はじめに
勃起不全(erectile dysfunction, ED)は、加齢や生活習慣病、ストレスなど多様な要因によって引き起こされる疾患であり、男性のQOL(Quality of Life)を大きく左右する。現在、PDE5阻害薬(シルデナフィル、タダラフィルなど)がED治療の主流であるが、服用後の効果発現までの時間や、全身性の副作用が課題となっている。このような背景のもと、新たな治療選択肢として登場したのがEroxon®である。
Eroxon®は、塗布後10分以内に勃起を促進することが可能なジェルタイプの製品であり、欧州および英国ではクラス2医療機器として承認され、医師の処方箋なしで利用可能である(日本では入手できません。個人輸入なら可能だと思います)。今回の解説では、Eroxon®の臨床試験データをもとに、その有効性、作用メカニズム、臨床的意義について解説する。
臨床試験の概要
Eroxon®の有効性は、2つの第3相臨床試験(FM 57およびFM 71)により評価された。
FM 57試験
- 対象者:9カ国で実施された250名のED患者(軽度、中等度、重度)
- 評価指標:下記により、EDの改善度を測定
- 国際勃起機能指数(International Index of Erectile Function – Erectile Function, IIEF-EF)
- 性的経験プロファイル(Sexual Encounter Profile, SEP)の質問2および3
- 主要結果:
- 63%の患者が最小臨床的有意差(Minimal Clinically Important Difference, MCID)を達成
- 60%の使用例において、塗布後10分以内に勃起を達成
- PDE5阻害薬よりも速い作用発現を示す
- 軽度、中等度、重度EDのそれぞれでMCID達成率は61%、59%、80%
- 副作用は最小限で、頭痛が3%、局所的な灼熱感が1%の患者に報告された。
FM 71試験
- 対象者:欧州3カ国および米国で96名のED患者(半数はEroxon群、半数は既存のPDE5阻害薬群)
- 主要結果:
- 24週時点で、Eroxon®群の61%がMCIDを達成
- 軽度、中等度、重度EDのそれぞれでの達成率は55%、51%、87%
- 副作用は極めて軽度で、主に頭痛(4%)、嘔気(4%)および軽度の局所刺激(2%)
- PDE5阻害剤との比較では、具体的データは未公表の模様。Eroxon®の有効性は同等またはそれ以上であることが推測されます。
- 特に、即効性に関しては、Eroxon®は10分以内に効果を発揮するのに対し、PDE5阻害剤は通常30〜60分要する。この点で、Eroxon®はPDE5阻害剤よりも優れていると言える。
作用メカニズム概要
Eroxon®の作用機序は、従来のPDE5阻害剤とは異なる点が特徴的である。PDE5阻害剤は、cGMPの分解を抑制することで血管拡張を促進し、勃起を促進する。
一方、Eroxon®は、局所的な温度変化を利用して陰茎海綿体の血流を増加させることで勃起を促進する。Eroxon®の勃起促進作用は、局所的な冷却効果と血管拡張のリバウンド現象を利用した新規のメカニズムに基づいている。
冷却刺激による神経系の活性化
Eroxon®の成分が陰茎に塗布されると、皮膚の冷却受容体(TRPM8)が活性化される。TRPM8は、メントールや低温刺激によって活性化されるイオンチャネルであり、局所的な温度変化に応答して細胞内(主に皮膚の感覚神経細胞)カルシウム濃度を調節する。このシグナルから陰部神経を介して脳の勃起中枢に信号を送る。この神経反射により、副交感神経の活性が高まり、陰茎動脈の血流が増加する。
リバウンド血管拡張と一酸化窒素(NO)放出
冷却刺激によって一時的に血管が収縮した後、反射的な血管拡張が生じる。この現象は、「ホット&コールド効果」とも呼ばれ、血管内皮細胞から一酸化窒素(NO)が放出されることで、平滑筋の弛緩と血管拡張が促進される。
このプロセスはPDE5阻害薬とは異なり、cGMPの分解を抑制するのではなく、NOの生成自体を促進する。これにより、陰茎動脈の血流が急激に増加し、勃起が発生する。
作用メカニズムの詳細
TRPチャネルの役割と関与する過程
TRP(Transient Receptor Potential)チャネルは、温度変化に応答するイオンチャネルの一種であり、細胞内のカルシウム(Ca²⁺)濃度を調節することで、血管平滑筋の弛緩を促進し、血流を増加させるという重要な役割を担っている。
