アスピリンは長年にわたり、動脈硬化性心血管疾患(ASCVD)の二次予防における基本的な治療法として認識されてきました。二次予防とは、狭心症や心筋梗塞の再発を予防する治療のことです。
布施も医師になったころから、当たり前のように狭心症や心筋梗塞にはアスピリンが処方されていましたし、自分でも疑う気持ちは全くなく処方していました。
しかし、最近の議論では、その科学的根拠が再評価されています。ここでは、アスピリンの二次予防効果に関し考察します。
歴史的背景:アスピリン使用の確立と疑念
アスピリンは、その血小板凝集抑制効果によって心血管イベントのリスクを低減することが知られています。この作用は、血小板由来のトロンボキサンA2産生を阻害することによるものです。
一方で、内皮細胞由来のプロスタサイクリン合成も抑制されるため、血管保護効果の低下や出血リスクの増加が懸念されています。この二面性が、アスピリンの長期投与における課題の一つです。
二次予防における主要研究
1. ISIS-2試験(1988年)
急性心筋梗塞(MI)患者17,187人を対象に、アスピリン(162.5mg/日)を28日間投与した試験。
- 結果: アスピリン群で35日間の死亡率が23%減少(p<0.001)。
- 意義: 短期的なアスピリン使用の有効性を明確に示しましたが、長期的な影響を直接評価していません。
2. Swedish Angina Pectoris Aspirin Trial(SAPAT, 1992年)
狭心症と診断された2035人を対象に、低用量アスピリン(75mg/日)を50か月間投与。
- 結果:
- MI発生率が1000人年あたり5件減少(アスピリン群:17件、プラセボ群:22件、p<0.01)。
- 脳卒中や総死亡率には有意な改善は見られず(脳卒中発生率:アスピリン群7件、プラセボ群9件)。
- 意義: アスピリンがMIリスクを軽減する可能性を示唆しましたが、他の心血管イベントや死亡率における効果は不明。
3. ADAPTABLE試験(2021年)
慢性ASCVD患者15,076人を対象に、低用量(81mg/日)と高用量(325mg/日)のアスピリンを比較。
- 結果: 心血管イベント(MI、脳卒中、死亡)の発生率に有意差はなし(p=0.98)。一方で、高用量群では重大な出血リスクがわずかに増加しました(出血率:低用量群1.2%、高用量群1.5%)。
- 意義: 用量に関係なく、アスピリンの長期使用がイベント予防に与える影響が限定的である可能性を示唆。
4. Aspirin Myocardial Infarction Study(AMIS, 1980年)
4524人のMI既往患者を対象に、アスピリン1000mg/日を3年以上投与。
- 結果: 心血管イベントは減少しなかっただけでなく、死亡率はむしろ増加傾向(特に女性)。
- 意義: 高用量アスピリンのリスクを浮き彫りにしました。
アスピリンの二面性
アスピリンの血小板凝集抑制作用は、トロンボキサンA2の産生を抑えることで発揮されますが、内皮細胞で生成されるプロスタサイクリンの抑制により、血管の保護機能が損なわれる可能性があります。また、長期投与では、プラークの構造に影響を及ぼし、安定化を妨げるリスクが指摘されています。特に、プラーク内出血や破裂を誘発する可能性があり、これが出血性イベントの増加につながることが懸念されています。
さらに、スタチンなどの現代的治療法が普及した現在、プラークの脂質含有量が低下していることが多く、アスピリンの効果が以前ほど顕著でない可能性も示唆されています。これらの要因を考慮すると、アスピリンの長期的な使用が常に最善の選択肢であるとは限りません。
アスピリン療法の再評価が必要な理由
多くの研究が、急性期におけるアスピリンの効果を支持している一方で、慢性期の長期使用については有意な効果が見られない場合があります。特に、死亡率や重大な心血管イベントに対する影響が一貫していないことが、さらなる研究の必要性を示しています。
以下のような課題が浮き彫りになっています:
- アスピリンの有効性が現代の治療法(例:スタチン療法)の普及によって相対的に低下している可能性。
- 長期使用による出血リスクの増加が、心血管イベントの予防効果を上回る場合がある。
- プラークの病理学的特徴が変化し、アスピリンの作用機序が以前ほど効果的でない可能性。
アスピリンを服用している方
アスピリンを服用している方やその適応を検討している方にとって、この議論は不安を引き起こすかもしれません。しかし、重要なのは、「個々の患者に適した治療」が最優先されるべきだという点です。
例えば、冠動脈ステントが留置されている方は、別の視点で考える必要があります。ステントの種類や、長さ、太さ、治療部位など個々に応じて検討する必要があります。
また、患者さんご自身の出血などのリスクプロファイルや併用薬、全体的な健康状態を考慮した上で、主治医と十分に相談することが最善のアプローチです。
アスピリン療法が必要かどうかは、最新のエビデンスと個々の臨床状況に基づいて決定されるべきです。医療の進歩によって、新たな知見が日々生まれてきています。医療の専門家と共に、ご自身に最適な治療法を見つけていきましょう。
参考文献
Cleland JGF. Aspirin for Secondary Prevention of Atherosclerosis-Evidence or Dogma? JAMA Cardiol. 2024 Dec 4. doi: 10.1001/jamacardio.2024.4335. Epub ahead of print. PMID: 39630470.