲検下での同時聴診法による血圧測定。
  • O(Outcome):主要評価項目は、リング型デバイスと標準聴診法による収縮期血圧(SBP)および拡張期血圧(DBP)の測定値の差の平均値、ならびにその標準偏差(SD)。

革新的な指輪型デバイスCART-I plusのメカニズム

今回検証されたCART-I plusは、指の基節骨に装着するスマートリングです。このデバイスは、皮膚に向けて光を照射する発光ダイオード(LED)と、散乱・反射した光を捉えるフォトダイオード(PD)からなる反射型のPPGセンサーを内蔵しています。心臓の拍動に伴って指先の末梢血管の容積が変化すると、組織によって吸収される光の強度が変化します。この光強度の微細な変動を連続的に記録した波形が脈波信号です。

PPGの波形形態は動脈圧波形と極めて高い相同性を示し、血管の弾性や血圧の変動に応じてその形状が敏感に変化します。本システムでは、4,185症例の手術中バイタルデータをもとに構築された1次元畳み込みニューラルネットワーク(1D-CNN)アーキテクチャを活用し、PPG波形の形態変化から血圧を推定する高度なアルゴリズムを採用しています。取得された生信号はBluetooth通信を通じてスマートフォンへワイヤレス送信され、サーバー上のアルゴリズムによって前処理とノイズ除去が行われます。品質が不十分なデータは自動的に排除されるか、解析に適した波形へと変換されます。

さらに、この小さな筐体の中には、血圧推定にとどまらず、心電図、脈波、心拍数、動脈血酸素飽和度(SpO2)の測定機能まで統合されており、多面的な生体モニタリングを可能にしています。

既存研究に対する新規性と試験プロトコルの厳格性

カフを用いずに血圧を測定しようとする試みは、これまでにもスマートウォッチ、リストバンド、腕章型、スマートフォンのカメラを用いたものなど、多種多様なウェアラブル端末で進められてきました。しかし、既存の研究の多くは対象が健康な若年層のみに偏っていたり、サンプルサイズが極めて小さかったり、さらには収縮期血圧のみを対象として拡張期血圧の精度が不十分であったりと、医療現場で信頼に足る水準を満たしていないものが大半でした。

本研究が持つ明確な新規性は、日常生活で最も邪魔にならない指輪という極小のフォームファクタを採用しながら、国際的な精度規格に厳格に準拠したファースト・イン・ヒューマン試験を完遂した点にあります。

評価のプロトコルも徹底されています。まず、被験者の指にCART-I plusを装着し、反対側の腕にカフを装着します。本試験の前に、両機器を用いて2セットの測定を行い、スマートフォンアプリ上で事前キャリブレーションを実施しました。その後、本測定として最大3セットの同時測定を実施します。聴診法を担当する2名の検者は、測定値に関して完全に盲検化されており、独立した第3の評価者が両者の値の整合性を判定して再測定の要否を判断しました。

さらに、左右の腕を入れ替えて同様の手順(キャリブレーションから本測定まで)を再度実施するという、左右差や測定環境の偏りを排除する厳格な試験デザインが適用されています。

解析対象となった集団には、正常血圧者だけでなく、収縮期血圧160mmHg以上が6名(6.7%)、140mmHg以上160mmHg未満が12名(13.5%)、100mmHg以下が17名(19.1%)含まれ、拡張期血圧においても100mmHg以上が6名(6.7%)、85mmHg以上100mmHg未満が19名(21.3%)、60mmHg以下が13名(14.6%)と、臨床上遭遇する幅広い血圧スペクトラムを網羅しました。全体の約27%に基礎疾患があり、15.7%に高血圧の既往が存在し、レニン・アンジオテンシン系阻害薬(11.2%)、カルシウム拮抗薬(5.6%)、β遮断薬(3.4%)などの降圧薬を服用している被験者が含まれている点も、実臨床を反映した重要な特徴です。

示された測定精度と詳細な検証データ

本試験の結果は、国際的な承認基準を明確に満たすものでした。韓国食品医薬品安全処の基準および国際標準化機構が定めるISO 81060-2:2018規格では、対照基準との差の平均値が5mmHg以下、差の標準偏差(SD)が8mmHg以下であることが要求されています。

