頸動脈狭窄治療における個別化医療の新たな展望:ECST-2試験2年間中間結果

中枢神経・脳

はじめに

頸動脈狭窄に対する血行再建術(carotid endarterectomy: CEAまたはcarotid artery stenting: CAS)は、30年以上前のランダム化比較試験(RCT)の成果に基づき、長らく脳卒中予防戦略の柱とされてきました。しかし、その間に内科的治療の質は飛躍的に向上し、従来の治療指針の再検討が求められていました。本稿では、2025年に報告されたECST-2(Second European Carotid Surgery Trial)の2年間中間解析結果をもとに、低〜中等度リスクの頸動脈狭窄患者に対する最適治療戦略のあり方を探ります。

研究の背景と目的

従来のRCT(NASCET、ECSTなど)は、主に狭窄率に基づいて治療適応を判断してきました。しかし、狭窄率のみでは個別の脳卒中リスクを適切に評価することが難しく、より精緻なリスク層別化が必要とされていました。ECST-2は、最適化された内科的治療(optimised medical therapy: OMT)のみで管理可能かどうかを、再建術追加の有無と比較することで検証することを目的とした試験です。対象は、無症候性または症候性で5年間の脳卒中リスクが20%未満と推定された患者でした。

CARスコアによるリスク評価;5年以内の脳卒中リスクを定量的に推定

本研究では、従来のECSTリスクモデルを再調整した「Carotid Artery Risk(CAR)スコア」を用いて、患者の5年以内の同側脳卒中リスクを定量的に推定しました。

CARスコアは、以下のような複数の要素を数理的に統合して算出される予測モデルです。

  • 年齢
  • 性別
  • 症候性の有無(脳卒中やTIAの既往)
  • 最終発症からの期間(日数)(※無症候性患者では「0日」または「非該当」として扱い、モデル内で適切に補正される)
  • 狭窄率(NASCET基準)
  • プラークの形態(特に潰瘍形成の有無)
  • 血圧、脂質異常、喫煙歴、糖尿病の有無など追加リスク因子
  • 最重度の同側イベント(most severe ipsilateral event):過去に経験した脳梗塞、TIA、網膜TIA、もしくは完全な無症候性であったかを分類。これはモデル内で異なるリスクスコアとして反映され、たとえば脳梗塞歴はTIAよりも高リスクとみなされる。

たとえば、70歳男性、3か月以内に軽症TIAを起こした症候性患者で、狭窄率70%、プラークに潰瘍が認められた場合は、CARスコアが20%を超える可能性が高く、再建術が推奨されます。一方、60歳無症候性女性で、狭窄率が60%以下、プラーク形態が安定している場合は、CARスコアが10%以下となり、OMT単独でも安全に経過をみられると判断されます。

このように、CARスコアは単一の指標に依存しない個別化リスク評価を可能とし、ECST-2では、CARスコア20%未満の患者は、OMT単独でも安全に管理できると仮定されました。、従来のECSTリスクモデルを再調整した「Carotid Artery Risk(CAR)スコア」を用いて、患者の5年以内の同側脳卒中リスクを定量的に推定しました。

参考:Carotid Artery Risk(CAR)Score
www.sealedenvelope.com/car/

最適化内科的治療(OMT)の内容

ECST-2におけるOMT(optimised medical therapy)は、現代のガイドラインに基づいた標準的かつ厳格な内科的管理を意味します。具体的には以下の構成要素からなります。

  • 脂質管理:LDLコレステロールを2.0 mmol/L(77 mg/dL)未満、総コレステロールを4.0 mmol/L(155 mg/dL)未満に保つよう、スタチンなどの脂質低下薬を使用します。
  • 血圧管理:外来または家庭測定で135/85 mmHg以下、または診察室で140/90 mmHg以下を目標とし、80歳以上の高齢者では145/85または150/90 mmHgを上限としました。
  • 抗血栓療法:TIAや軽症脳卒中後はアスピリン+クロピドグレル併用を3か月間、CAS後は最長6週間まで継続。適応がある場合は抗凝固療法も併用されました。
  • 生活習慣の改善:禁煙、体重管理、糖尿病管理など、リスク因子の包括的修正を含みます。

