はじめに:人類の食生活における新たなパラダイムシフト
現代の栄養疫学において、「何を食べるか」という議論は、単一の栄養素や特定の食品群を超え、「食品がどのように加工されたか」という、より根源的な問いへと深化しています。この議論の中心にあるのが、「超加工食品(Ultra-Processed Foods、UPF)」です。UPFは、単に利便性のために加工された食品ではなく、安価な原材料を高度に化学的・物理的に処理し、添加物を多用することで、企業の利益最大化と過剰摂取を意図的に誘導するよう設計された「工業的製剤」と定義されます。
この度、権威ある医学誌『ランセット』から発表された本シリーズの論文は、UPFを中心とする食生活が世界的な慢性疾患増加の主要な要因であるという、極めて重要な「メインテーゼ」を検証しています。
補足:超加工食品(Ultra-Processed Foods、UPF)」とは
UPFは、単に「工場で作られた食品」というだけでなく、食品の加工目的と加工度の深さに基づいて分類される「Nova分類」の第4グループに属する食品です。
Nova分類の概要
Nova分類は、食品の栄養成分ではなく、「産業的な加工の程度と目的」に基づいて食品を4つのグループに分類するシステムです。この分類法は、ブラジルのサンパウロ大学のカルロス・A・モンテイロ教授らが考案し、超加工食品(UPF)が健康に及ぼす影響を研究・議論するための主要なフレームワークとして、世界的に広く採用されています。
従来の栄養分類が個々の栄養素(脂肪、糖分、塩分など)に焦点を当てていたのに対し、Nova分類は食品の物理的・化学的構造(マトリックス)への産業的介入の度合いを重視している点が、最大の新規性です。
Nova分類の4つのグループ
食品は、加工度が低いものから高いものへ、以下の4つのグループに分類されます。
グループ1:未加工または最小限の加工食品 (Unprocessed or Minimally Processed Foods)
- 定義: 自然な状態の食品、または食品の自然な構造をほとんど維持したまま、産業的プロセス(洗浄、切断、乾燥、粉砕、冷凍、低温殺菌、真空パックなど)が施されたもの。塩、砂糖、油、脂肪などの食品成分は添加されていません。
- 目的: 食用部分の分離、保存期間の延長、調理の容易化、食べやすさの向上。
- 具体例:
- 新鮮な野菜、果物、豆類、ナッツ類、種子、卵、肉、魚、牛乳、水。
- 乾燥豆、冷凍野菜、低温殺菌された牛乳、ひき肉(最小限の加工のみ)、茶葉、コーヒー豆。
グループ2:加工された調理用原料 (Processed Culinary Ingredients)
- 定義: グループ1の食品、または自然界から、圧搾、精製、抽出、粉砕などの産業プロセスを用いて得られた物質。
- 目的: グループ1の食品を調理し、風味付けをし、グループ1の食品と組み合わせて料理や食事を作るために使用される。
- 具体例:
- 植物油、バター、ラード、砂糖(テーブルシュガー)、塩、蜂蜜、メープルシロップ。
- これらは単独で消費されることはなく、調理用として使われます。
グループ3:加工食品 (Processed Foods)
- 定義: グループ1の食品に、グループ2の少量の成分(塩、砂糖、油など)が加えられたもの。家庭のキッチンで行われる調理法と類似した方法で加工される。
- 目的: グループ1の食品の耐久性を高め、感覚的品質を修正または強化すること。
- 具体例:
- 塩水漬けの野菜、シロップ漬けの果物、缶詰や塩漬けの魚。
- シンプルな製法のパン(小麦粉、酵母、水、塩のみ)、チーズ、自家製のジャム。
- 通常、2〜3個の原材料で作られます。
グループ4:超加工食品(UPFs: Ultra-Processed Foods)
- 定義: グループ1の食品から抽出または誘導された安価な成分(分離タンパク質、変性デンプン、水素添加油など)を基に、工業的な高度な技術を用いて製造された商業的製剤。グループ2にはない「化粧品的な機能を持つ添加物」(香料、着色料、乳化剤、非砂糖甘味料など)が使用される。