スクリーニングを通過した89名から得られた有効測定数は、収縮期血圧で526サンプル、拡張期血圧で513サンプルに達しました。

サンプル単位の解析結果は以下の通りです。

  • 収縮期血圧(SBP):測定値の平均差は0.16±5.90mmHgであり、95%一致限界(Limits of Agreement: LOA)は−11.41から11.72mmHgでした。
  • 拡張期血圧(DBP):測定値の平均差は−0.07±4.68mmHgであり、95%一致限界は−9.26から9.10mmHgでした。

被験者単位(89名)での解析結果は以下の通りです。

  • 収縮期血圧(SBP):平均差は0.17±3.67mmHgでした。
  • 拡張期血圧(DBP):平均差は0.02±3.21mmHgでした。

いずれの解析においても、平均差は1mmHg未満にとどまり、標準偏差も規格の上限である8mmHgを余裕をもって下回る極めて優れた一致度を示しました。

基準となる聴診法との絶対差の分布を見ても、その精度は際立っています。サンプル単位の比較において、誤差が5mmHg以下に収まった割合は収縮期血圧で353サンプル(67.1%)、拡張期血圧で393サンプル(76.6%)でした。誤差が10mmHg以下となった割合は、収縮期血圧で485サンプル(92.2%)、拡張期血圧で497サンプル(96.9%)に達しています。さらに15mmHg以下では、収縮期血圧で517サンプル(98.3%)、拡張期血圧で511サンプル(99.6%)という極めて高い一致率を記録しました。被験者単位で見た場合、誤差5mmHg以下の割合は収縮期血圧で76名(85.4%)、拡張期血圧で77名(86.5%)であり、10mmHg以下では収縮期血圧で88名(98.9%)、拡張期血圧では89名全員(100%)に達しました。

単変量線形回帰分析における相関係数は、収縮期血圧でr = 0.94(P < 0.001)、拡張期血圧でr = 0.95(P < 0.001)と、従来のウェアラブル機器の報告を凌駕する極めて強固な相関が実証されました。

また、PPG技術において常に懸念される皮膚の色による光吸収のばらつきに関しても、Fitzpatrick分類(タイプ2が22名、タイプ3が38名、タイプ4が17名、タイプ5が6名、タイプ6が6名)を用いたサブグループ解析が行われました。その結果、年齢、性別、BMI(平均25.6±4.3 kg/m2)、皮膚の濃淡に関わらず、一貫して強い相関と良好な一致限界が保たれていることが確認されました。試験を通じて、デバイス装着に伴う皮膚トラブルや不快感などの有害事象は1件も報告されていません。

本研究における限界(Limitation)

極めて良好な結果が示された本研究ですが、実臨床への全面的な適応にあたっては、論文中で言及されているいくつかの限界(Limitation)を考慮する必要があります。

第一に、ISO規格の要求を満たしているとはいえ、被験者数がFAセットで89名と比較的限られた規模である点です。さらに多様な背景や重度の合併症を持つ患者群、より極端な血圧域を含む大規模な母集団での追試が求められます。

第二に、被験者の人種的背景が韓国人およびアフリカ系集団に限定されており、皮膚タイプや血管性状の異なる欧米白人集団などに対する検証が別途必要である点です。

第三に、本試験の対照基準があくまで上腕カフを用いた聴診法であるという点です。生体の血圧は中枢の大動脈、上腕動脈、末梢の指動脈の間で脈波伝播に伴う生理的な増幅や変化が存在し、動脈留置カテーテルを用いた直接観血的動脈圧とカフ血圧との間にも乖離が生じ得ます。本研究は末梢の指先で得られたPPGから上腕動脈の圧力を間接的に高精度で推定したものであり、中枢動脈圧や観血的動脈圧そのものを直接測定したわけではない点に留意すべきです。

この知見を明日からの健康行動と臨床にどう活かすか

まだ日本では使えませんが、近い将来使用できることになるでしょう。
この研究成果は、単に新しいガジェットの登場を告げるものではありません。私たちの血圧に対する向き合い方を根本からアップデートする実践的な示唆に富んでいます。

