人工知能が革新する循環器診療

Digital Health

はじめに:AIと心血管医療の接点

近年、人工知能(AI)の進歩が急速に進み、心血管医療にも変革の波が押し寄せています。これまで医師の熟練によって支えられていた診断やリスク評価、画像読影、さらには治療選択にまで、AIは精度と効率性の面で大きな可能性を示しています。本論文では、深層学習(とくに畳み込みニューラルネットワーク:CNN)を中心とするAIの進展が、どのように心血管医療の各分野に影響を与えているかを、実例とデータに基づいて解説しています。


ECGとウェアラブル:診断のフロンティア

不整脈関連

心電図(ECG)は、AIの活用が最も進んでいる分野の一つです。従来のルールベースの自動読影では判別が難しかった不整脈も、CNNによって高精度に分類されるようになっています。

Hannunら(2019)の研究では、53,549人の患者から得られた91,232件の単一誘導心電図を分析したCNNモデルが、12種類のリズム異常を平均F1スコア0.84で分類しました。これは9人の循環器専門医からなるコンセンサス委員会の平均スコア0.78を上回る精度です。

特に注目すべきは、正常洞調律時の12誘導心電図から発作性心房細動を予測するAIモデル(AUC 0.85-0.90)の開発です。Attiaら(2019)の研究では、AIが人間の医師には認識できない微妙な心房の変化を検出可能であることが示されました。前向き研究では、AIによるリスク層別化が従来のリスク因子に基づく方法(CHARGE-AFスコア)を補完することが確認されています。

加えて、スマートウォッチのようなウェアラブルデバイスとの連携により、在宅でもAF検出が可能となり、Apple Watchを用いた大規模研究(n=419,297)では、通知後のフォローアップで34%がAFと診断されました。

構造的心疾患関連

AIは心電図から構造的心疾患を検出する能力でも驚異的な成果を上げています。Attiaら(2019)の研究では、97,829件の心電図と心エコー図を用いて、無症候性左室機能不全(LVEF≤35%)を93%のAUCで検出可能であることが示されました。陽性と判定された患者は、心室機能不全を発症するリスクが4倍高いことも明らかになりました。

さらに、心アミロイドーシス、肥大型心筋症、大動脈弁狭窄症(AS)などの構造的心疾患の検出にも応用されており、ASではAUC 0.85、心アミロイドーシスでは0.91以上という報告もあります。特筆すべきは、AIが心疾患を発症の6ヶ月以上前から予測可能であったという報告です。


心エコー:画像取得と読影の革新

心エコーは画像のばらつきや操作者の熟練度に強く依存するモダリティですが、AIはその課題解決に貢献しています。Ouyangらの研究では、2D心尖部4腔像からLVEFを推定するモデルがAUC 0.96、平均絶対誤差(MAE)6.0%という高精度を示しました。

画像取得においても、初心者(看護師)がAI支援のもと心エコーを撮像し、98.8%の症例で診断に適した画像品質が得られたとする研究もあります。これにより、救急外来や地域医療でも高品質な心エコーが可能となりつつあります。

肥大型心筋症と心アミロイドーシスの鑑別(区別が難しいことが多い)では、23,745件の画像を用いたモデルが89%のAUCを達成し、左室壁厚の測定では1.2mmのMAEを示しました(Duffyら,2022)。

今後は、LVEF、左室壁厚、弁の動きといった構造的パラメータを自動で解析し、心不全や弁膜症の早期発見につながると期待されています。


心臓MRI・核医学・CT:AIによる潜在情報の抽出

画像ベースのモダリティでは、AIが画像再構成や後処理、診断の自動化に革命をもたらしています。

CMRでは、CNNを用いた心腔の自動セグメンテーションにより、従来時間のかかっていた後処理が大幅に効率化されました。T1/T2マッピングやLGE(遅延造影)領域の抽出も高精度に行われ、造影剤を使わずにLGEを予測するモデルも登場しています。
Zhangら(2021)は、造影剤を使用せずに遅延造影効果を予測する「バーチャルネイティブエンハンスメント」技術を開発し、肥大型心筋症患者での遅延造影領域との相関係数0.77-0.79を達成しました。

SPECTでは、再灌流治療の予測や、restスキャンの省略の判断をMLで行うことで、診断の精度と効率性が向上しています(MACE予測で従来法を上回る精度)。

心臓CTでは、冠動脈石灰化スコアの算出、プラーク体積・狭窄率の評価に加え、冠動脈炎症を示す放射線指標(perivascular fat attenuation index)をAIが自動抽出可能です。この指標は心死亡のハザード比5.6という強い予測能を示しました。


電気生理学的検査(EP)への応用

電気生理学は、複雑な信号や3次元解剖情報を統合する必要があり、AIの恩恵を受けやすい分野です。

術前では、CMR画像から瘢痕や炎症領域を同定することで、アブレーション戦略の立案やリスク層別化が可能です。術中には、拡張現実技術とAIを組み合わせ、3D心臓構造とカテーテル位置をリアルタイム表示するシステムも登場しています。ローター解析によるアブレーション標的の同定も試みられていますが、ランダム化試験では予後改善効果は証明されていません。


冠動脈造影:狭窄検出からLVEF推定まで

造影画像からの狭窄部位の検出や、CTO・石灰化・解離などの分類は、AIによって精度と速度が向上しています。Avramらの研究では、冠動脈狭窄の検出においてAUC 0.86を記録しました。

また、左室駆出率を冠動脈造影から推定するモデル(AUC 0.91)も登場しており、心室造影を行わずとも手技中にLVEFを把握できる可能性があります。


遺伝学・マルチオミクス・その他の応用

AIは、ゲノム解析や電子カルテデータ、音声・映像といった多様なデータソースの解析にも応用されています。例えば、数千の変異の中から病的意義を持つものを同定するAIモデルにより、遺伝性心疾患の診断精度が向上しています。

今後は、ECG+Echo+CTといったマルチモーダルAIモデルによる包括的診断の実現が期待されており、教育・法規・バイアス制御などの課題と並行して、着実に臨床導入が進むと考えられます。


おわりに:AIは医師の拡張知能へ

AIは単なる「人工知能」ではなく、「拡張知能」として医師を支える存在へと進化しています。とくにECG、エコー、CMR、CTの4領域で顕著な進展があり、今後の実装には多施設・多人種での外部検証、教育、臨床ワークフローとの統合が鍵となります。

参考文献

Elias P, Jain SS, Poterucha T, et al. Artificial Intelligence for Cardiovascular Care—Part 1: Advances. J Am Coll Cardiol. 2024;83(24):2472–2486. doi:10.1016/j.jacc.2024.03.400

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