- 目的: 利益を最大化し、グループ1~3の食品や手作りの料理に対抗する代替品として市場に供給される。耐久性、利便性、過剰な嗜好性を追求する。
- 具体例:
- 炭酸飲料、パッケージ菓子、市販のシリアル、インスタント麺・スープ、フライドポテト、ナゲット、ホットドッグ、風味付きヨーグルト、大量生産パン。
- 重要な識別マーカー: 原材料リストに、一般家庭では使用しない工業的な成分や、化粧品的な添加物が記載されていること。
Nova分類の鍵は、「何が添加されたか」だけでなく、「食品の自然な構造がどれだけ破壊され、何のために、どれだけ深い産業的介入がなされたか」に焦点を当てている点にあります。これにより、栄養成分表示だけでは見逃されてきた、高度な工業的加工が健康に与える複合的な影響を評価できるようになりました。
超加工食品(UPF)をもう少し詳しく
Nova分類によると、UPFは以下のような特徴を持ちます。
- 原材料の構成
- 丸ごとの食品はほとんど、あるいは全く含まれていません。
- 代わりに、トウモロコシ、大豆、小麦、サトウキビ、アブラヤシといった高収量作物から抽出または精製された安価な成分(デンプン、繊維、油、糖、タンパク質分離物など)を基に作られています。
- 機械分離された食肉の残骸が使われることもあります。
- 加工の目的
- 伝統的な調理や保存とは異なり、他の食品グループや家庭で調理された食事に取って代わることを目的にしています。
- 企業の利益を最大化するために設計されています。
- 加工方法
- 油の水素添加やエステル交換、デンプンの変性、押し出し成形(エクストルージョン)など、家庭での調理では行われない工業的な高な技術が用いられます。
- 添加物の使用
- 製品の見た目、感触、音、匂い、味を良くし、過剰な嗜好性(ハイパーパラタビリティ)を高めるための「化粧品的な機能を持つ添加物」が使用されます。
- これらは、乳化剤、着色料、香料、増粘剤、非砂糖甘味料(人工甘味料や天然由来の高甘味度甘味料)などです。
超加工食品(UPF)の具体的な例
この定義に基づき、超加工食品に分類される一般的な食品の具体例を以下に挙げます。
| カテゴリ | 具体的な食品の例 | 特徴と補足 |
| 飲料 | 炭酸清涼飲料、再構成された果汁飲料、甘味をつけたその他の乳飲料、エナジードリンク | ほぼ全てがUPFに該当します。水や100%の低温殺菌果汁とは異なります。 |
| スナック・菓子 | クッキー、ビスケット、ケーキ、大量生産されたパッケージパン、菓子、マーガリン、アイスクリーム、甘いスナック、塩味のスナック(ポテトチップスなど) | 一般的な包装されたお菓子全般です。 |
| 朝食 | 朝食シリアル(特に砂糖を多く含むものや押し出し成形されたもの) | 最小限の加工しかされていないオートミール(スチールカットオーツなど)とは区別されます。 |
| 肉・魚製品 | ソーセージ、ホットドッグ、ランチョンミート、チキンナゲット、フィッシュスティック、亜硝酸塩や硝酸塩が添加された加工肉・魚 | 最小限の加工肉(生肉など)や、塩漬けなどの単純な加工食品(ハムなど)とは異なります。 |
| 即席食品 | レディミール(電子レンジで温めるだけの調理済み食品)、インスタントスープ、インスタント麺、インスタントデザート(粉末) | 加熱するだけ、あるいは水を加えるだけで食べられる、高度に加工された食事代替品です。 |
| 乳製品 | 風味をつけたヨーグルト(スキムミルクパウダー、変性デンプン、甘味料などが添加されているもの) | プレーンヨーグルトに生の果物を加えたものとは区別されます。 |
| 特定の代替食品 | 食事代替シェイクや粉末、植物ベースの肉代替品(工業的に分離タンパク質や添加物を多用したもの) | 従来の加工食品(豆腐やテンペなど)とは異なります。 |
| 調味料 | ソース、ドレッシング(多くの添加物が含まれているもの) | – |
