アイスホッケー、コンタクトスポーツと慢性外傷性脳症(CTE)

中枢神経・脳

慢性外傷性脳症(CTE)は、繰り返し頭部に衝撃を受けることによって引き起こされる神経変性疾患です。その病態の中心には、リン酸化タウタンパク質(ptau)の異常蓄積があり、これが神経細胞の機能障害や死滅を引き起こします。本研究では、アイスホッケーのプレイ期間とCTEのリスクおよび重症度との関連を調査しました。この研究は、選手や家族、指導者、そして医療従事者にとって、重要な知見を提供します。
アイスホッケーの研究ではありますが、ラグビーやサッカー、アメリカンフットボールなどでもCTEの報告はあり、すべてのコンタクトスポーツに共通する知見とも言えると思います。

研究の背景

CTEは、過去10年以上にわたる研究で注目を集めていますが、主にアメリカンフットボール選手を対象にした研究が中心でした。本研究は、アイスホッケー選手を対象にCTEの発症リスクを詳細に解析し、プレイ期間がCTEの発症と重症度にどのように影響するかを初めて明らかにしました。

研究の方法

本研究は、1997年から2023年にかけて脳を寄付した男性77人を対象に実施されました。これらの寄付者は、主にアイスホッケーをプレイしていた選手であり、脳内のptau蓄積とCTE診断との関連を分析しました。

主な測定項目:

  • CTEの病理診断: NINDS-NIBIB基準に基づいて行われました。
  • リン酸化タウタンパク質(ptau)蓄積: 11の脳領域(例: 前頭葉、海馬、扁桃体など)における蓄積を評価。
  • 認知機能: 日常生活動作を評価するFunctional Activities Questionnaire(FAQ)スコアと認知症診断。
  • リスク要因の統計分析: プレイ期間、ポジション、コンカッションの回数などを調整因子として使用。

主な研究結果

  • CTEの発症率
    • 13年以上アイスホッケーをプレイした選手のCTE診断率は51.9%、23年以上では95.8%に達しました。
    • プロ選手28名中27名(96.4%)がCTEと診断され、特にNHL選手ではリスクが顕著でした。
  • プレイ期間ごとのリスク増加
    • アイスホッケーのプレイ年数が1年増加するごとに、CTEの発症リスクは34%増加しました(オッズ比 [OR] 1.34, 95%信頼区間 [CI]: 1.15-1.55, p < 0.001)。
    • 脳内の累積ptau負荷は、プレイ年数が1年増えるごとに0.037標準偏差(SD)増加しました(95% CI: 0.017-0.057, p < 0.001)。
  • エンフォーサーの影響
    • エンフォーサー(試合中に物理的な衝突や喧嘩を担う役割)の22名中18名(81.8%)がCTEを発症していました。
    • ただし、統計モデルではエンフォーサーの役割そのものよりもプレイ年数の影響が大きいことが示されました。
  • 認知症との関連
    • 累積ptau負荷が1単位増加するごとに、認知症のリスクは12%増加しました(OR 1.12, 95% CI: 1.01-1.26, p = 0.04)。
    • FAQスコアも累積ptau負荷と正の相関を示し、ptauが1単位増加するごとにスコアが0.045 SD増加しました(95% CI: 0.021-0.070, p < 0.001)。

分子生物学的メカニズム

CTEの発症メカニズムの鍵を握るのがリン酸化タウタンパク質(ptau)です。ptauはニューロン内で異常に蓄積し、以下のようなプロセスを引き起こします:

  1. 神経細胞間の伝達阻害:
    • ptauの蓄積はニューロン間のシナプス伝達を阻害し、情報伝達の効率を低下させます。
  2. 神経炎症の促進:
    • 繰り返し頭部衝撃を受けることで血液脳関門が破壊され、炎症性サイトカイン(例: IL-6、TNF-α)の放出が増加します。
    • これによりタウタンパク質のリン酸化がさらに促進されます。
  3. ニューロンの死滅:
    • 異常蓄積したptauが神経細胞のミトコンドリア機能を阻害し、最終的にアポトーシス(細胞死)を誘導します。

累積リン酸化タウ(ptau)負荷とは?

「累積リン酸化タウ(ptau)負荷」とは、脳内で異常にリン酸化されたタウタンパク質が特定の領域にどの程度蓄積しているかを示す指標です。これにより、CTEなどの神経変性疾患の進行状況や重症度を評価することができます。脳の11の主要領域(例: 前頭葉、海馬、扁桃体など)におけるptau蓄積量が測定され、プレイ期間の長さと正の相関が確認されています。この指標は、CTEの診断および病態理解の重要な要素とされています。

実践的なアドバイス

この研究結果をもとに、選手、家族、指導者が取るべき具体的な対策を以下に示します:

  1. プレイ期間の制限
    • 若年層のプレイ期間を制限し、13年以上のプレイがリスクを大幅に増加させることを考慮しましょう。
  2. ヘルメットと保護具の改良
    • 衝撃吸収性が高いヘルメットや保護具を使用し、頭部への直接的な衝撃を減らす。
  3. チェッキングのルール見直し
    • チェッキングを開始する年齢を遅らせるルール改正や、激しい身体接触を減少させる取り組みを推進。
  4. 頭部外傷のモニタリング
    • 試合中や練習中に頭部外傷を受けた場合、医師の診断を迅速に受け、長期的な健康モニタリングを実施する。
  5. 教育プログラムの導入
    • 選手や家族、指導者に対してCTEのリスクを啓発する教育プログラムを提供し、予防策を周知させます。

今後の研究課題

本研究は、アイスホッケーにおけるCTEリスクの理解を深める重要な一歩ですが、いくつかの課題が残されています:

  1. 性別や人種の多様性:
    • 本研究の対象は主に白人男性であり、女性や他の人種を対象とした研究が必要です。
  2. バイオマーカーの開発:
    • 脳内のptau蓄積を早期に検出できる非侵襲的なバイオマーカーの開発が望まれます。
  3. 長期的な縦断研究:
    • CTEの進行を追跡し、プレイ期間以外の要因(例: 遺伝的要因、ライフスタイル)の影響を評価する研究が必要です。
  4. 介入策の検証:
    • ヘルメット改良やルール変更の効果を検証する実践的研究が求められます。

参考文献

Abdolmohammadi B, Tuz-Zahra F, Uretsky M, et al. Duration of Ice Hockey Play and Chronic Traumatic Encephalopathy. JAMA Netw Open. 2024;7(12):e2449106. doi:10.1001/jamanetworkopen.2024.49106

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