メトホルミンが肥満を伴う膝関節症の疼痛緩和効果;NSAIDsを超える?

整形外科

はじめに:膝関節症治療におけるメトホルミンの可能性

膝関節症(OA)は世界中で3億6500万人に影響を与える深刻な疾患であり、特に肥満や過体重を伴う症例では治療が困難です。今回紹介する研究は、2型糖尿病の第一選択薬として60年以上使用されてきたメトホルミンが、膝OAの疼痛管理においても有効である可能性を示した画期的な臨床試験です。

従来の研究では、メトホルミンが抗炎症作用や糖・脂質代謝改善効果を通じてOAの進行を遅らせる可能性が示唆されていましたが、ヒトを対象とした無作為化比較試験はほとんど行われていませんでした。この研究は、肥満を伴う膝OA患者107名を対象に、メトホルミンの疼痛緩和効果を6ヶ月間評価した初めての本格的な臨床試験です。

研究デザインと方法

この研究は、オーストラリア・ビクトリア州で2021年6月から2023年8月にかけて実施された、コミュニティベースの無作為化二重盲検プラセボ対照試験です。COVID-19の制限下という特殊な状況を逆手に取り、テレメディシンを活用して参加者の募集からフォローアップまでを遠隔で行った点が特徴的です。

参加基準は、40歳以上でBMI25以上、6ヶ月以上続く膝痛があり、100mmの視覚的アナログスケール(VAS)で40mm以上の疼痛を有する膝OA患者としました。興味深いのは、従来のOA診断基準をテレメディシン用に適応させた点で、参加者自身が膝の軋轢音、圧痛、温感を評価する方法を採用しています。

主要評価項目は6ヶ月時点でのVAS疼痛スコアの変化とし、二次評価項目としてWOMAC(Western Ontario and McMaster Universities Osteoarthritis Index)スコア、生活の質(AQOL-8D)、OMERACT-OARSI反応率などを設定しました。統計的検出力を確保するため、各群51名(計102名)のサンプルサイズを見積もり、20%の脱落を想定して計画されました。

研究結果:メトホルミンの明確な疼痛軽減効果

107名の参加者(平均年齢58.8歳、68%が女性、平均BMI32.7)のうち、82%が試験を完遂しました。6ヶ月時点でのVAS疼痛スコアの変化は、メトホルミン群で-31.3mm、プラセボ群で-18.9mmと、群間差は-11.4mm(95%CI: -20.1~-2.6mm、P=0.01)で統計的有意差が認められました。この効果量(標準化平均差)は0.43(95%CI: 0.02-0.83)で、中等度の効果サイズと評価できます。

WOMACスコアにおいても、メトホルミン群で顕著な改善が見られました。疼痛サブスケールでは-113.9対-68.2(調整後群間差-42.4、P=0.045)、こわばりでは-56.9対-26.7(調整後群間差-23.0、P=0.01)、機能では-426.1対-221.7(調整後群間差-179.8、P=0.009)と、すべての項目でメトホルミン群が優れていました。

興味深いのは、3ヶ月時点では群間差が-2.5mm(P=0.58)と有意でなかったのに対し、6ヶ月時点で明確な差が現れた点です。これはメトホルミンの作用機序が時間をかけて発現することを示唆しており、臨床現場で効果判定を行う際の重要な知見と言えます。

分子生物学的機序:メトホルミンが関節に与える多面的な影響

メトホルミンが膝OAに及ぼす有益な効果は、その多面的な作用機序に由来すると考えられます。従来から知られているAMP活性化プロテインキナーゼ(AMPK)の刺激による糖代謝改善効果に加え、抗炎症作用やインスリン抵抗性の軽減が関節組織に好影響を与える可能性があります。