重要なのは、その食品が「添加物や工業的に使用される成分によって、本来の食品構造を大きく変え、利便性を高め、長期保存を可能にし、過剰な嗜好性を追求した製品」であるかどうかという点です。
分類が悩ましい時は、原材料リストを確認
例えば、「全粒粉のパン」であっても、精製された小麦粉に後からフスマや胚芽を加え、乳化剤などの添加物を使用している場合はUPFに分類されます。これは、全粒粉と水のみでシンプルに作られたパン(加工食品)とは区別されます。
最終的な分類は、原材料リストに依存します。
- 非UPF(グループ3)の可能性: 鯖、味噌、酒、砂糖、醤油、塩など、家庭でも使用する少数の基本的な原材料のみで構成されている場合。
- UPF(グループ4)の可能性: 乳化剤、着色料、香料、非砂糖甘味料、加工デンプン、タンパク質加水分解物など、「化粧品的な機能」や「工業的な安定化」を目的とする添加物が含まれている場合。
一般的に、コンビニやスーパーの棚で長期保存されている調理済み惣菜の多くは、この「工業的な安定化」のプロセスを経ているため、UPFに分類される傾向が強いということになります。
UPFの急拡大と伝統的食生活の世界的「駆逐」
Nova分類システムに基づき、本論文はUPF食パターンへの移行が不可逆的なグローバルな趨勢であることを示しました。
数十年にわたる各国の食料購入・摂取調査データは、UPFのエネルギー寄与度が多くの国で着実に増加していることを示しています。
- 既定路線化する先進国: カナダでは80年間でUPFのエネルギー寄与度が24.4%から54.9%へと倍増し、英国や米国では既に50%を超える水準で高止まりしています。
- 新興国での急速な浸透: メキシコやブラジルでは、40年間でUPFのエネルギー寄与度が約10%から23%へと倍増しました。
- 低・中所得国での販売量急増: 2007年から2022年にかけてのEuromonitorの販売データ分析では、低所得国であるウガンダで年間一人当たり販売量が60%増加し(20.3 kgから32.2 kgへ)、低中所得国群では40%増加(45.3 kgから63.3 kgへ)しています。この増加は、炭酸飲料、焼き菓子、スナック菓子など、分析された全ての10のUPFサブグループで観察されており、UPF食パターンが均一に世界へ拡散している事実を裏付けています。
病態のトリガーとしての食の質の多面的な劣化
UPF食パターンが慢性疾患リスクを増加させる要因は、単に高カロリーであるという一次元的な問題ではありません。本論文は、UPFへの曝露が食生活の質を複合的かつ多層的に劣化させることを示しています。
栄養バランスの悪化と過剰摂取の病態メカニズム
13カ国を対象としたメタアナリシスでは、UPFシェアの高い食事は、遊離糖、総脂肪、飽和脂肪といったリスク関連栄養素が高く、食物繊維、タンパク質、カリウム、マグネシウムなどの保護的栄養素が低いことが確認されました。この不均衡は、UPF摂取を最低五分位に減らすことで、食事が不適切となる割合を69.4%(カナダ)から92.1%(米国)減少させると予測されるほど、深刻なものです。
さらに、UPFは過剰なエネルギー摂取を強力に促進します。
- 観察研究では、UPFのエネルギーシェアが10%増加するごとに、1日あたりの総エネルギー摂取量が34.7 kcal増加すると予測されました(95%CI 14.7–54.7)。
- 米国NIHの2週間のクロスオーバーRCTでは、マクロ栄養素等を一致させたにもかかわらず、UPF食群は非UPF食群に比べ、1日あたり約500 kcal多く摂取し、体重が0.9 kg、体脂肪が0.4 kg増加することが明確に示されました。
この過剰摂取の分子・細胞レベルの要因として、hyperpalatability ハイパーパラタビリティ※と食物マトリックスの破壊が挙げられます。UPFは、洗練された炭水化物と脂肪を組み合わせ、添加物で感覚特性を高めることで、脳の報酬系を急速に刺激し、満腹シグナルの認識を遅らせます。柔らかい食感と食物構造の破壊は、咀嚼回数の減少とエネルギー摂取速度の上昇を招き、結果としてホメオスタシス的な調節が追いつかなくなるのです。
