左心室乳頭筋の電気的および機械的ダイナミクス

心臓血管

はじめに

心臓の乳頭筋(Papillary Muscles, PM)は、単なる支持構造としての役割を超え、僧帽弁機能の安定性を保つとともに、不整脈の発生源としても注目されています。その重要性は、僧帽弁逆流や心室性不整脈の病態生理を理解する上で欠かせません。ここでは、乳頭筋の解剖学的特徴、生理学的役割、病態メカニズム、臨床応用について解説します。マニアックです。


乳頭筋の解剖学的特徴と多様性

左心室には2つの乳頭筋が存在し、前外側乳頭筋(anterolateral papillary muscle, APM)と後内側乳頭筋(posteromedial papillary muscle, PPM)に分かれます。それぞれの筋は僧帽弁の腱索(chordae tendineae)を介して弁尖と結合し、逆流を防ぐための張力を提供します。

乳頭筋の形態は極めて多様です。APMは通常1本の幹を持つことが多い一方で、PPMは2本以上の幹を持つ場合があります。また、乳頭筋の形状は”指状”(finger-like)または”拘束型”(tethered)に分類されます。この形態的多様性は、胎児期の発生過程に起因し、乳頭筋は8週から10週の間に心室筋層から分離して可動性の高い構造へと変化します。このような多様性は、乳頭筋が患者ごとに固有の特徴を持つことを示しています。

心周期における乳頭筋の役割

乳頭筋は心周期を通じて動的に動き、僧帽弁の適切な機能を支えます。乳頭筋の短縮は収縮期の中盤から始まり、弛緩期の終盤に至るまで続きます。この短縮によって腱索を通じた張力が変化し、僧帽弁の開閉が調整されます。Marzilliらの研究では、乳頭筋が収縮時に約15-20%の短縮を示す一方、弛緩期には最大の長さに戻ることが報告されています。こうした動態は僧帽弁の機械的安定性を維持する上で不可欠です。

さらに、乳頭筋の電気的活性と機械的活動のタイミングのずれが、不整脈の原因となることもあります。たとえば、乳頭筋の電気的活性化は収縮期の初期に発生し、機械的収縮は約20ms遅れて始まります。このタイミングのずれは、心室内の圧力変化と相まって、僧帽弁の動態に影響を与えることが示されています。


不整脈の温床としての乳頭筋

乳頭筋は、心室性不整脈の発生源として注目されています。その原因として、Purkinje線維と乳頭筋の接続部における電気的異常が挙げられます。これにより、“異常自動能”や“誘発活動”が引き起こされ、心室性期外収縮(PVC)や心室頻拍(VT)の原因となります。

Sanfilippoらは、心エコー図を用いて、健常者では収縮期において僧帽弁と僧帽弁輪の両方がLV尖側に変位し、僧帽弁先端と僧帽弁輪の距離は比較的一定であることを示しました。僧帽弁逸脱症では、僧帽弁尖は収縮期において左心房側に変位し、その結果、僧帽弁尖は索状腱膜を介して牽引力を増加させ、(健常者のように一定の距離を維持するのではなく)乳頭筋の収縮期における弁輪側への変位を引き起こします。このように乳頭筋に加わる牽引力が増大する結果、催不整脈が起こる可能性があります。

乳頭筋由来の不整脈は、特定の心電図(ECG)パターンを示すことがあります。たとえば、右脚ブロック(RBBB)パターンや短い内因性偏位(intrinsicoid deflection)が特徴的です。
※ intrinsicoid deflection:心電図の前胸壁誘導の R 波頂点は,心室脱分極がその誘導点直下の心外膜に到達したことを意味する
Bricenoらの研究によれば、V1誘導での内因性偏位が74ms未満である場合、乳頭筋由来の不整脈である可能性が高く、感度79%、特異度87%という診断精度を示します。また、乳頭筋の動きによる機械的ストレスが、不整脈の引き金となることもあります。

僧帽弁逸脱症(MVP)は、乳頭筋関連の不整脈リスクをさらに高める要因です。MVP患者では、乳頭筋への牽引が異常を引き起こし、電気的不安定性を誘発します。心筋MRIを使用した研究では、乳頭筋の線維化が不整脈の発生と関連していることが確認されています。この線維化は、僧帽弁逸脱症の進行に伴い増加し、不整脈リスクの指標として重要視されています。


僧帽弁逆流(MR)と乳頭筋の関係

僧帽弁逆流症は、乳頭筋の異常や非同期性に起因することがあります。心筋虚血や乳頭筋機能不全は、腱索を介して僧帽弁の適切な閉鎖を妨げ、逆流を引き起こします。

特に、左脚ブロック(LBBB)がMRの発症に関連しており、乳頭筋の非同期性を通じて弁の動態を乱します。Kanzakiらの研究では、心臓再同期療法(CRT)が乳頭筋の同期性を改善し、MRの重症度を即時的に軽減することが示されました。正常な乳頭筋の同期遅延が12 ± 8 msであるのに対し、LBBB患者では遅延が106 ± 74 msに増加しますが、CRTにより35 ± 31 msに短縮されました。この改善が僧帽弁の機能回復に寄与しています。


線維化と電気的不安定性

乳頭筋の線維化は、不整脈リスクを高める重要な因子です。線維芽細胞と心筋細胞の相互作用は、心臓の電気的活動に大きな影響を与えます。Gaoらの研究では、線維芽細胞が機械的ストレス下で膜電位を変化させることで、隣接する心筋細胞に電気的異常を引き起こすことが示されています。このような機序は、高血圧や心不全の動物モデルで観察され、乳頭筋線維化が心疾患初期における不整脈感受性を増加させることを示唆しています。

さらに、乳頭筋の線維化は心筋MRIで明確に検出され、催不整脈の指標として臨床的価値があります。このような分子生物学的知見は、個別化医療や予防的介入における新たなアプローチを開発する上での基盤となります。


臨床応用と実践的示唆

  • 診断技術の向上:12誘導ECGを用いて乳頭筋起源の不整脈を早期に特定することが、リスク管理において重要です。
  • 画像診断の役割:心筋MRIやエコー検査を組み合わせることで、乳頭筋の形態異常や線維化を詳細に評価し、不整脈やMRのリスクを精査します。
  • 生活習慣の見直し:MVP患者や乳頭筋線維化が懸念される患者には、定期的な心臓検査や生活習慣の改善が推奨されます。
  • 再同期療法の可能性:LBBB患者では、CRTが僧帽弁機能を改善し、心不全リスクを低減する可能性があります。

結論

乳頭筋は心臓の電気的および機械的機能において重要な役割を果たし、不整脈や僧帽弁逆流の発症メカニズムに深く関与しています。これらの知見を活用することで、診断や治療の精度向上が期待されます。そして、乳頭筋の詳細なメカニズムなどさらなる研究が望まれます。


参考文献

Eötvös, C. A., Avram, T., Lazar, R. D., Zehan, I. G., Moldovan, M. P., Schiop-Tentea, P., … & Blendea, D. (2025). Papillary Muscles of the Left Ventricle: Integrating Electrical and Mechanical Dynamics. Journal of Cardiovascular Development and Disease, 12(1), 14. https://doi.org/10.3390/jcdd12010014

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