身体活動を「始めること」と「やめないこと」が健康長寿の鍵

身体活動

はじめに

身体活動(physical activity, PA)は健康長寿を支える最も強力な非薬物的介入の一つです。これまでの疫学研究では、単一時点のPA測定と死亡リスクとの関連を検討したものが多く、長期にわたるPAの変化や蓄積パターンが死亡率に与える影響は十分に明らかではありませんでした。本研究は、成人期を通じたPAの推移「軌跡(trajectory)」と累積量が、全死亡および心血管疾患(CVD)、がん死亡にどのような影響を与えるかを、これまでで最大規模のデータを用いた系統的レビューとメタ解析によって明らかにしました。


研究の目的と新規性

本研究の目的は二つあります。第一に、成人期におけるPAパターン(継続的、増加、減少)や累積量と、全死亡・CVD死亡・がん死亡との関連を明らかにすること。第二に、PA量と死亡リスクの量反応関係(dose-response)を推定することです。特に注目すべきは、過去の多くの研究が単一時点測定による誤分類や、PAの変動性を反映できない限界を抱えていたのに対し、本研究はPAを2回以上測定した前向きコホート85件を解析対象とし、推奨運動量未満の活動でも健康利益が得られるかを検証している点です。


方法

解析対象は18歳以上の非臨床集団(一般の地域住民)で、PAを2回以上評価し、全死亡・CVD死亡・がん死亡のいずれかをアウトカムとした前向きコホート研究です。PAの評価は自己申告による時間、頻度、強度などを統一的にmarginal MET-h/week(mMET.h/week)に換算しました。WHO推奨値(中高強度PA150〜300分/週)は8.75〜17.5 mMET.h/weekに相当します。

PAのモデル化は以下の3種類です。

  1. Trajectory解析:一貫して活動的、活動増加、活動減少などのパターン。
  2. Time-varying解析:追跡中のPA変化を時変量として解析。
  3. Cumulative/average解析:複数時点の平均または累積PA量を評価。

統合解析にはランダム効果モデルを用い、サブグループ解析および非線形量反応モデルも実施しました。


主な結果

この研究は、身体活動が継続的であることの絶大なメリットを明確に示しました。

一貫して活動的な場合

まず、最も注目すべきは、成人期を通じて「一貫して活動的」な人々が、一貫して非活動的な人々と比較して、全死因死亡リスクが20〜40%低く、心血管疾患による死亡リスクも30〜40%低いことが明らかになった点です。これは、身体活動が心血管系の機能と構造を直接的に改善することや、抗炎症作用などのメカニズムを通じて、非感染性疾患のリスクを広範に低減するからと考えられます。

  • 総PA(total physical activity)で全死亡リスク29%低下(RR 0.71, 95% CI 0.67–0.76)
  • 余暇PA(leisure-time PA)では39%低下(RR 0.61, 95% CI 0.55–0.67)
  • CVD死亡では約40%低下、がん死亡では約25%低下

活動量を増加させた場合

さらに希望的なメッセージは、「活動レベルを増加させた」人々にも同様に顕著な効果が見られたことです。成人期を通じて身体活動レベルを増加させた人々は、一貫して非活動的な人々と比較して、全死因死亡リスクが20〜25%低減していました。これは、何歳からでも身体活動を開始することが健康上の利益をもたらすことを示唆しており、「運動を始めるのに遅すぎることはない」というメッセージを科学的に裏付けるものです。

  • 総PAで全死亡リスク22%低下(RR 0.78, 95% CI 0.75–0.82)
  • 余暇PAでは27%低下(RR 0.74, 95% CI 0.66–0.84)
  • CVD死亡リスクは有意に低下するが、がん死亡では明確な効果は確認できず

活動量が減少した場合

  • 総PAでは効果なし(RR 0.97, 95% CI 0.86–1.08)
  • 余暇PAで「ごくわずかな低下」を示唆する可能性はありますが、効果は非常に小さい(RR 0.95, 95% CI 0.92–0.99)