OMTは単なる投薬ではなく、患者ごとの状態に応じた治療目標の設定と、その達成度を定期的に評価・修正するという「動的な内科的介入」として実践されました。

研究デザインと対象

この多施設無作為化試験には、2012年から2019年の間に429名が登録されました。内訳はOMT単独群215例、OMT+再建術群214例です。中央値年齢は72歳、69%が男性でした。症候性患者は全体の40%で、残りは無症候性でした。再建術群では84%がCEA、4%がCASを受け、10%は手技を受けませんでした。

なお、患者の頸動脈狭窄度はNASCET基準での中央値が70%(四分位範囲:60–80%)と報告されており、中等度から高度の狭窄を対象としていることが示されています。

主要評価項目と解析方法

2年後の主要評価項目は、以下4項目を重み付けした階層的複合アウトカムです:(1)周術期死亡、致死的脳卒中または心筋梗塞、(2)非致死的脳卒中、(3)非致死的心筋梗塞、(4)無症候性の新規脳梗塞(画像で判明)。解析には、Win ratio法(Finkelstein–Schoenfeld法)が用いられ、各患者ペアで優劣を比較して統計評価が行われました。

主な結果

2年間の観察で、OMT単独群とOMT+再建術群の間に主要アウトカムで有意差は認められませんでした。Win ratioは1.01(95%CI 0.60–1.70, p=0.97)と、両群はほぼ同等の成績でした。各アウトカムの内訳は以下の通りです:

  • 周術期死亡・致死的イベント:OMT群4例、再建術群3例
  • 非致死的脳卒中:OMT群11例、再建術群16例
  • 非致死的心筋梗塞:OMT群7例、再建術群5例
  • 無症候性脳梗塞:OMT群12例、再建術群7例

同側脳卒中率は、OMT群で2.9%、再建術群で6.2%でしたが、有意差には至りませんでした(p=0.052)。

狭窄率80%でもOMTが選択され得る

ECST-2では、単なる狭窄率だけで治療方針を決定せず、CARスコアで包括的リスクを評価するアプローチを採っています。すなわち、80%の高度狭窄であっても、以下のような条件を満たす場合には、CARスコアが20%未満となり、OMT単独管理が選択される可能性があるのです。

  • 完全無症候性である
  • プラークに潰瘍がなく安定している
  • 高齢すぎない
  • 血圧・脂質・血糖・喫煙歴などの危険因子が適切に管理されている
  • 最重度イベントが「TIA」または「網膜TIA」にとどまる

たとえば、80%狭窄であっても、無症候性で他のリスク因子が軽微であれば、5年脳卒中リスクが20%を下回るというのがCARスコアの特徴です。これにより、従来であれば機械的に手術適応とされていた症例が、内科的に安全に経過観察可能と判断されるという臨床上の変革が起きつつあります。

新規性と臨床的意義

ECST-2は、CARスコアを用いて低リスク患者を選別し、OMT単独管理の安全性と有効性を実証した初のRCTです。また、Win ratio法を主要評価項目の解析に用いた初の脳卒中領域の研究でもあります。これにより、無症候性患者や軽症症候性患者において、再建術を回避しつつ安全に経過観察できる可能性が示唆されました。さらに、MRI上の無症候性脳梗塞の発生も再建術追加により抑制されなかった点は、画像所見によるサロゲート評価の限界も示しています。

臨床実践への応用

本研究は、以下のような行動指針を提供しています:

  • CARスコアを用いた個別化リスク評価の導入
  • CAR<20%の無症候性または軽症症候性患者に対するOMT単独管理
  • 再建術は、高リスク症候性患者(CAR≥20%)に限定
  • MRIによるsilent infarctionの追跡評価は将来の標準化対象となり得る

おわりに

ECST-2中間解析は、頸動脈狭窄治療において「狭窄率偏重」から「リスク予測に基づく個別化」への転換を促す重要な一歩です。今後の臨床現場では、CARスコアを用いたOMT重視のアプローチが主流となり、不要な手術回避と医療資源の最適化が実現される可能性があります。

参考文献

Donners SJA, van Velzen TJ, Cheng SF, et al. Optimised medical therapy alone versus optimised medical therapy plus revascularisation for asymptomatic or low-to-intermediate risk symptomatic carotid stenosis (ECST-2): 2-year interim results of a multicentre randomised trial. Lancet Neurolog. 2025;24:389–399. doi:10.1016/S1474-4422(25)00107-3

タイトルとURLをコピーしました