Eroxon®の作用メカニズムでは、TRPM8(TRP Melastatin 8)が鍵となる。これは、低温(約26℃以下)やメントールの刺激によって活性化されるチャネルであり、Eroxonの塗布による冷却刺激がこの機構を引き起こす。
このメカニズムが勃起に関与する過程は以下の通り。
- 冷却刺激によるTRPM8の活性化
- Eroxon®を陰茎に塗布すると、局所的な冷却が起こり、皮膚のTRPM8が活性化される。
- TRPM8の活性化により、細胞内のカルシウム(Ca²⁺)濃度が上昇し、感覚神経を介したシグナル伝達が始まる。
- 感覚神経の興奮と中枢への信号伝達
- TRPM8が刺激されると、陰部神経(pudendal nerve)を介して脊髄の勃起中枢(仙髄S2~S4)へ信号が送られる。
- これにより、副交感神経が活性化され、陰茎動脈の血管内皮細胞に一酸化窒素(NO)が放出されるよう指令が出される。
- 一酸化窒素(NO)の放出と血管平滑筋の弛緩
- NOが血管内皮細胞から放出されると、陰茎動脈の平滑筋細胞にあるグアニル酸シクラーゼ(GC)を活性化する。
- これにより、サイクリックGMP(cGMP)の増加が引き起こされ、血管平滑筋が弛緩し、陰茎への血流が増加する。
- 血流増加による勃起の発生
- 平滑筋の弛緩により、陰茎動脈の血管拡張が促され、陰茎海綿体へ血液が充満。
- 海綿体内の静脈が圧迫され、静脈血の流出が抑制されることで、勃起が維持される。
TRPM8の活性化が起こる細胞
TRPM8は、主に以下の細胞で発現が確認されている。
- 皮膚の感覚神経細胞(冷却刺激を受容)
- 皮膚に分布する感覚神経終末にTRPM8が存在し、Eroxonの冷却刺激を感知する。
- これにより、神経興奮が発生し、勃起中枢に信号を送る役割を担う。
- 血管内皮細胞(血管拡張を促進)
- 一部の研究では、TRPM8が血管内皮細胞にも発現していることが示唆されている。
- TRPM8が直接血管拡張を促す可能性もあり、これがNOの放出を促進し、勃起機能を改善するという仮説も提唱されている。
- 陰茎の海綿体平滑筋細胞(血管の収縮・拡張を調整)
- 上記1,2のようにTRPM8が活性化すると、平滑筋細胞の弛緩につながる。
- 海綿体の平滑筋細胞自体にはTRPM8の直接的な関与はなさそう。
TRPM8が直接血管平滑筋細胞に作用してCa²⁺の流入を減少させるという証拠は現時点では不十分で仮説に過ぎない。むしろ、TRPM8の活性化が感覚神経や血管内皮細胞を介して副交感神経を活性化し、NOの放出を増やすことで、間接的にCa²⁺の濃度を低下させるというメカニズムが主流のようである。
リバウンド血管拡張「ホット&コールド効果」
リバウンド血管拡張(Rebound Vasodilation)とは、一時的な血管収縮の後に起こる反射的な血管拡張の現象を指す。特に、急激な冷却刺激を受けた血管が、その後の温度回復とともに強く拡張することが知られている。これは、ホット&コールド効果(Cold-induced Vasodilation, CIVD)とも呼ばれ、寒冷環境や冷却療法において観察される生理的反応である。
Eroxonの作用メカニズムにおいて、このリバウンド血管拡張が重要な役割を果たしている可能性がある。
1. 冷却による血管収縮
Eroxonの塗布により、陰茎の皮膚や血管に急激な冷却刺激が加わる。
この冷却によって、以下のような変化が生じる。
(1) 交感神経の刺激による血管収縮
- 低温刺激は交感神経を活性化し、血管平滑筋に作用するノルアドレナリン(NA)を放出する。
- ノルアドレナリンはα1アドレナリン受容体を刺激し、Ca²⁺濃度を上昇させることで血管平滑筋が収縮し、血流が減少する。
- これにより、一時的に陰茎の血流が抑制される。
(2) 一時的な酸素供給低下(組織低酸素状態)
- 血管が収縮すると、陰茎の局所的な血流量が低下し、組織の酸素供給が減少する。
- この低酸素状態は、代謝的血管拡張因子(NOなど)の放出を促すトリガーとなる。
2. リバウンド血管拡張(ホット&コールド効果)
冷却による血管収縮の後、局所の血管は急激な拡張を起こす。
(1) 交感神経のリバウンド抑制
- 冷却による血管収縮が長時間続くと、交感神経の働きが一時的に抑制され、α1受容体の影響が弱まる。
- これにより、血管平滑筋の緊張が低下し、血流が回復しやすくなる。
(2) NOの放出増加
- 低酸素状態(Hypoxia)が続くと、血管内皮細胞は酸素不足に対する応答として、一酸化窒素(NO)を放出する。
- NOは血管平滑筋に作用し、グアニル酸シクラーゼ(sGC)を活性化してcGMPを増加させ、Ca²⁺濃度を低下さる。