特に注目すべきは、肥満関連の膝OAにおいて、過剰な体重負荷に加え、全身性炎症、酸化ストレス、代謝異常が関節組織の代謝機能障害を引き起こし、軟骨劣化と疾患進行を促進するという病態です。メトホルミンはこれらの病理学的プロセスを同時に標的とできる数少ない薬剤の一つです。

この研究では画像評価や生化学的マーカーは限定的でしたが、メトホルミン群で観察された疼痛軽減と機能改善は、これらの分子レベルの変化が臨床症状の改善につながった可能性を示唆しています。今後の研究では、メトホルミンが関節組織の代謝や炎症マーカーに与える影響を詳細に評価することが期待されます。

臨床的意義と実践への応用

この研究結果は、肥満を伴う膝OA患者の管理に新たな選択肢を提供するものです。特に以下のような患者に対してメトホルミンを考慮することが推奨されます:

  1. BMI25以上の過体重または肥満の膝OA患者
  2. 従来の鎮痛薬で十分な効果が得られない患者
  3. 糖尿病予備群や代謝異常を併せ持つ患者

投与方法としては、本研究と同様に500mg/日から開始し、6週間かけて2000mg/日まで漸増するのが適切です。この漸増法により、消化器系の副作用(下痢15%、腹部不快感13%)を最小限に抑えつつ、忍容性を高めることができます。

臨床医は、メトホルミンが3ヶ月以内の短期間では明確な効果が現れにくい点を認識し、少なくとも6ヶ月間の投与を検討すべきです。また、患者教育においては、体重減少(平均-1.8kg)が補助的な効果として期待できること、定期的な服用が重要であることを伝えると良いでしょう。

研究の限界と今後の課題

この研究にはいくつかの限界があります。まず、18%の参加者が6ヶ月のフォローアップを脱落しており、特にプラセボ群でやや多い傾向が見られました。また、服薬アドヒアランスの評価が主にテレメディシンに依存しており、薬剤返却による確認ができたのは38.3%のみだった点も注意が必要です。

さらに、遠隔評価という性質上、体重や関節所見の評価が自己報告に依存していたこと、人種・民族のデータが収集されていなかったこと、客観的な機能評価が含まれていなかったことなどが制約として挙げられます。また、サンプルサイズが比較的小さく(各群約50名)、より大規模な研究での確認が必要です。

特に、メトホルミンの効果が疼痛軽減に留まるのか、軟骨保護などの構造的変化にも及ぶのかについては、MRI評価を予定していた研究の第2フェーズが実施されなかったため、不明のままです。この点は今後の研究で明らかにする必要があります。

結論と将来展望

この無作為化比較試験は、メトホルミン2000mg/日が肥満を伴う膝OA患者の疼痛、こわばり、身体機能を中等度に改善することを示しました。効果サイズ0.43はNSAIDsの報告値(効果サイズ0.32)を上回っており、特に代謝異常を伴うOA患者にとって有望な治療選択肢となる可能性があります。

今後の研究課題としては、より大規模な試験による効果の再確認、長期使用による構造変化への影響評価、バイオマーカーを用いた反応予測、最適な投与期間の決定などが挙げられます。また、メトホルミンと他のOA治療法(運動療法、体重管理、他の薬物療法など)との併用効果も興味深いテーマです。

臨床現場では、肥満を伴う膝OA患者、特に代謝異常の要素が強い症例に対して、メトホルミンを個別化医療の一環として考慮する価値があります。患者とよく相談の上、漸増投与で忍容性を確認しながら、少なくとも6ヶ月間のトライアルを行うことが推奨されます。

この研究は、従来の対症療法に留まっていたOA治療に、病因に基づいたアプローチの可能性を開いた点で、非常に意義深いと言えます。今後の研究の進展が期待されます。

参考文献

Pan F, Wang Y, Lim YZ, et al. Metformin for Knee Osteoarthritis in Patients With Overweight or Obesity: A Randomized Clinical Trial. JAMA. Published online April 24, 2025. doi:10.1001/jama.2025.3471

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