アルコールが睡眠に与える影響 

アルコール

はじめに

アルコールは、古くから「眠りを誘う飲み物」として広く認識されています。実際、成人の約10〜28%が就寝前にアルコールを摂取していると報告されています。しかし、その効果は単純ではありません。科学的に見た場合、アルコールは本当に質の高い睡眠をもたらすのでしょうか。
Gardinerらは、健康な成人におけるアルコール摂取が夜間の睡眠に与える影響をシステマティックレビューとメタアナリシスを通じて検証しました。特に、アルコールの摂取量とタイミングが睡眠の質にどのように影響するかを明らかにしています。
ここでは、この研究の主要な発見を解説し、我々が明日から実践できる具体的な対策を提案します。

アルコールと睡眠の関係、そのメカニズム

アルコールは、中枢神経系に作用する精神活性物質であり、その効果は血中アルコール濃度(BAC)の変化に依存します。初期の摂取では、BACが上昇し、幸福感やリラックス感が生じます。しかし、BACが高くなると、アルコールは中枢神経系の抑制剤として作用し、鎮静効果をもたらします。この鎮静効果は、γ-アミノ酪酸(GABA)やグルタミン酸、アデノシンなどの神経伝達物質の活動を変化させることで、大脳皮質の活動を低下させます。

GABA(γ-アミノ酪酸)の活性化

アルコールはGABA_A受容体を活性化し、神経活動を抑制することで鎮静効果を発揮します。これが、アルコールが一時的に眠気を誘発する主なメカニズムです。

グルタミン酸の抑制

アルコールは、興奮性神経伝達物質であるグルタミン酸の放出を抑制します。これにより、中枢神経系の活動が低下し、一時的に入眠が促進されるのです。

アデノシンの増加

アルコールは、アデノシンの蓄積を促進することで睡眠圧(sleep pressure)を高めます。しかし、アデノシンが過剰に蓄積すると、REM睡眠が抑制される可能性があります。

しかし、これらの効果は一時的であり、アルコールの代謝が進むにつれて、逆に睡眠の質が低下することが示されています。

アルコールの睡眠への影響:睡眠構造の変化

本論文では、27の研究をメタアナリシスにより統合し、以下の主要な発見を報告しています。

REM睡眠の抑制

  • 低用量(0.35 g/kg、約2杯の標準ドリンク)でさえREM睡眠の開始を遅延させました。
  • 0.50 g/kg(約3杯)以上でREM睡眠の総量が減少(約11.3分減少)。
  • 1 g/kg(約6杯)の高用量では、REM睡眠の開始が30分以上遅延しました。

REM睡眠は、記憶の固定や感情の調整に重要であり、この抑制は認知機能の低下やストレス耐性の低下を引き起こす可能性があります。

睡眠潜時の短縮

  • 高用量のアルコール(0.85 g/kg以上)では、睡眠潜時(寝付くまでの時間)(sleep onset latency)が約6.4分短縮されました。
  • これは、アルコールがGABA受容体を介して神経活動を抑制し、鎮静効果をもたらすためです。しかし、この効果は一時的であり、後半の睡眠においてREM睡眠の著しい減少を引き起こすため、睡眠の質全体を低下させる可能性があります。
  • この結果は、アルコールが睡眠導入を促進する一方で、睡眠の維持には悪影響を及ぼす可能性を示唆しております。

NREM(ノンレム)睡眠の変化

  • 0.95 g/kg以上で深い睡眠(N3睡眠)への移行が早まりました
  • N3睡眠は、高振幅のデルタ波が特徴で、体の回復に重要な役割を果たします。
  • しかし、アルコールによるN3睡眠の増加は一時的であり、後半の睡眠では逆に減少することが報告されています。N3睡眠の全体量に有意な増減は見られませんでした。

総睡眠時間と睡眠効率

  • 総睡眠時間(TST)は、アルコール摂取の影響を大きく受けませんでした。
  • 一部の研究では、低用量のアルコールが総睡眠時間を増加させる可能性が示唆されていますが、高用量では逆に減少する傾向がありました。
  • 睡眠効率(SE)は減少し、睡眠中の覚醒時間(wake after sleep onset, WASO)が増加する傾向が見られました。

アルコールの代謝

アルコールの代謝は、主にアルコール脱水素酵素(ADH)によって行われます。ADHは低用量で飽和するため、高用量のアルコールを摂取しても代謝速度は一定であり、BACは上昇し続けます。睡眠中にアルコールの代謝が進むと、アセトアルデヒドや酢酸などの代謝物が蓄積し、これらが生理的な覚醒や体温上昇を引き起こすことで、睡眠の質が低下します。

特に、REM睡眠は睡眠の後半に多く発生するため、アルコールの代謝が進んだ後半の睡眠でREM睡眠が減少することが観察されます。これは、アルコールがREM睡眠を抑制する神経メカニズム(REM-offニューロン)を活性化するためと考えられます。REM-offニューロンはGABA作動性であり、アルコールがこれらのニューロンを活性化することで、REM睡眠が抑制されるのです。

実践的なアドバイス

  1. 就寝前のアルコール摂取を控える
    たとえ少量のアルコール(約2杯)でも、REM睡眠の質が低下する可能性があります。特に、記憶の定着や感情の調節に重要なREM睡眠を保護するためには、就寝前のアルコール摂取を控えることが推奨されます。
  2. 高用量のアルコール摂取は避ける
    高用量のアルコール(約5杯以上)を摂取すると、寝付きは良くなるかもしれませんが、その後の睡眠の質が著しく低下します。特にREM睡眠の減少が顕著であり、翌日の認知機能や情緒に悪影響を及ぼす可能性があります。睡眠の質を重視するのであれば、高用量のアルコール摂取は避けるべきです。
  3. アルコールの摂取タイミング
    アルコールの摂取タイミングも重要です。本論文では、アルコールが就寝前3時間以内に摂取される場合が多いため、タイミングの影響を明確にすることはできませんでした。しかし、アルコールの代謝が進むにつれて睡眠の質が低下することを考えると、就寝の数時間前までにアルコール摂取を終えることが推奨されます。
  4. 個人差の考慮
    アルコールの代謝速度は個人差が大きく、遺伝的要因や環境要因(食事の内容や他の薬物の併用など)によっても影響を受けます。特に、女性は男性に比べてアルコールの代謝が遅く、血中濃度が高くなりやすいため、より注意が必要です。

結論

アルコールは、一時的に睡眠の開始を早める効果があるものの、特にREM睡眠の質を著しく低下させることが明らかになりました。低用量のアルコールでもREM睡眠に影響を与えるため、睡眠の質を重視するのであれば、就寝前のアルコール摂取は控えるべきです。高用量のアルコールは睡眠開始を早めるかもしれませんが、その後の睡眠の質を大きく損なうため、長期的に見れば逆効果です。

就寝直前の飲酒を避け、低用量に留めることが重要と言うことになります。

参考文献

Gardiner, C., Weakley, J., Burke, L. M., Roach, G. D., Sargent, C., Maniar, N., Huynh, M., Miller, D. J., Townshend, A., & Halson, S. L. (2025). The effect of alcohol on subsequent sleep in healthy adults: A systematic review and meta-analysis. Sleep Medicine Reviews, 80, 102030. https://doi.org/10.1016/j.smrv.2024.102030

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