- その結果、血管平滑筋が弛緩し、陰茎動脈および海綿体の血管が拡張する。
(3) 血流の急速な増加
- NO放出による血管拡張が起こると、収縮していた血管が急激に開き、局所の血流が増加する。
- この過程で、陰茎海綿体へより多くの血液が流入し、勃起が発生・維持される。
このメカニズムにより、Eroxonは迅速な勃起が可能となり、PDE5阻害薬とは異なる新しいED治療の選択肢として期待されている。
研究の限界
この臨床試験における限界(limitation)について、以下の点が考えられる。
・サンプルサイズの限界:
- 第1相試験(FM 57)では250人、第2相試験(FM 71)では96人と、サンプルサイズが比較的小さく、特に第2相試験ではより大規模なデータが必要とされる可能性がある。
・試験期間の限界:
- 第1相試験は12週間、第2相試験は24週間と、比較的短期間のデータしか得られていないため、長期的な使用における有効性や安全性についてはさらなる調査が必要である。
・プラセボ対照群の欠如:
- 第1相試験ではプラセボ対照群がなく、Eroxon®の効果を客観的に評価するための比較が不十分である可能性がある。
・地理的・人口的多様性の限界:
- 試験は主に欧米の国々で実施されており、他の地域や人種・民族的多様性を考慮したデータが不足している可能性がある。
・重度ED患者の割合:
- 試験には軽度から重度のED患者が含まれているが、特に重度ED患者の割合が少ない場合、そのグループに対する有効性の評価が不十分になる可能性がある。
・主観的評価の限界:
- IIEF-EFやSEP質問は患者の自己報告に基づいており、客観的な測定ではないため、バイアスがかかる可能性がある。
・比較対象の限界:
- 第2相試験では米国の処方薬との比較が行われているが、比較対象の薬剤が特定されておらず、詳細な比較が難しい点がある。
・副作用の報告の限界:
- 副作用の報告率が低いものの、長期的な使用や大規模な集団での副作用の発生率については不明。
・女性パートナーのデータ不足:
- 副作用として女性パートナーの局所的な灼熱感が報告されていますが、女性側のデータが十分に収集されていない可能性がある。
・リアルワールドデータの欠如:
- 臨床試験は厳密に管理された環境下で実施されるため、実際の使用環境(リアルワールド)での有効性や安全性についてはさらなる調査が必要。
これらの限界を考慮すると、Eroxon®の有効性と安全性をより包括的に評価するためには、さらなる大規模かつ長期的な研究が必要である。
そもそも、Eroxon®に関する査読付き論文がpubmedで見当たらない。
結論
Eroxon®は、ED治療において画期的な選択肢となる可能性を秘めている。PDE5阻害薬と異なる作用機序を持ち、迅速な効果発現と高い安全性を両立しており、特にPDE5阻害薬で副作用が出る患者や、即効性を求める患者にとって有望な選択肢となり得る。
日本での入手方法はありません(自己責任での個人輸入となら可能だと思います)。
参考文献
https://eroxon.com/app/uploads/2023/04/eroxon-clinical-data-download-v05.pdf
Eroxon Clinical Trial Data, Version 05. European and UK Regulatory Approval Documentation. (2023).
追記:Eroxon®の成分
Eroxon®の成分に関しては、上記文書や同製品のHPには記載がないようです。インターネットより検索した限り、概ね以下の通りのようです。
- エタノール(Ethanol):揮発性の高い溶媒で、塗布後の蒸発により冷却効果をもたらします。
- プロピレングリコール(Propylene Glycol):保湿剤として働き、ジェルの適切な粘度を維持します。
- グリセリン(Glycerine):保湿効果があり、皮膚への浸透性を高めます。
- カルボマー(Carbomer):ジェルの増粘剤として使用され、適切なテクスチャーを提供します。
- 水(Aqua):溶媒として、他の成分を溶解・分散させます。
- 水酸化カリウム(Potassium Hydroxide):pH調整剤として、製品の安定性を保ちます。
これらの成分は、医薬品や化粧品で広く使用されており、安全性が高いとされています。これらの成分で、塗布後に急速な冷却感を生じさせ効果を発揮させるようです。大した成分は含まれていない印象です。