はじめに
「アルコールは適量なら健康に良い」という誤解がいまだに根強く残る。しかし、近年の研究はアルコール摂取が多くのがんと直接的な関連を持つことを明確に示している。それにもかかわらず、米国をはじめとする多くの国では、アルコール飲料のラベルにがんリスクが記載されていない。JAMAに掲載されたRita Rubinによる最新の記事(2025年)では、アルコールとがんの関係性、および警告ラベルの必要性について詳細に論じられている。本稿では、同記事をもとに、アルコールとがんリスクと現状の問題点、そして我々が明日から実践できる予防策について解説する。
アルコールとがんの関連性
2.1 科学的エビデンス
米国公衆衛生局(Surgeon General)の報告によると、アルコールは少なくとも7種類のがん(乳がん、口腔がん、咽頭がん、喉頭がん、食道がん、肝がん、大腸がん)と密接に関連している。2019年には、約10万件のがん症例がアルコール摂取と関連していたとされ、特に乳がんの影響が大きく、全体の約40%(4万件以上)が乳がんであった。
アルコールの発がんメカニズムとして最もよく知られているのはアセトアルデヒド(acetaldehyde)の影響である。エタノールは肝臓でアルコール脱水素酵素(ADH)によりアセトアルデヒドに変換される。この物質はDNAを直接損傷し、遺伝子変異を引き起こすことが確認されている。また、アセトアルデヒドはDNA修復機構を阻害し、がん細胞の形成を促進する。特に、アセトアルデヒドを効率よく分解できない遺伝的背景を持つ東アジア系の人々(ALDH2欠損型)は、より高いリスクを抱えている。
加えて、アルコールはエストロゲン代謝に影響を与え、エストロゲン依存性の乳がんリスクを上昇させることが知られている。さらに、アルコール摂取による酸化ストレスの増加、慢性的な炎症、免疫機能の低下なども発がんの要因となる。
現状の問題点
3.1 不十分な警告表示
米国のアルコール飲料の警告ラベルは1989年に制定されたまま更新されておらず、現在のラベルには「健康問題を引き起こす可能性がある」とのみ記載され、がんのリスクについては一切言及されていない。このため、消費者の認識が低く、米国成人の半数以上がアルコールががんの原因であることを知らないとする調査結果もある。
3.2 国際的な対応
一方で、世界の一部地域ではすでにがん警告ラベルの導入が進められている。
- 韓国:アルコールラベルに「肝がんを引き起こす可能性がある」と記載。
- カナダ・ノースウエスト準州:2023年より「アルコールは乳がん・大腸がんの原因となる」とするラベルを導入。
- アイルランド:2026年から「アルコールと致死性がんの直接的な関連」を警告するラベルを義務化。
これに対し、アルコール業界は激しいロビー活動を展開し、警告ラベルの導入に強く反対している。カナダのユーコン準州では、2017年にがん警告ラベルの試験導入が始まったが、アルコール業界の圧力によりわずか数週間で中止された。
我々が明日からできること
4.1 アルコール摂取量の見直し
国際的なガイドラインでは、1日のアルコール摂取量を男性2ドリンク、女性1ドリンク以内(1ドリンク=純アルコール約10g)に抑えることが推奨されている。しかし、最近の研究では、「少量の飲酒でもがんリスクが増加する」ことが明らかになりつつあり、可能な限り摂取を控えることが望ましいとされている。
4.2 代替選択肢の活用
ノンアルコール飲料や低アルコール飲料の選択肢も増えている。特に、ポリフェノールを多く含むノンアルコールワインや発酵茶は、抗酸化作用が期待できるため、健康的な代替品となる可能性がある。
4.3 自己認識の向上
現在のアルコール摂取量を一度見直し、1週間のうち「飲まない日」を増やすなどの具体的な目標を設定することが有効である。特に、乳がんや消化器がんのリスクを軽減するためには、摂取頻度の低減が重要とされている。
4.4 家族・友人への啓発
アルコールとがんの関連性について、周囲の人々と情報を共有することも有効である。特に、がんの家族歴がある人や、健康志向の強い人にとっては有益な情報となる。
まとめ
本論文が示すように、アルコールのがんリスクに関する認識は依然として低く、現行の警告ラベルでは消費者に十分な情報が伝わっていない。科学的証拠は、アルコールがDNA損傷、炎症促進、ホルモンバランスの変化を通じてがんリスクを増加させることを明確に示している。各国で警告ラベルの導入が進む中、日本においても早急な対応が求められる。
一方で、消費者自身がアルコール摂取のリスクを理解し、日常生活の中で具体的な行動を変えていくことが極めて重要である。本稿を通じて、読者が自身の健康を見直し、実践可能な予防策を講じるきっかけとなれば幸いである。
参考文献
Rubin, R. (2025). “Drinking Alcohol Causes Certain Cancers, So Why Don’t Labels Warn About That?” JAMA, Published online February 7, 2025. doi:10.1001/jama.2025.0073