「バター」と「植物油」の明暗;22万人超・33年追跡調査が示す食用油の選択と生存率の関係

食事 栄養

はじめに

私たちの食生活には、バターやオリーブオイル、サラダ油といった油脂が必ずと言っていいほど関わっています。
しかし、それらが私たちの健康に及ぼす長期的な影響を、明確な科学的根拠に基づいて理解している人は、決して多くないかもしれません。

特に「バターは本当に体に悪いのか?」「植物油は健康に良いのか?」という疑問については、過去の研究でも結論が分かれており、一般の方はもちろん、医療従事者にとっても判断が難しい領域でした。

この度、JAMA Internal Medicineに掲載されたZhangらの研究は、米国の3大コホート(NHS、NHSII、HPFS)を対象とした22万人超・最大33年にわたる追跡データを解析することで、この重要なテーマに1つの答えを示しました。

長期の食事調査と詳細な死亡原因データをもとに、「バター」と「植物油」の摂取が、総死亡リスク、がん死亡リスク、心血管疾患(CVD)死亡リスクにどのように関係するのかを解き明かしています。

研究デザインと対象者

この研究では、以下3つのコホートのデータを使用しています。

  • Nurses’ Health Study(NHS)
  • Nurses’ Health Study II(NHSII)
  • Health Professionals Follow-up Study(HPFS)

対象者は、いずれのコホートもがん・心血管疾患・糖尿病・神経変性疾患の既往がない成人であり、合計221,054名が最終解析対象となりました。全体の男女割合は、女性:約85%、男性:約15%。

対象コホートごとに、ベースライン時の平均年齢は以下の通りです。

・Nurses’ Health Study(NHS):56.1歳(標準偏差7.1歳)
・Nurses’ Health Study II(NHSII):36.1歳(標準偏差4.7歳)
・Health Professionals Follow-up Study(HPFS):56.3歳(標準偏差9.3歳)

バター摂取と死亡リスク

バター摂取量が最も多いグループは、最も少ないグループに比べ、総死亡リスクが15%増加していました(HR 1.15, 95% CI 1.08-1.22, P<0.001)。
特に注目すべきはがん死亡リスクです。バター10g/日の増加でがん死亡リスクが12%増加するというデータが得られています(HR 1.12, 95% CI 1.04-1.20, P<0.001)。

興味深い点として、バターでも「調理用バター」ではなく、「食卓で直接使うバター」がリスク増加に強く関連していました。

調理用バター(Butter from baking and frying) とは、調理工程で使用されるバターを指します。 具体的には、自宅での焼き菓子作り(baking)や炒め物・揚げ物(frying)で加熱調理に使われるバターが対象です。
食卓で直接使うバター(Butter added to food or bread) は、加熱調理せずに直接パンに塗ったり、料理の仕上げにのせたりするバターです。 トーストに塗る、温野菜やじゃがいもにのせる 、コーンやステーキに仕上げとして加える、など食卓で直接使う場面のバターを指します。

これは、単なるバター摂取量だけではなく、食事パターンや加工食品との併用が背景にある可能性を示唆します。

植物油摂取と死亡リスク

一方で、植物油は逆の結果を示しました。
植物油摂取量が最も多いグループは、最も少ないグループに比べ、総死亡リスクが16%低下していました(HR 0.84, 95% CI 0.79-0.90, P<0.001)。

さらに、植物油10g/日増加ごとに、

  • がん死亡リスクは11%低下(HR 0.89, 95% CI 0.85-0.94, P<0.001)
  • CVD死亡リスクは6%低下(HR 0.94, 95% CI 0.89-0.99, P=0.03)

特に、オリーブ油、キャノーラ油、大豆油は個別に見てもリスク低下が有意でした。

  • オリーブ油5g/日増加:総死亡リスク8%低下(HR 0.92, 95% CI 0.91-0.94)
  • キャノーラ油5g/日増加:総死亡リスク15%低下(HR 0.85, 95% CI 0.78-0.92)
  • 大豆油5g/日増加:総死亡リスク6%低下(HR 0.94, 95% CI 0.91-0.96)

一方、コーン油・サフラワー油については明確な死亡リスク低減効果は認められませんでした。

分子生物学的背景と考察

植物油に豊富に含まれる不飽和脂肪酸には、炎症抑制作用や抗酸化作用があります。
特にオレイン酸(オリーブ油)やリノール酸(大豆油)には、核内受容体PPARの活性化を通じて、脂質代謝改善や炎症性サイトカイン産生抑制が示されています。

