はじめに
心電図(ECG)は、心臓の電気的活動を非侵襲的に評価する最も基本的なツールの一つである。その中でも完全右脚ブロック(CRBBB, Complete Right Bundle Branch Block)は比較的頻繁に認められる所見であり、高齢者では構造的心疾患との関連が指摘されている。しかし、若年者におけるCRBBBの臨床的意義は未だ明確に定義されていない。
本論文は、2007年から2018年にかけて実施されたイギリスの全国心臓スクリーニングプログラムを基に、14~35歳の若年者104,369人(平均年齢 20.2 ± 6.2 歳)のデータを解析し、CRBBBの有病率およびその臨床的意義を評価した前向きコホート研究である。追跡期間は平均 7.3 ± 2.7 年である。
特に、CRBBBが孤立性(Isolated)か非孤立性(Non-isolated)かによって、心疾患リスクにどのような違いがあるかが検討されている。
CRBBBの有病率と疫学的特徴
若年者におけるCRBBBの発生率
本研究によると、CRBBBは0.1%の若年者に認められた(154人/104,369人)。これは一般集団におけるCRBBBの報告と同程度であり、比較的まれな所見であることが確認された。
性別・アスリートとの関連性
- 男性におけるCRBBBの頻度は0.22%、女性では0.06%(p<0.05)。
- アスリートでは0.26%、非アスリートでは0.14%(p<0.05)。
この結果から、CRBBBは男性およびアスリートに多いことが示唆される。アスリートに多い理由としては、心臓の適応的リモデリング(スポーツ心)の一環として、右室の負荷が増加し、伝導系に影響を与える可能性が考えられる。
孤立性CRBBB(Isolated CRBBB)と非孤立性CRBBB(Non-isolated CRBBB)
CRBBBは以下の2群に分類された。
孤立性CRBBB(Isolated CRBBB)
- 他の心疾患を示唆する症状・家族歴・心電図異常を伴わないCRBBB。
- 全CRBBB症例の74%(110人)が該当
非孤立性CRBBB(Non-isolated CRBBB)
以下のいずれかを伴うCRBBB:
- 症状あり
- 動悸、失神、息切れ、胸痛などの心血管系症状を認める。
- 家族歴あり
- 突然死、ブルガダ症候群、進行性心伝導障害(PCCD)、拡張型心筋症などの家族歴がある。
- 異常心電図所見あり(RBBB以外の心電図以上所見がある)
- 2017年のアスリートの心電図解釈に関する国際基準で異常とされる以下の所見のいずれかを伴う:
- 伝導障害
- 1度房室ブロック(PR間隔 >200ms)
- 左軸偏位(-30°~-90°)
- 右軸偏位(+120°~+180°)
- 極端な軸偏位(-90°~+180°)
- 左房肥大、右房肥大
- T波異常
- 前壁誘導(V3–V4)、側壁誘導(I, aVL, V5, V6)、下壁誘導(II, aVF)などに異常T波陰転化
- ST異常
- ST低下
- 病的Q波
- 完全左脚ブロック
- ブルガダ型心電図(Type 1~3)
- QT間隔延長
- 心房性・心室性不整脈
- 心房細動(AF)
- 心室頻拍(VT)
- Epsilon波
- 不整脈原性右室心筋症(ARVC)の可能性を示唆
- 著しい徐脈(心拍数 <30bpm)
- 2度房室ブロック(Mobitz I・II)または完全房室ブロック
- 心室早期興奮症候群(WPW症候群など)
- 伝導障害
- 2017年のアスリートの心電図解釈に関する国際基準で異常とされる以下の所見のいずれかを伴う:
・全CRBBB症例の26%(39人)が該当
孤立性CRBBBと非孤立性CRBBBの臨床的リスク
・この分類により、非孤立性CRBBB群では有意に心疾患のリスクが高いことが明らかとなった。
・非孤立性CRBBBでは心疾患リスクが高く、追加の精査(心エコーやホルター心電図など)が推奨される。
CRBBBに関連する心疾患とそのリスク
CRBBB関連心疾患の発生率
- 孤立性CRBBBでは3%(3/110人)が心疾患を有していた
- 非孤立性CRBBBでは15%(6/39人)が心疾患を有していた(p<0.001)
非孤立性CRBBB群では、心疾患の発生率が5倍高い。
特に認められた疾患
- 心房中隔欠損症(ASD) 4人(2.6%)
- ブルガダ症候群(BrS) 1人(0.7%)
- 進行性心伝導障害(PCCD) 1人(0.7%)
- 心房細動(AF) 1人(0.7%)
QRS時間(QRS幅)の影響
- QRS≧130msの群では心疾患リスクが8%(5/60人)、QRS<130msの群では2%(2/89人)
- QRS時間が長いほど心疾患リスクが上昇
このデータは、単なるCRBBBの存在だけでなく、QRS時間の長さもリスク評価に重要であることを示唆する。
臨床的対応と今後の指針
CRBBBが見つかったらどうすべきか?
- 症状や家族歴がない「孤立性CRBBB」の場合
- 一般的には経過観察で問題ない。
- ただし、定期的なECGチェックは推奨される。
- 「非孤立性CRBBB」または異常心電図を伴うCRBBBの場合
- 心エコーやホルター心電図などの追加検査を考慮。
- 不整脈が疑われる場合は電気生理学的検査(EPS)を検討。
- QRS≧130msの症例では注意が必要。
若年者の健康管理への応用
この研究から得られる知見は、以下のように日常の健康管理に応用できる。
- 運動中の動悸や失神は軽視せず、心電図検査を受ける。
- 家族に突然死やブルガダ症候群の既往がある場合は積極的な心臓スクリーニングを行う。
- 定期的な心電図検査を受け、変化がないかチェックする。
結論
本研究は、若年者におけるCRBBBの有病率が0.1%であることを明らかにし、特に非孤立性CRBBBでは心疾患リスクが高いことを示した。心電図検査はシンプルなスクリーニングツールであるが、特定のサブグループにおいては追加の評価が必要である。
参考文献
MacLachlan H, Miles C, Papadakis M, et al. “Prevalence and significance of right bundle branch block in young individuals; the experience of a nationwide cardiac screening programme.” Heart, 2023;109(Suppl 3):A223. DOI: 10.1136/heartjnl-2023-BCS.192.