なぜ今、めまい診療に性差の視点が必要なのか
外来で「めまい」を訴える患者さんの顔ぶれを思い浮かべると、女性の割合が高いという印象を持つ臨床医は少なくないと思います。今回ご紹介するのは、その印象を疫学データと分子生物学的知見の両面から裏付けた、良性発作性頭位めまい症(BPPV)、メニエール病(MD)、前庭性片頭痛(VM)、前庭神経炎(VN)、持続性知覚性姿勢誘発めまい(PPPD)を横断的に扱った系統的レビューです。668本の論文を抽出し、最終的に67研究を対象としています。
圧倒的な女性優位という疫学的事実
まず驚かされるのが規模感です。Hülseらによるドイツの調査は、なんと7000万人規模の集団を対象とし、BPPV、MD、VMのいずれにおいても女性の罹患率が有意に高く、この傾向は閉経後も持続することを示しました。VNについても同様で、女性が62.3%を占めています。
MDに関しては英国の5508例を対象とした研究で65.4%が女性、平均診断年齢は約55歳でした。イタリアの全国調査(520例)では72%が女性、韓国の大規模コホート(2008〜2020年)では年間発生率が人口10万人あたり12.4から50.5へと上昇する中で、女性の割合は70.6%から68.8%とほぼ一貫して高く保たれていました。VMではさらに顕著で、女性対男性比は1.5対1から5対1の範囲に及ぶという報告もあり、584例中75.8%、2515例中81%が女性という大規模研究も存在します。
興味深いのは、この比率が年齢によって変動する点で、30歳未満では2.2対1、31〜60歳では4.2対1、60歳超では2.9対1と、生殖年齢を中心にピークを持つ山型のパターンを示しています。
分子レベルで何が起きているのか
エストラジオール(E2)と骨代謝と耳石
この性差の背景には、単なる受診行動の違いだけでなく、明確な生物学的機序が存在します。中心となるのはエストラジオール(E2)の関与です。E2は骨代謝を通じてOsteopontigerin オステオプロテゲリン(骨を壊す細胞(破骨細胞)の働きを抑え、骨を守る役割を持つタンパク質(サイトカイン))の産生維持に関わり、閉経に伴うE2低下は骨代謝回転を減少させ骨量減少を引き起こします。
この機序は内耳の耳石(オトコニア)の安定性にも影響を及ぼすと考えられており、Yangらは閉経後女性102名(BPPV群52名、対照群50名)を比較し、BPPV群で血清E2および25-ヒドロキシビタミンD3(25(OH)D3)が有意に低値であることを報告しました。Ogunらの調査でも、BPPV女性の48.1%が閉経後に初発していたことが確認されています。さらにLiらは英国バイオバンクの40〜69歳、484,303名という膨大なコホートを解析し、骨粗鬆症を有する60歳以上の女性でBPPV発症リスクが高いことを示しており、骨代謝とBPPVの関連を裏付ける傍証となっています。
女性は再発も多い
再発リスクにも性差が及びます。大津らの検討では、初回再発時に女性69.8%対男性30.2%、2回目の再発では81.8%対18.2%、3回目にいたっては100%対0%と、再発を重ねるほど女性への偏りが顕著になっていました。Epley法後の再発についても、女性で有意に高いことがSuらにより示されています。一方でDomínguez-Duránらは、Epley法施行7日後の眼振消失を基準とした回復自体には性差を認めておらず、再発リスクと初期治療反応性は分けて考える必要がありそうです。
プロラクチンとメニエール病(MD)
メニエール病(MD)についてはさらに興味深い神経内分泌学的知見があります。Hornerらは、MD女性患者においてコルチゾールとプロラクチンの間に男性やほかの内耳疾患患者にはみられない正の相関を見出しており、プロラクチンがMD症状発現に関与する可能性を示唆しています。実際、Carusoらの非ランダム化比較試験では、ドロスピレノン含有経口避妊薬とリハビリテーションの併用が、黄体期に生じる月経前症状増悪(めまい、耳鳴、聴力変動)を有意に軽減させたことが報告されており、ホルモン介入という具体的な治療選択肢の可能性を示しています。また、片頭痛合併MD患者95例の解析(Diaoら)では、合併群の72%が女性で、罹病期間が長く発作頻度も高い一方、残存聴力はむしろ良好という、一見矛盾した表現型が確認されています。
解剖学的性差
解剖学的な性差も報告されています。Moriyamaらは女性の前庭神経に有髄線維が少ないこと、Ayyildizらは雌ラットで前庭核の体積が小さいことを示しており、セロトニン、ドパミン、GABAといった神経化学系の性差も、抗ヒスタミン薬やベンゾジアゼピン系薬剤への感受性に影響しうる要因として挙げられています。
BPPVとMDが併存するとき、女性の偏りはさらに強まる