※ hyperpalatability:食品が驚くほど美味しく感じられる特性。特に、砂糖、塩、脂肪の組み合わせによって生じるもの。
Xenobiotics キセノバイオティクス(異種物質)曝露
UPF食パターンのもう一つの重大な脅威は、体内に異種物質を取り込むリスクの増加です。
Xenobiotics キセノバイオティクス(異種物質)とは、体外から取り込まれた物質(薬や毒物など)のことで、それを分解・排出するための代謝反応の総称を指します。
- 健康保護的フィトケミカルの欠乏: UPFからのエネルギーシェアが高いほど、抗酸化作用を持つフィトケミカルを豊富に含む果物、野菜、豆類の摂取が減少します。UPFがエネルギーの75%を占める場合、これらの保護的食品のシェアはわずか4%にまで落ち込み、炎症や酸化ストレスに対する防御機構が系統的に弱体化します。
- 有害な添加物と複合曝露: NutriNet-Santéコホートの分析では、UPF摂取最高五分位の参加者は、最低五分位と比較して、乳化剤を2倍、フレーバーエンハンサーを3倍、非砂糖甘味料を5倍、着色料を15倍多く摂取していることが判明しました。これらの添加物の単体、あるいは乳化剤、着色料、非砂糖甘味料の混合物が2〜5倍多く摂取されるという複合曝露は、腸内細菌叢の乱れ(Dysbiosis)を介した腸管透過性の亢進、免疫応答の変化、そして代謝異常を引き起こす病態生理学的経路として注目されています。
- 内分泌かく乱物質(EDC)の溶出: UPFの包装材料から、フタル酸エステル、ビスフェノール類、PFASといった内分泌かく乱物質が溶出します。複数の調査で、UPF摂取量の増加と尿中PFAS濃度の増加との関連が認められており、これらの化学物質が内分泌系を攪乱し、体内の恒常性維持機構を分子レベルで乱すリスクが増大します。
12の慢性疾患リスクに与える定量的なインパクト
本研究におけるシステマティックレビューとメタアナリシスは、UPF食パターンと疾患リスクの因果関係を推論するための強力な証拠を提示しました。
疾患リスクの定量的な増加
104件の前向き研究の知見を統合した結果、UPFの最高摂取群と最低摂取群の比較(最大調整モデル)において、以下の12の健康アウトカムで有意なリスク増加が確認されました。
| 健康アウトカム | リスク比(RR) | 95%信頼区間(CI) |
| クローン病 | 1.90 | 1.40–2.59 |
| 腹部肥満 | 1.33 | 1.24–1.42 |
| 脂質異常症 | 1.26 | 1.12–1.43 |
| 2型糖尿病 | 1.25 | 1.18–1.34 |
| 抑うつ | 1.23 | 1.08–1.39 |
| 慢性腎臓病 | 1.22 | 1.09–1.36 |
| 過体重または肥満 | 1.21 | 1.15–1.26 |
| 全死因死亡 | 1.18 | 1.12–1.25 |
| 心血管疾患または死亡 | 1.18 | 1.10–1.26 |
クローン病で特に高いリスク(RR 1.90)が示されたほか、心血管疾患・死亡、2型糖尿病、慢性腎臓病、抑うつといった現代病の多くで、約20%前後のリスク増加が確認されました。この全死因死亡のリスク増加(RR 1.18)は、地中海食がもたらす保護効果と、その絶対的な大きさが同等(逆方向)であり、公衆衛生戦略におけるUPF対策の優先順位を決定づける数値です。
病態生理学的経路の介在
特定のコホート研究では、UPF摂取と疾患リスクとの関連の一部が、特定のバイオマーカーによって説明されることが示されています。例えば、全死因死亡と心血管死亡のリスク増加の20〜30%が、肝機能および炎症のバイオマーカーによって介在され、8〜20%が腎臓のバイオマーカーによって介在されるという結果が得られました。これは、UPF摂取が引き起こす全身性の炎症、肝臓や腎臓の機能障害が、マクロな疾患発症に至る病態生理学的経路として機能していることを、分子レベルのデータが示唆していることを意味します。
