パンデミックが暴いたケア労働の不均衡:欧州29研究が語るジェンダー格差

女性医療

はじめに

世界を襲った新型コロナウイルスのパンデミックは、単なる公衆衛生上の危機にとどまらず、私たちの家庭内に潜む深刻な社会構造の歪みを白日の下にさらしました。本研究は、欧州各国で実施された29の先行研究を統合し、ロックダウンという極限状態において、育児や家事、介護といった無償ケア労働がどのように分配され、それが人々の精神をいかに蝕んだのかを浮き彫りにした包括的なスコーピング・レビューです。

研究の骨格:PECOによる構造化

本研究は、特定の臨床介入の効果を測定するものではなく、パンデミックという曝露が社会に与えた影響を広範囲にマッピングするスコーピング・レビューという手法を採用しています。

研究デザイン:スコーピング・レビュー(ArkseyおよびO’Malleyの枠組みに基づく)

P(Population):欧州居住の18歳以上の成人および無償ケア労働(育児、家事、介護)の従事者

E(Exposure):COVID-19抑制措置(ロックダウン、休校、在宅勤務指示、外出制限など)

C(Comparison):性別(男女間)、社会経済的地位、人種、障害の有無などのサブグループ間

O(Outcome):無償ケア労働の分配状況の変化、およびメンタルヘルス指標(幸福度、ストレス、不安、抑うつ症状など)

本レビューでは、2020年3月1日から2022年9月7日までに発表された学術論文およびグレーレポート※を対象とし、最終的に14の学術論文と15の報告書、計29件の資料が厳選されました。
イギリスが10件、ドイツが9件、イタリアが2件、ヨーロッパ全体(複数国)を対象としたものが3件、その他オーストリア、オランダ、スロベニア、スペイン、トルコが各1件ずつとなっています 。

※グレーレポート、グレー文献とは、一般的に出版社や商業的な学術流通ルートを通さずに、政府機関、研究機関、NGO、国際機関、企業などによって発行される情報の総称。

ロックダウンが生んだ「家庭内の変化」 

外部化されていたケアの需要がすべて家庭内へ

抑制措置の導入により、学校や保育施設、介護サービスが閉鎖されたことで、それまで外部化されていたケアの需要がすべて家庭内へと押し寄せました。

ユーロファウンドの調査によれば、パンデミック中の週平均の育児時間は、女性が12.6時間であったのに対し、男性は7.8時間にとどまっています。この格差は家事や料理においても顕著で、女性の18.6時間に対して男性は12.1時間という結果が出ています。

在宅勤務による「非対称性」

特筆すべきは、在宅勤務という新しい働き方が必ずしも負担の軽減には繋がらなかったという点です。ドイツの研究では、在宅勤務は男女双方のケア労働時間を増加させましたが、父親がリモートワークを行う場合、母親が唯一のケア担い手(exclusive caregiver)となる確率が有意に高まる一方で、母親が在宅で働いていても父親のケア参加が必ずしも増えるわけではないという非対称性が観察されました。

ジェンダー・ノルマ(社会的な性別役割意識)

この背景に伝統的なジェンダー・ノルマ(社会的な性別役割意識)の強力な作用を指摘しています 。家庭内に父親がいることで、むしろ「仕事に集中する父親」と「その背後で家事や育児を処理する母親」という伝統的な構図が、物理的な近接性によってより鮮明に、かつ強制的に立ち現れてしまった可能性が示唆されています。父親が在宅で仕事をしているという事実は、家族に対して「彼は仕事中であるから邪魔をしてはならない」という心理的なバリアを生み出し、結果として子供の相手や家事といった突発的な需要のすべてが母親へと流れる仕組みが構築されました。
社会学におけるdoing gender、つまり個人が社会的な期待に適応するために、無意識のうちに「男らしさ」や「女らしさ」を演じてしまうメカニズムが、危機の瞬間に強く作動したことを示唆しています。

女性の職業的な役割と家庭的な役割の「境界線」

一方で、母親がリモートワークを行っている場合、あるいは母親がエッセンシャルワーカーとして現場で長時間働いている場合であっても、父親のケア参加や分担が有意に増加するわけではないという、もう一つの非対称性が報告されています

ここには、いわゆる「理想的労働者像」のジェンダーによる解釈の違いが影響しています。男性の場合、在宅勤務中であっても「仕事のみに専念すること」が社会的・職業的に期待されます。これに対し、女性のリモートワークは、職業的な役割と家庭的な役割の「境界線」が極めて曖昧になりやすい性質を持っています 。母親が自宅で働いていると、家族からは「ケア可能な状態」にあると認識されやすく、結果として仕事の合間に細切れのケア労働を強いられることになります。
母親が外で長時間働いていても父親の参加が増えないという事実は、ケア責任の所在が「物理的な時間の余剰」ではなく「ジェンダーという属性」に固着していることを浮き彫りにしています 。

メンタルロード・認知労働の偏り

また、本論文ではメンタルロードや認知労働と呼ばれる、目に見えない精神的負担についても触れています。ケアの必要性を予測し、計画を立て、管理するという無形の労働は、依然として女性の肩に重くのしかかっていました。

男女の罪悪感の相違

イタリアの研究によれば、父親は「家族が仕事の邪魔になる」ことで生産性が下がることにストレスや罪悪感(職場に対するもの)を抱く傾向がある一方で、母親は「仕事が家族へのケアの邪魔になる」ことで、子供のニーズに応えられない、あるいは仕事から精神的に切り離せないことに対して罪悪感(子供に対するもの)を抱くという、心理的葛藤の質の決定的な違いが報告されています。

