現代社会において、肥満は世界的な健康問題として深刻化しています。WHOの報告によると、過去45年間で世界の過体重・肥満人口は3倍に増加し、現在では成人の約半数が過体重を抱えているという現状です。肥満は、糖尿病、心血管疾患、がんなど、様々な疾患のリスクを高めることが知られており、健康寿命の延伸、医療費削減の観点からも、その予防と対策が急務となっています。
肥満対策として、食事療法と並んで運動療法が重要視されていますが、運動療法の効果については、個々の研究結果に基づいたものが多く、体系的なエビデンスに欠ける点が指摘されていました。そこで、Jayedi氏らの研究チームは、有酸素運動と減量効果の関係を明確にするため、116件のランダム化比較試験(RCT)を対象としたシステマティックレビューと用量反応メタアナリシスを実施しました。本稿では、この最新研究成果を紐解きながら、有酸素運動による減量効果の真実、そして明日から実践できる運動療法のポイントをご紹介します。
有酸素運動の影響:エビデンスに基づく結果
この研究は、116件のランダム化比較試験(総計6,880人、平均年齢46歳(19-74)、女性61%、平均BMI 31±3)を対象とし、有酸素運動が体重、ウエストサイズ、体脂肪の減少に与える影響を調査しました。各試験が行われた地域は、北米 48 件、アジア 39 件、ヨーロッパ 18 件、オーストラリア 5 件、南米 4 件、アフリカ 2 件でした。
各試験の運動は、78件は漸進的有酸素トレーニングプログラム(progressive aerobic training program)を実施し、38件は非漸進的トレーニングプログラム(nonprogressive training program)を実施した。介入期間は多くが6週間から12か月の範囲で、大半が12-16週間(3-4か月)、1週間あたりの有酸素運動時間は、55~300分(平均、167 ±54分)でした。
主な結果
- 体重減少
- 週に30分の有酸素運動を行うごとに、平均0.52kgの体重減少が見られました(95%信頼区間:-0.61 ~ -0.44kg)。
- これは、運動の種類(ウォーキング、ランニング、サイクリングなど)や強度(中等度、高強度)に関係なく、一貫して認められました。
- 週150分以上の運動を行うことで、約2.79kgの減少が期待され、300分に達すると最大4.19kgの減少が見込まれます。
- 週30分未満の場合:体重減少の効果は限定的で、維持に留まる可能性が高いです。ただし、代謝の改善や健康指標の向上といった非体重関連の効果は期待できます。
- ウエストサイズ減少
- 週に30分の運動を行うごとに、平均0.56cmのウエストサイズ減少が確認されました(95%信頼区間:-0.67 ~ -0.45cm)。
- 週300分の運動では、最大で5.34cmの減少が報告されています(中等度から強度の運動)。
- 体脂肪減少
- 週に30分の有酸素運動を行うごとに、体脂肪率が0.37%減少しました(95%信頼区間:-0.43 ~ -0.31%)。
- 週150分の有酸素運動で体脂肪率が約2%減少しました
- 内臓脂肪面積では平均1.60cm²、皮下脂肪面積では1.37cm²の減少が観察されました。
運動の種類、強度
Jayedi氏らのメタアナリシスに含まれた116件のランダム化比較試験では、様々な種類の有酸素運動が用いられています。論文中で具体的に言及されている運動の種類は以下の通りです。
- ウォーキング
- ランニング
- サイクリング
その他、論文中に明記はされていませんが、エアロビクス、水泳、ダンスなども有酸素運動に含まれるため、これらの運動を用いた研究も含まれている可能性があります。
運動強度は、以下の3つのカテゴリーに分類されていました。
- 軽度(light intensity): 1.6~3.0 METs、または最大心拍数の40~55%未満、または最大酸素摂取量(VO2max)の20~40%未満。
- 中等度(moderate intensity): 3.0~6.0 METs、または最大心拍数の55~70%未満、またはVO2maxの40~60%未満。
- 高強度(vigorous intensity): 6.0~9.0 METs、または最大心拍数の70~90%未満、またはVO2maxの60~85%未満。
メタアナリシス全体では、中等度と高強度の運動を組み合わせたプログラムが最も多く、全体の約57%を占めていました。 中等度のみの運動は約27%、高強度のみの運動は約16%でした。
この研究では、運動の種類や強度(中等度以上なら)は減量効果に大きな影響を与えないことが示唆されましたが、運動量が多いほど減量効果が高くなるという結果が得られています。つまり、減量を目的とするならば、運動の種類や強度よりも、運動量を確保することが重要と言えるでしょう。
参考:最大心拍数の計算と目標心拍数の算出
最大心拍数は、220 – 年齢で概算されます。この値を基に目標心拍数を算出します。
例:
- 年齢50歳の場合、最大心拍数は220 – 50 = 170拍/分。
- 中等度の運動:170 × 0.55〜0.70 = 93〜119拍/分。
- 強度の高い運動:170 × 0.70〜0.90 = 119〜153拍/分。
心拍数を測定するためには、フィットネスデバイスやスマートウォッチを活用するのが便利です。
運動期間
- 各試験の運動介入期間は多くが6週間から12か月の範囲で、大半が12-16週間(3-4か月)を基準に設定されていました。
