若年期に始まる動脈硬化

心臓血管

はじめに:動脈硬化は“老化”の問題ではない

動脈硬化という言葉から、多くの人が思い浮かべるのは高齢者の病気かもしれません。しかし、2002年の古い研究ではありますが、Pathobiological Determinants of Atherosclerosis in Youth(PDAY)研究が示す事実は衝撃的です。この長期にわたる大規模剖検研究は、「動脈硬化は10代から始まり、20代にはすでに破綻に至る病変が生じうる」ということを明らかにしました。

本稿では、PDAY研究の成果を基に、動脈硬化の自然史、リスク因子、病理学的進展、分子生物学的特徴、予防への実践的示唆について解説します。


動脈硬化の発症は15歳から始まっている

米国のPDAY研究は、1987年から1994年にかけて、外因死(事故、自殺、他殺)によって死亡した15〜34歳の若年者約3000名の剖検を対象とした観察研究です。対象の動脈には冠動脈、大動脈、腎動脈などが含まれ、死後の血清や組織からリスク因子と病変の関連が詳細に解析されました。

その結果、15〜19歳の段階で腹部大動脈にはすでに脂肪線条(fatty streak)が存在し始め、30代前半には30〜40%の症例で進行した隆起病変(raised lesions)が認められました。右冠動脈に限っても、30〜34歳男性の20.3%、女性の7.8%に破綻や血栓形成のリスクを有する高度なグレード4・5病変が観察されています。

脂肪線条(fatty streak)とは、動脈硬化の最も初期段階に現れる病変で、動脈の内膜に脂質を取り込んだマクロファージ(=泡沫細胞)が集積した、黄色っぽい平坦な線状の変化です。顕微鏡下では、泡沫細胞(foam cells)や、脂質を含んだ平滑筋細胞が観察されます。


病変の発生部位とその“地形学”

PDAYではデジタル画像処理を用いて、動脈病変の発生しやすい「地形」を可視化しました。
腹部大動脈では、腰椎レベルの動脈分岐部に脂肪線条が集中し、下腸間膜動脈起始部から分岐部にかけての左背側表面が最も隆起性病変になりやすい領域でした。
また、右冠動脈では起始部から2cm以内の近位部が好発部位とされ、これらの局在性は血流の剪断応力(shear stress)や分岐部の乱流との関連が示唆されています。


リスク因子は10代から作用を始めている

PDAYは、以下のリスク因子が若年者においてすでに動脈硬化性病変に関連していることを実証しました。

血清脂質

  • VLDL+LDLが高値(上位1/3)かつHDLが低値(下位1/3)の脂質プロファイルを持つ若者は、30〜34歳時点で腹部大動脈および冠動脈における隆起病変が約3倍に増加していました。
  • VLDL+LDLが高値(上位1/3)とは、non-HDLコレステロール ≧ 160 mg/dL。総コレステロール − HDLコレステロールで算出されます。
  • HDLが低値(下位1/3)とは、HDLコレステロール < 35 mg/dL。
  • こうした“unfavorable profile”は対象者の約10%に認められ、すでに動脈硬化の進行を加速していることが示されています。

喫煙

  • 対象者の44%が喫煙者であり、特に30代では60%以上。
  • 喫煙は腹部大動脈および冠動脈の隆起病変の面積と強く関連しており、酸化LDLの沈着やマクロファージの浸潤との関連も確認されています。

糖代謝異常

  • HbA1cが8%以上の者では、30〜34歳で腹部大動脈の病変面積が8倍に増加。
  • この関連は脂質異常や肥満とは独立しており、糖化最終生成物(AGEs)による血管壁への直接的影響が考えられます。

肥満と脂肪分布

  • 中心性肥満(BMI≥30かつ皮下脂肪厚≥17mm)は、特に男性の右冠動脈で病変面積の拡大と関連、3倍に。
  • 単なる体重増加よりも脂肪分布の重要性が示されています。

高血圧

  • 15歳から19歳では差がないものの、20歳以降になると腹部大動脈と冠動脈の隆起病変が明らかに増加。
  • 血圧は脂肪線条から隆起病変への移行を加速する可能性があります。