これらの多角的な証拠の統合により、本論文は因果関係を推論するためのブラッドフォード・ヒル基準の9つのうち、一貫性、強さ、時間性、生物学的勾配、妥当性、コヒーレンス、実験的証拠の7つを満たしていると結論づけています。(※ 最下段補足2参照)
研究の限界と今後の課題
本研究は極めて広範な証拠を提示しましたが、その限界も認識しておく必要があります。
- Nova分類の精度の問題: UPFの分類は、原材料リストの質的な記述や添加物の有無に依存するため、食品の詳細な情報が不足している場合、分類に若干の主観性が生じる可能性があります。訓練された評価者による分類プロトコルの遵守が不可欠ですが、一部の誤分類は避けられません。
- 無作為化比較試験(RCT)の制約: 疾患のアウトカムに関する長期的なRCTは倫理的・現実的に不可能なため、本研究の主要な知見は観察研究に依拠しています。最大調整モデルを用いても、未測定の残余交絡(例:健康意識の高さ、社会的ストレスレベル)の影響を完全に排除することは困難です。ただし、短期間のRCTが過剰摂取という生物学的妥当性を強く裏付けていることは、特筆すべき点です。
- UPFグループ内の不均一性: UPFグループ内には、栄養プロファイルが異なる多様な製品が含まれます。本研究はUPF食パターン全体に焦点を当てていますが、個々のUPFサブグループ(例:超加工ヨーグルトと炭酸飲料)の健康影響を分離して評価することには、依然として方法論的な課題が残っています。
実践的な提言
本研究の知見は、我々にとって具体的な戦略的示唆を与えます。
- 「食品添加物」のリストを健康のバロメーターとする: UPF摂取のリスクは、単なる栄養成分値の加算ではなく、内分泌かく乱物質や有害な添加物への複合的な曝露にあります。製品の原材料リストにおいて、天然には存在しない、あるいは家庭のキッチンには存在しない「工業的マーカー」の数が多いほど、分子レベルのリスクが高いと判断し、回避の優先度を上げてください。特に、乳化剤、着色料、非砂糖甘味料が同時に含まれている製品は、複合曝露のリスクが極めて高いことを認識してください。
- 健康的な食生活の「保護効果」と逆算する: UPFの全死因死亡リスク増加(RR 1.18)は、地中海食がもたらす保護効果と等価であるという事実を、行動変容の動機付けとして活用してください。UPFを減らす選択は、地中海食のような全食品を中心としたパターンを採用するのと同等の、定量的な生命予後改善効果に繋がる可能性が高いと理解し、日々の食の選択の価値を最大化してください。
- 調理時間を「抗炎症・抗老化」の手段と捉える: UPFの摂取を減らすことは、フィトケミカル豊富な全体食whole foods(果物、野菜、豆類、ナッツ)の摂取を自動的に増加させ、全身の炎症レベルを低下させます。調理に時間を費やすことは、高額な抗炎症サプリメントや将来の慢性疾患治療費を削減するための、最も基礎的かつ強力な「分子的な介入」であると位置づけてください。
本研究の結論は、UPFの駆逐が人類の健康を守るための最も緊急性の高い公衆衛生上の課題であることを示しています。この科学的知見を基に、個人の食生活の質を高め、同時に社会全体が全食品とその調理に基づく食文化を守るための政策を支持していくことが、現代を生きる私たちの重要な責務です。
参考文献
Monteiro CA, Louzada MLC, Steele-Martinez E, et al. Ultra-processed foods and human health: the main thesis and the evidence. Lancet. Published online November 18, 2025. https://doi.org/10.1016/S0140-6736(25)01565-X.
