はじめに
飲酒は、世界中で社会的なコミュニケーションツールとしての役割を果たす一方で、過剰摂取による健康被害や社会問題の一因ともなります。
アルコールの消費量や飲酒パターンは、アルコール関連の害と密接に関連しています。WHOは2010年において「飲み放題」を禁止または制限する世界的戦略を採択しました。この「飲み放題」制度は‘all you can drink’としても知られ、日本において広く普及しており、その利便性から飲み会や宴会文化の一部として根付いている一方で、そのリスクが認識されていませんでした。
「飲み放題」は、大量飲酒を引き起こすリスク要因であることがわかっています。大量飲酒とは、純アルコール量にして60g以上(標準的なアルコール飲料6杯相当、缶ビール500ml3本相当)を30日間のうち1回以上摂取する飲酒のパターンとして定義されます。「飲み放題」を含むアルコールの販促価格設定promotional price practicesとアルコール消費のについての系統的レビューによれば、1978年から2018年にかけて7か国で行われた12件の研究のうち11件が、販促価格設定とアルコール消費の増加との間に一貫した正の相関を示しました。
しかし、「飲み放題」と、アルコール使用障害識別テスト(AUDIT ;Alcohol Use Disorders Identification Test)で確認された問題飲酒パターンとの関係については、これまで調査されていませんでした。
AUDITとは、単回の飲酒量の増減を評価するのではなく、過去の飲酒行動に基づいて過剰飲酒やアルコール使用障害を特定するアルコール使用障害識別テスト、スクリーニング方法です。
(参考)AUDIT ;Alcohol Use Disorders Identification Test
AUDITは全部で10項目の設問から成り、各項目の合計点(最大40点)で飲酒問題の程度を評価します。
10の各設問に対し5段階で評価し、点数を合計します。アルコール使用障害の程度が悪いと点数が高くなります。
詳しくは、こちらのリンクをご参照ください。
https://kurihama.hosp.go.jp/hospital/screening/audit.html
(久里浜医療センター)
設問は以下のような感じです。
1. あなたはアルコール含有飲料(お酒)をどのくらいの頻度で飲みますか?
2. 飲酒するときには通常どのくらいの量を飲みますか?
3. 一度に 6 ドリンク以上飲酒することがどのくらいの頻度でありますか?
4. 過去 1 年間に、飲み始めると止められなかったことが、どのくらいの頻度でありましたか?
5. 過去 1 年間に、普通だと行なえることを飲酒していたためにできなかったことが、どのくらいの頻度でありましたか?
6. 過去 1 年間に、深酒のあと体調を整えるために、朝迎え酒をしなければならなかったことが、どのくらいの頻度でありましたか?
7. 過去 1 年間に、飲酒後罪悪感や自責の念にかられたことが、どのくらいの頻度でありましたか?
8. 過去 1 年間に、飲酒のため前夜の出来事を思い出せなかったことが、どのくらいの頻度でありまし
たか?
9. 飲酒した際に、あなた自身がけがをしたり、あるいは他の誰かにけがを負わせたことがあります
か?
10. 肉親や親戚、友人、医師、あるいは他の健康管理にたずさわる人が、あなたの飲酒について心配
したり、飲酒量を減らすように勧めたりしたことがありますか?
