僧帽輪離開 (Mitral Annular Disjunction) の臨床的意義

心拍/不整脈

僧帽輪離開(Mitral Annular Disjunction, MAD)は、心臓構造異常の1つであり、僧帽弁後尖を支持する僧帽輪と左心室自由壁上部の間の異常な離開として特徴づけられます。この異常は、収縮期に明確に現れ、不整脈性僧帽弁逸脱(arrhythmogenic mitral valve prolapse, MVP)との強い関連が知られています。また、心室性不整脈(ventricular arrhythmias, VA)や突然心臓死(sudden cardiac death, SCD)のリスク因子としても認識されています。本稿では、MADの診断手法、臨床的意義、手術的考慮点について解説します。

僧帽輪離開(Mitral Annular Disjunction, MAD)とは

MADの定義と病態生理

MADは、左心室心筋と僧帽弁輪の間に生じる異常な分離で、特に後尖(P1、P2セグメント)で多く見られます。収縮期に僧帽弁輪が左心室から「離れる」ことで発生し、これにより僧帽弁の機能が障害されます。MADは1980年代にHutchinsらによって初めて報告されましたが、当時は臨床的意義が低いとされていました。しかし、2005年にErikssonらがMADを認識し、手術技術を修正することで長期の良好な結果が得られることを報告して以来、その重要性が再認識されています。

MADと僧帽弁逸脱(MVP)の関連

MADはMVP患者の約32.6%に認められ、特にバーロー病(Barlow’s disease)の患者では50.8%と高い頻度で見られます。MADがあると、若年で重度の僧帽弁逆流(MR)が発生しやすいことが報告されています。例えば、Mantegazzaらの研究では、MVP患者979例中、バーロー病患者の21.8%、線維弾性欠乏症患者の5.8%にMADが認められました(P < 0.001)。
若年発症で、MADを伴う場合、重度の僧帽弁逆流症(MR)が早期に発症しやすいことが示されています。

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MADの原因

1. 先天的要因

  • 結合組織疾患
    マルファン症候群やエーラス・ダンロス症候群などの遺伝性結合組織疾患では、心臓の結合組織が脆弱になるため、僧帽弁輪の支持構造に異常が生じやすくなります。これが僧帽輪の正常な位置関係を乱し、離開を引き起こす可能性があります。
  • 発生異常
    胎生期における心臓の構造形成異常が、僧帽弁輪の支持組織の未発達や分離につながることがあります。

2. 加齢や変性による要因

  • 線維弾性組織の変性(Myxomatous Degeneration)
    僧帽弁逸脱症(Mitral Valve Prolapse, MVP)に関連するような線維弾性組織の変性は、僧帽弁およびその周囲の支持構造を弱体化させ、僧帽弁輪と筋層の間の分離を引き起こします。これにより、僧帽弁逸脱とMADが併存することが一般的です。

3. 左室リモデリングと心負荷

  • 慢性心負荷
    高血圧や大動脈弁狭窄症など、左室に長期間負荷がかかる状態では、左室の拡張とともに僧帽弁輪に牽引力がかかり、結果として弁輪と筋層の間の分離が進行する可能性があります。
  • 心筋リモデリング
    心筋梗塞後や心筋症(拡張型心筋症など)では、心筋組織のリモデリングが生じ、僧帽弁輪周囲の支持構造の異常が発展する可能性があります。

4. 機械的ストレス

僧帽弁は収縮期と拡張期を通じて、左室の収縮運動により引っ張られる部位です。この機械的ストレスが僧帽弁輪と筋層間に繰り返しかかることで、徐々に僧帽輪離開が生じることがあります。


5. 遺伝的要因

僧帽弁逸脱症やMADは、家族性に見られることがあり、特定の遺伝的変異(例:FBN1遺伝子の変異)が関与している可能性があります。このような遺伝的要因は結合組織の異常を引き起こし、僧帽輪離開の発症リスクを高めます。


MADの診断と発見

1. 診断技術の進化

MADは、画像診断技術の進歩により診断精度が飛躍的に向上しました。

  • 経胸壁心エコー(TTE): 長軸断面で僧帽弁後尖の左心房壁への付着部と左心室心筋との接合点までの距離を測定します。例えば、上記のように、MVP患者979名の大規模研究では、Barlow型僧帽弁疾患患者の21.8%にMADが認められました。
  • 経食道心エコー(TEE): 食道を介した詳細な観察により、MADの重症度や離開距離を評価します。離開距離が5mm以上の場合、重症例とされます。
  • 心臓MRI(CMR): 解剖学的詳細と心筋線維化の評価に優れています。Deigaardらの研究では、116例のMAD患者のうち、後尖に沿って30°から240°(中央値150°)の範囲でMADが認められました。また、心筋の線維化は特に乳頭筋周辺に集中していることが示されています。
  • 心臓CT(CCT): 僧帽弁逸脱に関連する離開の評価を補完する役割を果たします。90例の研究では、MAD患者の20%に最大離開距離が4.8mmを超えるケースが見られました。