メンタルヘルス 

無償ケア労働 週15時間の分岐点

無償ケア労働の増加は、ダイレクトに精神的健康の悪化へと直結しました。英国のパネルデータを用いた分析では、週15時間を超える育児を担うことが、ウェルビーイングを著しく低下させる分岐点であることが示されています。驚くべきことに、調査対象となった母親の70%がこの15時間という閾値を超えていました

自発的な要素を含む男性、回避不能な義務の女性

一方で、男性のウェルビーイングは、家事や育児の時間が多少増加したとしても、女性ほど顕著な悪化は見られませんでした。これは、男性にとってのケア参加が相対的に自発的な要素を含むのに対し、女性にとっては回避不能な義務として課せられていた背景の違いを反映している可能性があります。

物理的なスペースの欠如

オーストリアの研究では、特権的な住環境、例えば十分な広さの部屋や個別の仕事部屋があるかどうかが、在宅勤務と家庭学習の両立におけるストレスを左右する重要な要因であったことが示されました。物理的なスペースの欠如は、心理的な脱出場所の喪失を意味し、それがメンタルヘルスの悪化を加速させたのです。

人種的少数派・障害の脆弱性

本研究の最も重要な視点の一つは、女性というカテゴリーを一様のものとして捉えず、人種や障害、階層が交差する点に注目したインターセクショナリティの導入です。

スコットランドの調査データによると、高い不安レベルを報告した割合は、白人の親が28%であったのに対し、人種的少数派(BME:Black and Minority Ethnic)の母親では34%に達していました。さらに衝撃的なのは障害の影響です。障害を持つ母親の58%が高い不安を訴えており、これは障害のない母親の32%や、障害のない父親の24%と比較して圧倒的に高い数値です。

これらのデータは、パンデミックの影響が均等に降り注いだのではなく、社会的にすでに脆弱な立場にあった層に対して、より過酷な、そして累積的な負担として襲いかかったことを証明しています。人種的少数派の女性は、不完全な雇用形態や過密な住環境といったリスク要因に加え、さらに重いケア負担を背負わされていたのです。

研究の新規性

既存の研究の多くは、性別のみ、あるいは労働市場への影響のみを単独で論じてきました。しかし、本研究の新規性は、欧州全域を対象として、無償ケア労働とメンタルヘルスの相関を、ジェンダー、階層、人種、障害という多角的な交差性のフィルターを通してマッピングした点にあります。

特に、単なるケア時間(量的側面)だけでなく、生活満足度や認知労働といった質的・心理的側面を統合し、それがどのように社会構造と結びついているかを体系化したスコーピング・レビューは、パンデミック以降の欧州において他に類を見ません。また、従来の「男性稼ぎ主モデル」が崩壊しつつあるとされる現代においても、危機下では容易に伝統的な性別役割分担へと回帰してしまう社会の脆さを実証的に示した点も、極めて重要な学術的貢献と言えます。

研究の限界と批判的検討

本研究には、いくつかの重要な限界点が存在します。
第一に、採用された研究の多くが西欧の高所得国に集中しており、東欧諸国や低所得地域のエビデンスが不足している点です。福祉国家のモデルが異なる地域では、全く別のダイナミクスが働いていた可能性があります。

第二に、サンプルの偏りです。オンライン調査が主流であったため、デジタルリテラシーが高く、インターネット環境が整った中間層以上のデータに偏っている可能性を否定できません。最も深刻な被害を受けたはずの、極めて貧困な層やデジタルから疎外された層の声が十分に反映されていない恐れがあります。

第三に、因果関係の特定における困難さです。対象となった研究の多くが横断的調査であり、パンデミック前のベースラインデータが不足しているため、観察されたメンタルヘルスの悪化がすべてケア労働のみに起因するものなのか、あるいは経済的不安や外出制限そのものによる影響なのかを完全に分離することは困難です。

明日から実践できる「ケアの再定義」

この論文が突きつけた現実は厳しいものですが、そこから得られる知見は、私たちの日常生活を改善するための具体的なヒントに満ちています。明日から取り組める行動として、以下の3つのステップを提案します。

第一に、ケア労働の「見える化」と「共有」です。本研究で示されたメンタルロードの重みを軽減するためには、単にゴミ出しや皿洗いといったタスクを分担するだけでなく、献立の考案やスケジュールの管理といった認知労働そのものをリストアップし、パートナーと共有することが不可欠です。自分が何を負担しているかを言語化すること自体が、メンタルヘルスの保護因子となります。

第二に、15時間という閾値を意識した「境界線の設定」です。週15時間以上の集中したケアが精神を蝕むという知見に基づき、家族内で一人がこの時間を超えないようなローテーションを組む、あるいは公的なサービスや周囲の助けを借りるタイミングを判断する客観的な指標として活用してください。自分の限界を主観ではなく、科学的な指標で捉える勇気が必要です。

第三に、コミュニティにおける「交差的な視点」の保持です。あなたの周囲にいるケア担い手が、もし人種的少数派であったり、自身が障害を抱えていたり、ひとり親であったりする場合、その負担は統計的に見て通常の数倍に達している可能性があります。そうした人々への具体的なサポートや、社会的な支援制度の活用を促す声かけは、コミュニティ全体のレジリエンスを高めることに直結します。

ケアは一部の人間が背負うべき犠牲ではなく、社会全体で支えるべき基盤です。パンデミックの教訓を、個人の忍耐で終わらせてはなりません。

参考文献

Gencer H, Brunnett R, Staiger T, Tezcan-Güntekin H, Pöge K (2024) Caring is not always sharing: A scoping review exploring how COVID-19 containment measures have impacted unpaid care work and mental health among women and men in Europe. PLoS ONE 19(8): e0308381. https://doi.org/10.1371/journal.pone.0308381

タイトルとURLをコピーしました