研究概要と目的
この研究は、日本における社会と新型タバコに関するインターネット調査研究プロジェクト(Japan Society and New Tobacco Internet Survey (JASTIS))のデータを用いて、飲み放題制度が危険飲酒やアルコール使用障害(AUD:Alcohol Use Disorder)のリスクを高めるかどうかを検証しました。19,585人(男性55%、平均年齢は48.3 (20~79歳))の現在の飲酒者を対象に、WHOが開発したアルコール使用障害識別テスト(AUDIT)を用いて飲酒行動を評価しました。
調査対象者は以下の3つのカテゴリーに分類されました:
- 非問題飲酒者(AUDITスコア:0-7)
- 危険飲酒者(AUDITスコア:8-14)
- アルコール使用障害者、アルコール依存症の疑い(AUDITスコア:15以上)
さらに、1回の飲酒で6杯(純アルコール60g)以上飲む大量飲酒(暴飲)の頻度も評価されました。
主な結果
- 飲み放題制度を利用した人の危険飲酒リスクは、利用しなかった人に比べて3.40倍高い(95%信頼区間[CI]: 3.06-3.77)。
- アルコール使用障害のリスクは8.58倍(95% CI: 7.51-9.80)高い。
- 飲み放題を月1回以上利用する場合、アルコール使用障害のリスクは40.7倍(95% CI: 33.7-49.2)に増加。
- 大量飲酒のリスクは飲み放題利用者で3.65倍高かった(95% CI: 3.33-4.00)。
分子生物学的視点から見たアルコール摂取の影響
アルコールの代謝は主に肝臓で行われ、アルコールデヒドロゲナーゼ(ADH)とアルデヒドデヒドロゲナーゼ(ALDH)という酵素によって処理されます。この過程で生成されるアセトアルデヒドは、DNA損傷や酸化ストレスを引き起こし、慢性的な摂取では肝硬変や発癌リスクを高めます。また、アルコールは中枢神経系においてGABA(γ-アミノ酪酸)受容体を活性化します。GABAは抑制性の神経伝達物質であり、その受容体の活性化は通常神経活動を抑制しますが、アルコールは特に前脳の抑制性介在ニューロンを通じて働きます。この結果、抑制性ニューロンの活動が高まり、それによりドーパミン作動性ニューロンを抑制している他の抑制性経路が抑制されることで、ドーパミンの放出が間接的に増加します。これにより、一時的な高揚感が引き起こされますが、繰り返しの摂取で依存症のメカニズムが強化されます。これにより、一時的な高揚感を引き起こしますが、繰り返しの摂取で依存症のメカニズムが強化されます。
飲み放題制度による過剰摂取は、この代謝システムに過剰な負担をかけ、長期的には脳の報酬系回路に不可逆的な変化をもたらす可能性があります。特に若年層において、未成熟な神経回路がアルコール依存症リスクをさらに高めることが懸念されます。
さらに、アルコールは腸内細菌叢にも影響を及ぼし、腸壁の透過性を高めることで慢性的な炎症反応を引き起こします。このような炎症は、心血管疾患や神経変性疾患のリスク増加にも寄与すると考えられています。
社会文化的背景
日本では飲み放題文化が「お得感」や「宴会文化」を象徴するものとして受け入れられています。しかし、この利便性の裏には、非飲酒者や軽飲酒者が同じ料金を負担するという不公平性が潜んでいます。さらに、飲み放題が集団での飲酒を促進することで、個々人の飲酒量が制御しにくくなるという課題もあります。
社会的に飲み放題制度が根付いている理由の一つには、経済的要因も挙げられます。飲み放題は、固定予算で飲食が楽しめるため、企業の接待や友人との集まりにおいて便利な選択肢となっています。しかし、これが問題飲酒を助長し、社会的・経済的な負担を増大させている可能性があります。
実践的な提言
この研究結果を基に、以下の行動や政策を検討することが有効です:
- 飲み放題の利用頻度を減らす:
- 飲み放題の利点を見直し、個別注文に切り替えることで飲酒量をコントロールしやすくなります。
- 飲酒量を意識する:
- AUDITやスマートフォンアプリを活用して、自分の飲酒パターンを定量的に把握する。
- 政策的規制の導入:
- WHOが提唱するように、飲み放題制度の規制や価格設定の見直しを進める。
- 教育と啓発:
- アルコールの健康リスクについて広く周知し、特に若年層を対象に予防的な教育を実施する。
- 代替案の提供:
- ソフトドリンクやノンアルコール飲料を積極的に選択肢として提供する。
- 職場文化の見直し:
- 企業の宴会文化において、飲み放題制度を使用しない選択肢を推奨し、飲酒を強制しない環境を整える。
- アルコール依存症予防プログラムの強化:
- 地域社会や医療機関が連携し、依存症の予防と治療を支援するプログラムを拡充する。
結論
飲み放題制度は、日本における飲酒文化の一部として広く浸透していますが、その影響は個人の健康や社会全体に大きなリスクをもたらします。本研究は、飲み放題制度が危険飲酒やアルコール使用障害のリスクを著しく高めることを示し、規制や啓発の必要性を強調しています。飲酒量をコントロールし、健康的なライフスタイルを維持するためには、個人の意識改革だけでなく、社会全体の取り組みが不可欠です。これには政策的規制や教育の充実、代替案の提供といった多角的なアプローチが求められます。
参考文献
Wakabayashi M, Kinjo A, Sugiyama Y, et al. Is flat rate pricing for unlimited alcohol consumption associated with problematic alcohol consumption patterns? A cross-sectional study with the Japan COVID-19 and Society Internet Survey. BMJ Open. 2024;14:e079025. doi:10.1136/bmjopen-2023-079025.