遺伝子多型と分子レベルでの知見

PDAYでは、剖検肝臓からDNAを抽出し、アポリポ蛋白関連遺伝子の解析も行われました。

  • ApoE遺伝子では、E4型が最も病変面積が大きく、E2型が最も少ないことが示されています。この影響は血清コレステロールの補正後も残存し、アポEが逆コレステロール輸送(reverse cholesterol transport)を通じて病変進行を抑制する可能性が示唆されます。
  • ApoBやApo(a)の多型も人種差と病変進展に関連し、遺伝背景が動脈硬化の進行に影響することが示されました。

また、免疫組織化学や酵素染色を通じて、Galectin-3、15-lipoxygenase、Apoptosis関連遺伝子、Matrix metalloproteinase(MMP)などの分子が病変進行に関与していることが確認され、炎症・細胞死・リモデリングの分子基盤が浮かび上がっています。


中間病変こそ予防の標的

PDAYは、脂肪線条から線維性プラークに至る過程で現れる「中間病変(intermediate lesion)」の重要性を強調しています。

肉眼観察では一様に見える脂肪線条も、顕微鏡レベルでは大きく異なります。PDAY研究では、Stary分類に基づき病変を6段階に分類しました。特にtype 3(中間病変)は細胞外脂質プールを特徴とし、臨床的に重大なtype 4-5病変への移行段階と考えられます。

  • 腹部大動脈では、15〜19歳で20%、30〜34歳で40%の症例に中間病変が存在。
  • 冠動脈(LAD)では、15~19歳で8%、30~34歳では30%の症例に中間病変が存在。
  • この病変はすでに高LDL・低HDL・高血圧・糖代謝異常・肥満との関連が確認されており、「脂肪線条は無害」とする従来の見解を覆します。

分子生物学的には、マトリックスメタロプロテアーゼ(MMPs)とその阻害因子(TIMPs)のバランス崩壊、ガレクチン-3(galectin-3)を介したマクロファージ活性化、αdβ2インテグリンを介した炎症反応の増幅など、複数の経路が関与していることが明らかになりました。


予防はいつ始めるべきか

PDAYの結論は明快です。「リスク因子の修正は10代から始めるべきである」。以下の具体的行動が推奨されます。

  1. 思春期からの脂質スクリーニング
    少なくとも10代後半から非HDL/HDL比をチェックし、不適切なプロファイルがあれば生活指導を開始します。特に家族性高コレステロール血症の早期発見が重要です。
  2. 若年層の禁煙支援強化
    喫煙開始年齢が早いほど動脈病変が進行しやすいため、中高年だけでなく青少年への禁煙プログラムが不可欠です。
  3. 内臓脂肪管理
    BMIだけでなくウエスト周囲長も測定し、内臓脂肪蓄積を評価します。10代からの過剰な糖質摂取はAGEs形成を促進するため注意が必要です。
  4. 血圧モニタリングの早期化
    特に黒人青少年では15歳以降の定期的な血圧測定が推奨されます。家庭血圧測定の習慣化も有効です。
  5. 遺伝的リスクの評価
    アポEやアポ(a)の遺伝子型が分かれば、より個別化された予防が可能になります。遺伝カウンセリングと組み合わせたアプローチが望ましいでしょう。

Limitation(限界)

  • 剖検例はすべて外因死による死亡であり、一般人口との代表性に限界があります。
  • 横断的設計のため、因果関係の確定には至らない点に注意が必要です。
  • 死後血清を使用しており、一部の生化学的指標には変動の可能性があります。
  • リポタンパク分画の測定方法が現在の標準とは異なるなど、分析方法の時代的制約もあります。
  • 社会経済的因子や食事内容、運動習慣などの詳細なデータが不足していることも課題です。
  • 現代の生活様式や医療環境の変化を反映していないため、最新の疫学データと照合する必要があります。

おわりに

PDAY研究は、動脈硬化が「小児期に始まり、青年期に進行し、壮年期に症状を呈する」連続的な過程であることを明らかにしました。この知見は、従来の「中年からの予防」という概念を根本から変えるものです。

重要なのは、10代後半から20代にかけての「窓期」に適切な介入を行うことです。2002年の論文ですが、その後も若年世代への対策はあまり進んでいないような印象があります。

医療従事者はもとより、教育関係者や政策立案者も含め、社会全体で若年層の心血管健康を守る枠組みを作ることが急務です。PDAY研究が示したエビデンスを、具体的な予防行動に結びつける時代が来ています。


参考文献

Zieske AW, Malcom GT, Strong JP. Natural History and Risk Factors of Atherosclerosis in Children and Youth: The PDAY Study. Pediatric Pathology and Molecular Medicine. 2002;21:213–237.

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