- 運動の頻度は週3-5回、1回あたり20-60分が推奨され、多くの試験で週150~300分の総運動時間が達成されるよう設計されていました。
- 論文では、運動期間が8~12週間、12~24週間、24週間以上のグループ間で、体重、ウエスト周囲径、体脂肪率の減少に有意な差は認められませんでした。
- ただし、内臓脂肪と皮下脂肪の面積については、8~12週間の短期間の運動の方が、より減少効果が高いという結果が示されています。
- これらの結果から、減量を目的とした運動は、少なくとも8週間以上継続する必要があると考えられます。 そして、運動期間が長ければ長いほど効果が高まるというわけではなく、ある程度の期間で効果が plateauに達する可能性があることも示唆されます。
副作用
一部で軽度から中等度の筋骨格系の症状(膝や腰の痛みなど)が報告されましたが、深刻な健康リスクは認められませんでした。適切な準備運動やサポートのある靴の着用で、これらのリスクを最小限に抑えることが可能です。
研究期間の食事に関して
これらの研究では、運動の効果を正確に評価するために、食事の状況を様々な形でコントロールしていました。
大きく分けて、以下の3つのパターンがあります。
- 食事指導あり: 参加者全員に、カロリー制限や栄養バランスを考慮した食事指導を行う。
- 食事記録あり: 参加者に食事内容を記録してもらい、研究期間中の食事の変化を把握する。
- 食事介入なし: 食事に関する特別な指示や指導は行わず、普段通りの食事を継続してもらう。
しかしながら、これらの件数や割合は明記されていません。
食事習慣や喫煙状況に関するデータが十分に提供されていなかったため、これらの要素が運動の効果に与える影響を分析できなかったという記載もあります。
運動による減量のメカニズム
エネルギー消費と脂肪代謝
有酸素運動はエネルギー消費を高め、脂肪酸の酸化を促進します。特に、アデノシン三リン酸(ATP)産生過程での脂肪酸β酸化が活性化し、内臓脂肪の優先的な燃焼が進むと考えられます。これにより、体脂肪率や内臓脂肪面積の顕著な減少が観察されるのです。
炎症とアディポカイン
運動は脂肪組織から分泌されるアディポカイン(例:アディポネクチンやレプチン)のバランスを改善します。アディポネクチンは抗炎症作用とインスリン感受性の向上に寄与し、運動による代謝改善の鍵とされています。一方、肥満に関連する炎症性サイトカイン(例:IL-6やTNF-α)の減少も運動の効果として注目されます。
筋肉とミトコンドリアの役割
有酸素運動は骨格筋のミトコンドリア密度を増加させ、エネルギー代謝効率を向上させます。AMPK(AMP活性化プロテインキナーゼ)の活性化による脂質代謝の調節や、PGC-1α(ペルオキシソーム増殖因子活性化受容体γ補助活性化因子)の発現増加が報告されています。これらの分子機構は、持続的な運動が脂肪燃焼を促進する理由を裏付けます。
実践的なアプローチ:明日から始める運動計画
本研究に基づき、効果的な運動計画を以下に提案します:
- 開始目標
- 週150分(1日30分×5日)からスタート。
- ウォーキングやジョギングなど中等度の運動を選びます。
- 時間が取れない場合は、1日10分を3回に分けて行う方法も有効です。
- 徐々に増加
- 運動時間を週300分(1日60分×5日)まで増やす。
- 可能であれば強度を徐々に上げ、目標心拍数(最大心拍数の55~90%)を維持することを意識します。
- モニタリング
- ウエストサイズや体重を毎週測定し、進捗を確認。
- 体脂肪率が測れる体重計を活用するのも有効です。
- モチベーションを維持するため、運動日記やアプリを活用しましょう。
- 週30分未満の場合の戦略
- 短時間の運動でも代謝の活性化や健康効果が期待されます。
- 例えば、1日5分の軽度運動を毎日続け、習慣化を優先します。
- 時間が取れない場合でも、エレベーターを階段に変えるなど、日常生活での運動を工夫します。
- 生活習慣の改善
- 食事内容も見直し、加工食品や高糖質食品を控え、タンパク質と野菜を多く取り入れる。
- 睡眠時間を確保し、ストレスを軽減する習慣を取り入れる。
- 水分摂取を意識し、脱水を防ぎます。
繰り返しますが、この研究によると、運動の種類や強度(中等度以上であれば)は減量効果に大きな影響を与えないことが示唆されましたが、運動量が多いほど減量効果が高くなるという結果が得られています。 つまり、減量を目的とするならば、運動の種類や強度よりも、運動量を確保することが重要と言えるでしょう。
結論
Jayediらの研究は、有酸素運動が肥満管理において科学的に効果的であることを明確に示しています。このエビデンスを基に、適切な運動計画を実践することで、体重、ウエストサイズ、体脂肪を減少させるだけでなく、全体的な健康を向上させることが可能です。週30分未満の運動であっても健康効果は期待できるため、まずは小さな一歩から始めることが重要です。
肥満対策に限らず、健康維持において運動習慣は不可欠です。
参考文献
Jayedi A, Soltani S, Emadi A, Zargar MS, Najafi A. Aerobic Exercise and Weight Loss in Adults: A Systematic Review and Dose-Response Meta-Analysis. JAMA Network Open. 2024;7(12):e2452185. doi:10.1001/jamanetworkopen.2024.52185