はじめに
原発性アルドステロン症(Primary Aldosteronism, PA)は、副腎からのアルドステロン過剰分泌により発症する二次性高血圧の代表的疾患です。アルドステロンは本来、レニン-アンジオテンシン-アルドステロン系(RAAS)を介してナトリウム・水の再吸収やカリウム排泄を調整しますが、PAではこの調節が破綻し、レニンは抑制されながらもアルドステロンが自律的に分泌されます。その結果、ナトリウム貯留による血圧上昇と体液量増加、さらに心血管・腎への長期的な障害が生じます。
疫学的には、一次診療の高血圧患者の5〜14%、専門医紹介例では最大30%にPAが存在すると推定されます。特に抵抗性高血圧、低カリウム血症、若年発症例、副腎偶発腫瘍を伴う例では有病率が高くなります。
疾患負荷とリスク
PAは本態性高血圧と比較して、心血管イベントリスクが顕著に高いことが示されています。31研究を統合したメタ解析では、脳卒中オッズ比2.58(95%CI 1.93–3.45)、冠動脈疾患1.77(1.10–2.83)、心房細動3.52(2.06–5.99)、心不全2.05(1.11–3.78)と報告されています。また、腎障害リスクも上昇し、蛋白尿オッズ比2.68(1.89–3.79)とされています。これらは血圧レベルが同等でも生じるため、アルドステロン自体の心血管毒性が重要です。
分子レベルでは、アルドステロンがミネラルコルチコイド受容体(MR)を介して血管内皮や心筋に作用し、酸化ストレス亢進、線維化促進、炎症応答の活性化を引き起こします。これらの作用は血圧非依存的に心血管リスクを増大させます。
スクリーニングと診断
ガイドラインでは、高血圧患者すべてへのPAスクリーニングを推奨しています(条件付き推奨、エビデンス中等度以下)。検査は、血漿アルドステロン濃度(PAC)と血漿レニン活性(PRA)または直接レニン濃度(DRC)を測定し、アルドステロン/レニン比(ARR)を算出します。
例として、免疫測定法ではPRA ≤1 ng/mL/hかつPAC ≥10 ng/dL、ARR >20が目安とされます。
重要な実践的ポイントは、カリウム補正と薬剤影響の考慮です。MRA、ENaC阻害薬、利尿薬は4週間、ACE阻害薬やARB、β遮断薬は2週間の休薬が理想ですが、患者安全性に応じた最小限の中止も選択肢です。
確定診断と病型分類
スクリーニング陽性後、片側性か両側性かを判断するためにアルドステロン抑制試験や副腎静脈サンプリング(AVS)を行います。
- 片側性:アルドステロン産生腺腫(APA)など
- 両側性:特発性アルドステロン症(IHA)
AVSは病型診断のゴールドスタンダードですが、35歳未満で典型的生化学像と片側腫瘍がある場合は省略可能としています。
治療戦略
治療方針は病型に基づきます。
- 片側性:腹腔鏡下副腎摘出術が第一選択。術後、血圧正常化は30〜60%、降圧薬減量は多数例で可能です。
- 両側性:ミネラルコルチコイド受容体拮抗薬(MRA)による内科治療。スピロノラクトンは安価で入手しやすく、エプレレノンは副作用が少ない選択肢です。
MRA治療のポイントは、降圧とカリウム正常化に加え、レニン抑制解除を目指した用量調整です。スピロノラクトン50〜100 mg/日で多くの症例が達成します。塩分制限(<5 g/日)が効果増強に不可欠です。
特殊検査と合併症対応
PAと副腎腺腫を伴う場合は1mgデキサメタゾン抑制試験を推奨し、クッシング症候群や軽度自律性コルチゾール分泌(ACS)の評価を行います。ACS併存例では心代謝リスクがさらに高まる可能性があります。
臨床実践への示唆
- 高血圧診療では、低カリウム血症や抵抗性高血圧の有無に関わらずPAを想定することが重要です。
- スクリーニングは簡便で安価な血液検査で可能であり、実施率向上が早期診断・合併症予防に直結します。
- MRAはPA患者だけでなく低レニン高血圧例にも有効であり、ARR高値例では治療反応性が期待できます。
- 外科的治療は選択された症例で“治癒”をもたらし得ますが、適応判断にはAVSが鍵となります。
今後の課題
- ランダム化比較試験が少なく、多くの推奨は観察研究と専門家意見に基づきます。
- AVSや抑制試験の地域格差が診断機会の不均衡を生んでいます。
- 家族性PAの診療アルゴリズムは未成熟であり、遺伝子診断の普及が望まれます。
まとめ
原発性アルドステロン症は頻度が高く、心血管・腎合併症のリスクが顕著な疾患です。最新ガイドラインは、高血圧患者全例へのスクリーニングと病型に応じたPA特異的治療を強調しています。早期発見と適切な介入は、単なる降圧にとどまらず、予後改善に直結する戦略です。臨床現場では、ARR測定の習慣化、適切な薬剤中止下での検査、そして病型診断に基づく治療選択が、明日からでも取り入れられる実践的ステップになります。
参考文献
Adler GK, Stowasser M, Correa RR, Khan N, Kline G, McGowan MJ, Mulatero P, Murad MH, Touyz RM, Vaidya A, Williams TA, Yang J, Young WF, Zennaro MC, Brito JP. Primary Aldosteronism: An Endocrine Society Clinical Practice Guideline. J Clin Endocrinol Metab. 2025;110(9):2453-2495. doi:10.1210/clinem/dgaf284.