一方、バターに多く含まれる飽和脂肪酸は、TLR4経路(Toll – like receptor)を活性化し、慢性炎症やインスリン抵抗性を促進することが知られています。
このように、脂肪酸組成が直接分子レベルでの炎症応答や発がんリスクを左右する可能性が高いことが、今回の疫学的知見と整合します。

キャノーラ油に関する補足

キャノーラ油とは

オリーブオイルは多くの研究で概ね一貫して健康に対しポジティブに働く結果です。一方でキャノーラ油は議論があるところです。
キャノーラ油(Canola oil)は、アブラナ科(Brassicaceae)の植物から得られる植物油です。
具体的には、ナタネ(rapeseed)を品種改良して誕生した「カナダ産低エルカ酸品種(CANadian Oil, Low Acid)」がキャノーラ油です。


一価不飽和脂肪酸が多く、オリーブオイルに近い組成ですが、オリーブオイルよりもn-3系脂肪酸(α-リノレン酸)が豊富という特徴があります。 反面、n-6系脂肪酸のリノール酸も一定量含まれ、これが炎症リスクに影響する可能性もあります。

キャノーラ油の健康への影響のこれまでの研究

心血管疾患(CVD)予防効果

キャノーラ油の摂取によって、LDLコレステロールが低下し、心血管リスクを下げる効果が報告されています。
その背景には、飽和脂肪酸を一価・多価不飽和脂肪酸に置き換えることによる脂質プロファイルの改善があります。

特にオメガ3系脂肪酸(α-リノレン酸)は、抗炎症作用や血管内皮機能改善作用を持ち、エイコサノイド合成にも関与するため、
キャノーラ油は「日常的に摂取しやすい植物油の中では、心血管保護作用が高い」という位置づけです。

炎症とがんリスク

一方で、キャノーラ油にはn-6系脂肪酸(リノール酸)も含まれています
n-6系脂肪酸はアラキドン酸カスケードに組み込まれ、プロスタグランジンE2(PGE2)など炎症性メディエーターの前駆体になるため、
過剰摂取は慢性炎症や発がんリスクに関連する可能性があります。

ただし、今回のZhangらの研究では、キャノーラ油摂取は総死亡リスクを有意に低下させており(5g/日増加でHR 0.85)、
適量であればむしろ抗炎症作用や抗腫瘍効果が優勢である可能性が示唆されています。

バターから植物油への置き換え効果

バター10g/日を植物油に置き換えるだけで、

  • 総死亡リスク17%減少(HR 0.83, 95% CI 0.79-0.86)
  • がん死亡リスク17%減少(HR 0.83, 95% CI 0.76-0.90)

このリスク低下幅は、食事介入としては極めてインパクトの大きいものです。

実践的アドバイス

明日から実践できるポイントとして、

  • バターを「オリーブ油」または「キャノーラ油」「大豆油」に置き換える
  • 調理バターではなく食卓バター使用を控える

こうした小さな変更が、長期的な健康に大きく貢献します。

Limitation(研究の限界)

  • 自己申告の食事調査であり測定誤差は避けられない
  • 交絡因子の完全排除は困難
  • 白人中心の医療従事者データであり一般化に注意

まとめ

この研究は、長期間の大規模コホートデータを用いて、バターと植物油の摂取が総死亡および原因別死亡(がん・心血管疾患)リスクに与える影響を明確に示したものです。特に、バターの摂取は死亡リスクの上昇と関連し、一方でオリーブ油・キャノーラ油・大豆油の摂取は死亡リスクの低下と関連していることが確認されました。さらに、バターを植物油に置き換えることで、総死亡リスクが最大17%低下する可能性が示唆されており、日常の食生活における脂質の選択が長期的な健康に大きな影響を与えることを示しています。

参考文献

Zhang Y, et al. Butter and Plant-Based Oils Intake and Mortality. JAMA Intern Med. Published online March 6, 2025. doi:10.1001/jamainternmed.2025.0205

追記:サラダ油は体に悪いと聞いたことがあるが?

サラダ油は体に悪いという言説があります。この研究の結果と乖離を感じる方もいらっしゃるでしょう。


「サラダ油」の定義と問題点

まず、「サラダ油」という言葉は一般的な消費者向けの名称であり、科学的に明確な定義があるわけではありません。
日本やアメリカの市場では、サラダ油と呼ばれるものには、主に以下の油が含まれます。

  • 大豆油(Soybean oil)
  • コーン油(Corn oil)
  • キャノーラ油(Canola oil)
  • サフラワー油(Safflower oil)
  • ひまわり油(Sunflower oil)