2. Pickelhaube Sign の重要性

MAD患者では、組織ドプライメージングで側方僧帽弁輪に鋭いスパイク状の高速度信号(Pickelhaubeサイン)が見られます。このサインは、悪性MVP症候群のリスクマーカーとして提案されています。例えば、Mutulukumarらの研究では、Pickelhaubeサインが二尖弁逸脱患者の大多数で認められ、不整脈リスクの評価に有用であることが示されています。
この信号は、側方僧帽輪における過剰な牽引によって生じると考えられています。


MADの臨床的意義

心室性不整脈と突然死

MADは、心室性不整脈(VA)の発生と強く関連しており、心筋線維化がその基盤を形成しています。

  • 心筋線維化: MRIで観察される心筋線維化(遅延造影(LGE))は、乳頭筋および僧帽弁装置周辺に集中し、VA発生のリスクを高めます(オッズ比: 7.35, 95%信頼区間: 1.15 – 47.02)。
  • 長期リスク: MADとMVPを有する患者の突然死リスクは、一般集団に比べて顕著に高く、心室性頻拍(NSVT)のオッズ比はMADの解離距離が8.5mmを超えると10倍に達します(オッズ比: 10, 95%信頼区間: 1.28 – 78.1)。

小児におけるMAD

小児のMVP患者でもMADが高頻度(50%)に見られ、Pickelhaubeサインと心室性不整脈の関連が指摘されています。例えば、Vaksmannらの研究では、小児MVP患者においてPickelhaubeサインと24時間ホルターモニタリングでの有意な心室性不整脈が関連していることが報告されています。


分子生物学的背景

1. 機械的応力と心筋線維化

MADによる異常な力学的負荷は、心筋線維芽細胞を刺激し、コラーゲン合成を促進します。特に、トランスフォーミング増殖因子-β(TGF-β)の活性化は線維化を促進し、心筋リモデリングを引き起こします。

2. 電気生理学的異常

Purkinje線維の異常活動は、不整脈の重要な誘因です。心筋線維化による伝導路の断裂がリエントリー回路を形成し、PVC(心室期外収縮)や心室細動(VF)を引き起こします。


外科的アプローチと実践的応用

1. 外科的修復術

MADを伴うMVP患者では、僧帽弁形成術(MV repair)が推奨されます。手術では、僧帽弁輪を左心室心筋に固定し、MADを解消することが重要です。これにより、不整脈の負担が軽減されます。

Essayaghらの研究では、MADを伴うMVP患者183例中、63例がMADを有し、手術後93%でMADが解消されました。また、手術後にはPickelhaubeサインの解消も観察されています。

このように、僧帽弁手術後に不整脈の発生率が低下しますが、MADの持続や再発が心筋線維化や不整脈を引き起こす可能性があります。例えば、Essayaghらの研究では、手術後もMADが持続する場合、不整脈リスクが残存することが示されています。

2. 患者への実践的提案

以下の実践的アプローチを推奨します:

  • 画像検査の徹底: MADの早期発見のため、TTEおよびTEEを積極的に活用。
  • 多職種連携: 心臓外科医、不整脈専門医、画像診断専門医が協力し、個別化治療を実施。
  • 患者教育: MVP患者に対し、心室性不整脈リスクについて説明し、症状発生時には早期受診を促す。

将来の研究課題

MADは、MVPや心室性不整脈との関連が強く、その診断と治療には多角的なアプローチが必要です。特に、CMRを用いた詳細な評価や、手術におけるMADの解消が重要です。今後の研究により、MADの分子生物学的メカニズムがさらに解明されることが期待されます。


結論

僧帽輪離開(MAD)は、MVPおよび心室性不整脈の発生に大きく寄与する心臓構造異常であり、その診断と治療が患者予後の改善に不可欠です。分子生物学的知見を活用した新しい治療戦略の開発と、早期発見および適切な治療計画が求められます。MADに関するさらなる研究は、心血管疾患の理解を深化させ、臨床実践を向上させるでしょう。


参考文献

Zhu, L., & Chua, Y. L. (2023). Mitral Annular Disjunction: Clinical Implications and Surgical Considerations. Cardiol Res, 14(6), 421-428. doi:10.14740/cr1584

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