ポジティブな見方をすれば、身体活動レベルが「減少した」人々も、わずかではあるものの、死亡リスクの低減が見られる可能性がなくはないです。これは、過去に蓄積された身体活動が、その後の健康状態に良い影響を与えるという「バンクセービング仮説(bank saving hypothesis)」を部分的に支持するものです。しかし、この関連性は不確実性が高く、さらなる研究が必要です。この結果は、過去に活動的であった期間が無駄にならないことを示唆すると同時に、健康上の最大の利益は活動的な状態を維持することによって得られることを強調しています。

Time-varying / Cumulative PA

  • 高PA群は低PA群に比べ、全死亡リスクが30〜40%低下
  • ただし該当研究数は限定的

Time-varyingは追跡中の各時点の運動量を反映し、Cumulativeは複数回の測定を合計・平均して長期的な活動量を評価します。どちらも活動量が高い人は低い人に比べ、全死亡リスクが約30〜40%低下しましたが、該当研究は少なく確実性は限定的です。

量反応関係

この研究では、身体活動の量と死亡リスクの間の非線形な用量反応関係が示されました。具体的には、身体活動量が推奨ガイドラインの下限(8.75 mMET.h/週)に達するまで、死亡リスクは急激に減少します。一貫して活動的な人々は、この下限の活動量で全死因死亡リスクが約40%低減し、ガイドラインの上限(17.5 mMET.h/週)では約46%まで増加しました。しかし、これ以上の活動量(30 mMET.h/週など)では、追加的なリスク低減効果はわずかでした

この結果は、現在のWHOの身体活動ガイドライン(中強度活動150〜300分/週など)の妥当性を裏付けるものです。特に重要なのは、ガイドラインを下回る活動量であっても、一貫して活動的であることや活動量を増やすことで、無視できない健康上の利益が得られるという点です。これは、高齢者や身体活動が困難な人々にとって、少量の活動でも十分な価値があることを示しており、公共の健康政策や個人の行動変容を促す上で非常に重要なメッセージとなります


分子生物学的視点

身体活動の死亡率低下効果は、分子レベルで複数の経路によって説明されます。持続的な中高強度活動は骨格筋のAMPK経路やPGC-1αの発現を促進し、ミトコンドリア新生や酸化ストレス耐性を高めます。また、慢性炎症の抑制(IL-6、TNF-α低下)、血管内皮機能改善(NO産生増加)、インスリン感受性の向上などが報告されています。本研究が示すCVD死亡の顕著な低下は、これらの機序による動脈硬化進行の抑制や心筋保護作用と整合します。


実践的意義

  • 成人期のどの時点から運動を始めても有益ですが、活動を継続することが最大の効果をもたらします。
  • 推奨量未満でもリスク低下効果が明確であるため、「まず始める」ことが重要です。
  • 余暇PAは総PAよりも死亡リスク低下効果が大きく、職場や家庭以外での自発的な活動機会の確保が推奨されます。
  • 公衆衛生戦略では、非活動者の増加抑制だけでなく、活動者の維持支援が不可欠です。

Limitation

  1. 解析対象は観察研究であり、因果関係を断定できません。
  2. PA測定は主に自己申告で、測定誤差や過小評価の可能性があります。
  3. 評価方法やPAカテゴリーが研究間で異なり、異質性が高いです。
  4. 一部研究は追跡期間が短く、逆因果(疾患による活動低下)の影響を排除しきれません。
  5. がん死亡に関する研究は少なく、推定精度が低いです。

まとめ

本研究は、成人期を通じたPAの維持または増加が全死亡およびCVD死亡リスクを顕著に低下させることを、最大規模のデータセットで示しました。特に推奨運動量未満でも効果が確認されたことは、公衆衛生メッセージとして重要です。開始時期にかかわらず「始めること」と「やめないこと」が、生涯の健康と長寿の鍵であることが、今回のエビデンスから明確に示されています。

参考文献

Yu R, Duncombe SL, Nemoto Y, Araujo RHO, Chung HF, Mielke GI. Physical activity trajectories and accumulation over adulthood and their associations with all-cause and cause-specific mortality: a systematic review and meta-analysis.Br J Sports Med. Epub ahead of print 8 July 2025. doi:10.1136/bjsports-2024-109122

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