この中で、大豆油・キャノーラ油は今回の研究で「健康に良い」とされたものと一致します。
一方で、コーン油やサフラワー油、ひまわり油は、健康への影響が必ずしも明確でなく、「サラダ油全般が悪い」とする説の主な要因となっていると思われます。


研究結果との整合性

今回のZhangらの研究では、大豆油・キャノーラ油・オリーブ油は死亡リスクを低下させるという結果でした。
一方で、コーン油・サフラワー油については明確な死亡リスク低減効果は認められなかったことが重要です。

特に、以下の油については有意な影響が確認されました。

油の種類総死亡リスクへの影響
オリーブ油5g/日増加で8%低下(HR 0.92)
キャノーラ油5g/日増加で15%低下(HR 0.85)
大豆油5g/日増加で6%低下(HR 0.94)
コーン油有意な関連なし
サフラワー油有意な関連なし

つまり、「サラダ油」と一括りにするのではなく、種類ごとに脂肪酸組成の違いを考慮することが重要なのです。


「サラダ油は体に悪い」という説の主な根拠

サラダ油が健康に悪いとされる主な理由は、以下の点に集約されます。

n-6系脂肪酸(リノール酸)の過剰摂取による炎症リスク

サラダ油(特にコーン油・サフラワー油・ひまわり油)は、n-6系多価不飽和脂肪酸(リノール酸)を非常に多く含みます。
n-6系脂肪酸はアラキドン酸カスケードに関与し、プロスタグランジンE2(PGE2)やロイコトリエンB4(LTB4)といった炎症性メディエーターの前駆体になります。

慢性的な炎症は、動脈硬化、がん、認知症、自己免疫疾患などの発症リスクを高めると考えられています。

▶ しかし、今回の研究で評価された大豆油・キャノーラ油は、n-6系脂肪酸の割合が低めで、n-3系脂肪酸(α-リノレン酸)が含まれるため、炎症リスクを相殺する可能性がある。


酸化ストレスと過酸化脂質の問題

サラダ油は、製造過程で高温処理(脱ガム、脱酸、脱臭など)が行われるため、酸化ストレスを促進する可能性があります。
特に、ヒドロキシノネナール(HNE)やマロンジアルデヒド(MDA)といった酸化副産物が生成され、細胞障害を引き起こすことが懸念されています。

▶ しかし、今回の研究では、オリーブ油やキャノーラ油などの「酸化安定性の高い油」が対象となっており、酸化ストレスの影響を受けにくい可能性がある。


加工食品との関連

サラダ油(特にコーン油・ひまわり油・サフラワー油)は、加工食品や揚げ物に多く使用されます。
そのため、これらの油の摂取量が多い人ほど、トランス脂肪酸・過剰な糖質・高GI食品を同時に摂取する傾向があり、健康リスクが高まる可能性があります。

▶ 一方で、今回の研究対象となったオリーブ油・キャノーラ油・大豆油は、比較的「健康的な食事パターンの一部」として摂取されることが多い可能性がある。


今回の研究と「サラダ油が悪い」説の違い

「サラダ油が悪い」説の主張
  • コーン油やサフラワー油に含まれるn-6系脂肪酸の過剰摂取が問題
  • 高温処理による酸化ストレスの増加
  • 加工食品と一緒に摂取されることでリスク増加
今回の研究の結果
  • オリーブ油・キャノーラ油・大豆油は死亡リスクを低下させる
  • n-3系脂肪酸(α-リノレン酸)が豊富な油は炎症リスクを相殺する可能性
  • 加工食品ではなく、健康的な食事パターンで摂取された可能性が高い

実践的アドバイス

「サラダ油=悪」と単純に捉えるのではなく、以下のポイントを意識すると、健康的な油の摂り方ができます。

避けるべきポイント
  • コーン油、サフラワー油、ひまわり油を多量に摂取しない
  • 過酸化脂質を含む可能性のある加工食品(揚げ物・スナック菓子など)の摂取を減らす
取り入れるべきポイント
  • オリーブ油(特にエキストラバージン)をサラダや仕上げに使う
  • キャノーラ油や大豆油を炒め物や加熱調理に活用する
  • n-3系脂肪酸(α-リノレン酸)を含む油を選ぶ(キャノーラ油・大豆油・アマニ油など)

まとめ

  • 「サラダ油が悪い」と言われるのは、コーン油やサフラワー油などn-6系脂肪酸が多い油が炎症を促進する可能性があるため
  • 一方で、オリーブ油・キャノーラ油・大豆油は、死亡リスク低下と関連しており、全ての植物油が悪いわけではない
  • 「どの油を選ぶか」「どう使うか」が重要であり、適切に選べば健康を守る油脂の摂取が可能
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