見逃せないのが、BPPVとMDが併存する患者群における女性優位のさらなる強調です。両疾患が合併した場合、症状の持続期間が長く、再発率も高いことに加え、女性の割合が93%に達するという報告があります。これは、内リンパ水腫という共通の病態下で、女性が耳石(オトコニア)の脱落をより起こしやすい可能性を示唆しており、ホルモン変化、骨代謝、内耳の微細構造的脆弱性が複合的に関与していると考えられます。BPPV合併MD患者の診療にあたる際は、通常のBPPVとは異なる経過をたどりやすいことを念頭に置く価値があります。
前庭神経炎(VN)と持続性知覚性姿勢誘発めまい(PPPD)における性差
前庭神経炎(VN)
前庭神経炎(VN)については、単独疾患としての性差研究はまだ少ないものの、複数の疫学研究がVN症例をまとめて解析する中で女性優位の傾向を示しています。Jeongらは季節変動にも性差があることを報告しており、男性ではVNリスクが夏に比べ秋冬で低下する一方、女性では冬に低下し春秋にはむしろ夏より上昇するという、性別で逆転したパターンが観察されています。ウイルス再活性化や自己免疫、微小血管性虚血といった多様な病因が想定される中、性特異的な免疫応答の関与は今後の検討課題です。
持続性知覚性姿勢誘発めまい(PPPD)
PPPDに関しては、原発性(p-PPPD)と続発性(s-PPPD)を比較したHabsらの研究(356例)で臨床像に差異が認められていますが、性差そのものについては本論文の中で明確な結論は示されていません。一方でZhangらは、年齢群や病因によってPPPDの臨床特性が異なることを報告しており、高齢のPPPD患者では感情障害やめまい重症度スコアがむしろ低い傾向にあったとされています。
診断・治療アプローチにおける性差
診断アプローチに関する性差を検討した6研究のうち4研究で有意差が確認された一方、2研究では有意差なしという結果でした。治療戦略を検討した9研究では、6研究が男女間の有意差を報告し、3研究は有意差なしという結果です。この不一致は、疾患の種類や治療法、評価指標のばらつきによるところが大きく、単純に「女性だから治療反応が悪い」と一般化できるものではありません。実際、VMではLinらの検討でトリガー管理単独治療の1年後成功率が男女とも70%を超え、大きな差がなかったことも報告されています。
明日からの臨床にどう活かすか
この論文が示す最大の実践的示唆は、閉経前後の女性BPPV患者においては、ビタミンD・カルシウム代謝の評価を診療プロトコルに組み込む価値があるという点です。
また前庭性片頭痛(VM)患者では、45歳以上の女性がトリガー管理単独でより良好な反応を示すという知見があり、閉経後のホルモン安定化を踏まえた予後説明が可能になります。
さらに、メニエール病(MD)で月経前増悪パターンを訴える患者には、婦人科と連携したホルモン療法の選択肢を提示できる可能性があります。DHI(めまい生活障害度)による症状重症度についても、女性でより高い障害度が複数の研究(Ferrari、Habs、Martensほか)で報告されており、心理社会的併存症(不安、抑うつ)への目配りも重要です。
BPPVとMDが併存する患者では、通常より難治性・再発性が高いことを見込んだ経過観察計画を立てることも実務的な備えになるでしょう。
この研究の新規性とlimitation
従来の性差研究は個別の疾患(MDのみ、BPPVのみなど)を対象とすることが大半でしたが、本研究はBPPV、MD、VM、VN、PPPDという主要な前庭疾患を横断的に統合し、SAGER(Sex and Gender Equity in Research)ガイドラインの枠組みで整理し直した点に新規性があります。
限界としては、採用研究の大半が後方視的・単施設デザインであり、ホルモン状態(閉経の有無、月経周期、ホルモン療法歴など)が系統的に記録されていないこと、性差・ジェンダー差の標準化された報告枠組みが存在しないためメタ解析が困難であること、そしてBPPVとMDに関する研究が全体の大半を占め、VM、VN、PPPDに関するエビデンスが相対的に手薄である点が挙げられます。著者らも結論として、性別・ジェンダーに特化した治療アルゴリズムを現時点で推奨することはできないと明言しており、今後は前向きでホルモン状態を適切に記録した十分な検出力を持つ研究の蓄積が求められます。
参考文献
Franz L, Frosolini A, Parrino D, Badin G, Pavone C, Cenedese R, Vitturi A, Terenzani M, Babb CN, de Filippis C, Zanoletti E, Marioni G. Sex and Gender Aspects in Vestibular Disorders: Current Knowledge and Emerging Perspectives―A Systematic Review. Diagnostics 2026, 16, 197. https://doi.org/10.3390/diagnostics16020197