※ 補足2「ブラッドフォード・ヒル基準(Bradford Hill Criteria)」
「ブラッドフォード・ヒル基準(Bradford Hill Criteria)」は、疫学や公衆衛生学において、観察された統計的な「関連性(Association)」が、実際に「因果関係(Causation)」である可能性が高いかどうかを推論するための、一連の指針となる基準です。
これは、1965年にイギリスの統計学者であるオースティン・ブラッドフォード・ヒル卿が、喫煙と肺がんの関連性を評価する際に提示したもので、因果推論を行う上で今日でも広く用いられています。
この超加工食品(UPF)に関する論文でも、UPFと慢性疾患の関連性が因果関係であると裏付けるために、この基準が適用されています。
ブラッドフォード・ヒル基準の9つの要素
以下に、9つの基準とその内容、そして今回のUPFに関する論文でどのように適用されたかを解説いたします。
| 基準名 | 意味合い | UPF論文での適用(結論部より) |
| 1. 関連性の強さ (Strength) | 関連性の大きさがどれほど強いか。リスク比(RR)やオッズ比(OR)が大きいほど、偶然ではない可能性が高い。 | 強さ (Strength) を満たす: UPFの最高摂取群のリスクは、地中海食がもたらす保護効果と同等の大きさ(逆方向)であり、そのインパクトが大きいと判断されています。 |
| 2. 一貫性 (Consistency) | 異なる集団、異なる場所、異なる研究デザインで、同じ関連性が繰り返し観察されるか。 | 一貫性 (Consistency) を満たす: 多くの国や設定、異なる研究者、異なる方法論を用いた大規模コホート研究で、リスクの増加が繰り返し観察されています。 |
| 3. 特異性 (Specificity) | 特定の曝露(原因)が、特定の疾患(結果)のみを引き起こすか。 | 特異性 (Specificity) は適用外: UPF食パターンは複数の慢性疾患(心血管疾患、糖尿病、抑うつなど)と関連するため、特異性の基準は適用されません。ヒル卿自身も、この基準は常に満たされる必要はないと述べています。 |
| 4. 時間性 (Temporality) | 原因となる曝露が、結果となる疾患よりも時間的に先行しているか。これが因果関係の絶対的な必要条件です。 | 時間性 (Temporality) を満たす: 前向きコホート研究や追跡調査では、UPFの摂取(曝露)が疾患の発症(結果)に先立って行われています。 |
| 5. 生物学的勾配 (Biological Gradient) / 用量反応関係 (Dose-response) | 曝露量が増えるにつれて、疾患リスクも段階的に増加するか。 | 生物学的勾配 (Biological Gradient) を満たす: UPFの食事シェアが高くなるほど、疾患リスクも高くなるという用量反応関係が示されています。 |
| 6. 妥当性 (Plausibility) | 関連性が、既知の生物学的・医学的知識と整合的であるか。 | 妥当性 (Plausibility) を満たす: 栄養プロファイルの広範な劣化や、過剰摂取、食物マトリックスの破壊、添加物・有害物質の複合的曝露といったメカニズムが、疾患リスク増加の生物学的な裏付けとして確認されています。 |
| 7. コヒーレンス (Coherence) | 関連性が、疾患の自然史や生物学に関する既知の事実と矛盾しないか。 | コヒーレンス (Coherence) を満たす: UPF食の影響が、炎症や代謝異常、臓器機能不全といった既知の病態生理学的経路と一致しており、矛盾がないと判断されています。 |
| 8. 実験的証拠 (Experiment) | 曝露を減らしたり、介入を行ったりすることで、疾患リスクが減少するかという実験的な裏付けがあるか。 | 実験的証拠 (Experiment) を満たす: 米国NIHや東京でのクロスオーバーRCTにより、UPF食の摂取が直接的に体重と体脂肪の増加という疾患の前駆症状を引き起こすことが確認されています。 |
| 9. 類推 (Analogy) | 類似した原因と結果の関係が、他の分野や他の病態で既に確立されているか。 | 類推 (Analogy) は適用外: 比較すべき明確な同等の曝露が存在しないため、この基準は適用されていません。 |
当論文の「関連性(Association)」「因果関係(Causation)」
この論文は、9つの基準のうち特異性と類推を除く7つがUPFと慢性疾患の関連性において満たされていると結論づけています。
特異性と類推は因果関係の必要条件ではありません。したがって、広範で一貫性があり、実験的な裏付けも持つ多角的な証拠の総体により、超加工食品が慢性疾患の増加の主要な要因であるという因果的推論を強力に支持する、というのが本論文の最終的な主張となっています。