第一に、自身の血圧変動パターンを把握する意識を持つことです。診察室や朝のひとコマだけで「自分の血圧は正常だ」あるいは「薬で完全にコントロールできている」と過信してはなりません。仕事の重圧を感じている時、激しい感情の動きがあった時、飲酒の後、そして何よりも睡眠中に、血圧はダイナミックに揺れ動いています。小型リングデバイスによる連続測定技術の実用化は、これまで不可視であった夜間高血圧や早朝サージを白日の下に晒します。自分の循環器系が日常生活のどのようなストレスに脆弱であるかを知り、減塩、運動、十分な睡眠といった行動変容へ直結させることが可能になります。

第二に、血圧管理に対する心理的摩擦を取り除く選択肢として捉えることです。毎日決まった時間にカフを取り出して腕に巻き、じっと座って測定するという作業は、多忙な現代人にとって継続のハードルになりがちです。測定が途絶えてしまうくらいであれば、身につけているだけでバックグラウンドで生体情報が集積されるデバイスを活用する方が、長期的な健康防衛において圧倒的に有利です。定期的なカフ測定によるキャリブレーションさえ適切に行えば、指輪型端末は極めて信頼性の高い日常のパートナーとなり得ます。

第三に、医療従事者との対話の質を飛躍的に高めるツールとして活用することです。受診時に提示する数日分の手書き血圧手帳よりも、連続的にモニタリングされたトレンドデータや夜間血圧の推移は、医師にとって治療戦略を最適化するための貴重な情報源となります。降圧薬の内服タイミングの調整や、生活習慣への介入ポイントの特定など、真に個別化された循環器医療を享受するための架け橋となるはずです。

腕を締め付けられる不快な測定から、指先に寄り添うさりげない見守りへ。テクノロジーの進歩がもたらしたこのパラダイムシフトを正しく理解し、明日の健康管理の一歩として日々の行動に取り入れていく価値は十分にあります。

参考文献

Kim J, Chang SA, Park SW. First-in-Human Study for Evaluating the Accuracy of Smart Ring Based Cuffless Blood Pressure Measurement. J Korean Med Sci. 2024;39(2):e18. doi:10.3346/jkms.2024.39.e18

補足:CART 指輪型血圧計開発経緯

2020〜2022年 CART-I → CART-I plus

CART-Iは心房細動モニタリング向けに開発され、CART-I plusではECG、PPG、SpO₂、血圧測定などの機能を備えました。CART-I plusは2021年に韓国の医療機器認証を取得しています。

2023〜2024年 CART BP pro

医療機関向け血圧モニタリング製品。2023年に韓国で認証を取得し、2024年に24時間ABPMの保険償還対象となりました。

2025年9月 CART BP

一般消費者向け血圧測定リングとして発売。医療用CART BP proを基盤とした家庭用製品ですが、こちらも韓国MFDSが認証した医療機器です。

CART BP(医療機関向けモデル:CART BP pro)

Sky Labs社指輪型自動血圧計「CART BP(医療機関向けモデル:CART BP pro)」の概要です。

1. カフ(腕帯)なしで測る仕組み(カフレス測定)

通常の血圧計のように腕や手首を空気圧で締め付けるのではなく、指輪の内側にある光学センサーで光電式容積脈波(PPG)を計測します。 取得した微細な血流波形データをクラウド側の深層学習(AI)アルゴリズムで解析し、収縮期・拡張期血圧を推定・算出します。

2. 臨床的な最大の強み:24時間・夜間血圧の測定

従来の24時間自由行動下血圧測定(ABPM)は、睡眠中も30分おきなどにカフが膨らんで腕を締め付けるため、中途覚醒を引き起こし正確な夜間血圧が測りにくいという欠点がありました。 指輪型であれば装着したまま普段通り就寝できるため、睡眠を妨げることなく夜間高血圧(ノンディッパー/ライザー)や日内変動を正確に連続モニタリングできる点が大きな特徴です。

3. 各国での認証・実用化の状況

  • 韓国:2023年に韓国食品医薬品安全処(MFDS)から世界初の指輪型血圧計として医療機器承認を取得し、2024年には国民健康保険の適用対象となっています。すでに1,500以上の医療機関で処方・活用されています。
  • 日本:大塚製薬が国内独占販売契約を締結しており、日本国内での医療機器製造販売承認の取得および保険収載に向けた手続きが進められています。
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