はじめに
更年期(perimenopause)は女性の生涯においてホルモン環境が大きく変動する時期です。この期間に、80~90%の女性が血管運動症状(ほてりや発汗)、泌尿生殖器症状(乾燥や頻尿)、認知機能の変化、精神的な不安定さ、そして睡眠障害を経験します。特に睡眠障害は、更年期女性の約35~60%に発生し、心血管疾患、糖尿病、肥満、うつ病などのリスクを高めることが知られています。
ここでは、最新のレビュー論文をもとに更年期における睡眠障害に関し解説します。
更年期の睡眠障害の種類
更年期女性に多く見られる睡眠障害には、以下のようなものがあります。
- 不眠症(Insomnia):入眠困難、中途覚醒、早朝覚醒などが特徴で、一般女性の有病率が22%であるのに対し、更年期女性では50%以上に上昇することが報告されています。
- 閉塞性睡眠時無呼吸症候群(Obstructive Sleep Apnea; OSA):閉経後に有病率が増加し、男性と同等レベルに達します。
- レストレスレッグ症候群(Restless Leg Syndrome; RLS)および周期性四肢運動障害(Periodic Limb Movement Disorder; PLMD):特に妊娠期や更年期に増加し、女性の9%が影響を受けます。
これらの睡眠障害の有病率が高まる背景には、ホルモン変化、加齢、代謝異常、精神的ストレス、社会的要因などが複雑に絡み合っています。
ホルモン変化と睡眠の関係
エストロゲンと睡眠
エストロゲンは睡眠調節において中心的な役割を担っています。視床下部の視交叉上核(SCN)に作用し、サーカディアンリズムを調整するほか、セロトニン、ドーパミン、GABA(γ-アミノ酪酸)などの神経伝達物質に影響を与えます。エストロゲンが減少すると、以下のような影響が現れます。
- 睡眠潜時の延長:入眠までの時間が長くなる
- 夜間覚醒の増加:中途覚醒が増え、睡眠の質が低下
- 深睡眠の減少:ノンレム睡眠の深い段階が減り、日中の倦怠感が増加
最近の研究では、エストロゲンレベルの急激な変動が睡眠障害に関与する可能性が示唆されています。特に尿中エストロン3-グルクロン酸の低値が、夜間および早朝の覚醒の増加と関連していることが報告されています。
プロゲステロンの影響
プロゲステロンもまた、睡眠に重要な役割を果たします。その主な作用は以下の通りです。
- GABA受容体を介した鎮静作用:プロゲステロンの代謝産物であるアロプレグナノロンはGABA_A受容体を活性化し、入眠を促進
- 呼吸刺激作用:プロゲステロンは中枢神経系を介して呼吸を促進し、無呼吸を防ぐ
- 上気道筋の活動増加:舌筋や咽頭周囲の筋肉を活性化し、気道の開存性を維持することでOSAのリスクを低減する可能性がある
閉経に伴いプロゲステロンが減少すると、OSAのリスクが増加し、睡眠の維持が困難になります。
こちらも参考に。
睡眠障害の病態生理学的メカニズム
血管運動症状(ホットフラッシュ)
ほてり(ホットフラッシュ)や夜間発汗は、更年期女性の約75%が経験し、そのうちの50%が5年以上持続すると言われています。これらの症状は、視床下部の体温調節中枢の異常興奮によって引き起こされ、ノルアドレナリンの増加とセロトニンの低下が関与しています。夜間のほてりは覚醒反応を誘発し、睡眠の質を著しく低下させます。
気分障害
更年期には、うつ病や不安障害のリスクが増加します。これらの気分障害は、睡眠障害を引き起こす重要な要因です。特に、夜間のホットフラッシュやその他の症状による睡眠の中断が、日中の気分に悪影響を及ぼすことが示されています。
閉塞性睡眠時無呼吸症候群(OSA)
OSAは、睡眠中に上気道が閉塞する慢性疾患で、心血管疾患のリスクを高めます。更年期の女性では、体重増加や脂肪分布の変化により、OSAの発生率が増加します。プロゲステロン減少がは上気道の筋肉の活動に影響を与え、気道の開存性が低下、OSAのリスクを上昇させる可能性があります。
治療戦略
非薬物療法
- 認知行動療法(CBT-I):睡眠習慣の改善、刺激制御、睡眠制限などを組み合わせた治療法で、更年期の不眠症に対する第一選択肢です。
- 光療法:日中に強い光を浴びることでサーカディアンリズムを調整し、睡眠の質を向上させます。
ホルモン療法(HT)
- エストロゲン補充療法は、睡眠の質を向上させます。静脈血栓塞栓症のリスクがあるため慎重な評価が必要。経皮的なエストロゲン療法は、経口療法よりも効果的であることが示されています。
- プロゲステロンはGABA受容体を介して鎮静作用をもたらし、睡眠の改善が期待できます。
非ホルモン療法
- メラトニン:サーカディアンリズムを調整し、睡眠の質を改善。
- オレキシン受容体拮抗薬(スボレキサント、レンボレキサント):睡眠維持効果が期待される。
- ガバペンチン:ほてりを軽減し、睡眠の質を改善。
研究の新規性と限界
本論文は、更年期の睡眠障害に関する最新の研究を包括的にレビューし、ホルモン療法や非薬物療法の効果を詳細に検討しています。特に、エストロゲンとプロゲステロンの分子生物学的な作用機序に焦点を当て、睡眠障害の病態生理学的メカニズムを明らかにしています。
しかし、本研究にはいくつかの限界もあります。まず、多くの研究が主観的な睡眠評価に依存しており、客観的な睡眠データ(ポリソムノグラフィーなど)が不足しています。また、ホルモン療法の長期的な効果やリスクに関するデータが不十分であるため、今後の研究が必要です。
実践的なアドバイス
更年期の女性が睡眠障害を改善するためには、以下のような実践的なアドバイスが有効です。
・ホルモン療法の検討:医師と相談の上、ホルモン療法の適応を検討する。
・睡眠衛生の改善:定期的な睡眠スケジュールを守り、寝室を快適な環境に整える。
・認知行動療法の利用:専門家によるCBT-Iを受けることで、不眠症の症状を軽減する。
・ホットフラッシュの管理:冷却マットや通気性の良い寝具を使用し、夜間のホットフラッシュを軽減する。
・適度な運動:定期的な運動は、睡眠の質を向上させるだけでなく、気分障害のリスクも減少させる。
結論
更年期の睡眠障害は、ホルモンの変動、加齢、気分障害などが複合的に影響する多因子性の疾患です。適切な治療を行うためには、個々の症状やリスク因子を考慮した個別化されたアプローチが必要です。非薬物療法を第一選択肢とし、必要に応じてホルモン療法や非ホルモン薬物療法を検討することが推奨されます。今後の研究により、より効果的な治療法の開発が期待されます。
参考文献
Troìa, L., et al. Sleep Disturbance and Perimenopause: A Narrative Review. J. Clin. Med. 2025, 14, 1479. https://doi.org/10.3390/jcm14051479