性行為関連死亡の概念
性行為は生物にとって本能的な営みであり、種の保存に不可欠な要素です。同時に、性行為は強い精神的・肉体的興奮を伴う活動でもあります。このような活動中に、あるいはその直後に突然死が発生することがあります。
古くは中国の法医学書「洗冤録」に「作過死」として記述が見られ、過度な性行為による精気枯渇による死亡と解釈されていましたが、これは現代の医学的理解とは異なります。
日本では「腹上死」という言葉が広く使われますが、これは必ずしも行為中の死亡のみを指すのではなく、行為後の死亡を含めた広い概念として捉えるべきであると指摘されています。
欧米では「Coition Death(性交死)」や「Sudden Death Related to Sexual Activity(性行為関連突然死)」、「Sudden Cardiac Arrest During Sexual Intercourse(性交中の突然心停止)」などと表現されています。
性行為関連死亡の頻度
性行為に関連した死亡は、全死亡に対してではなく、特定の母集団における突然死や心停止の中で非常に稀な事象です。
いくつかの研究で具体的な発生率が報告されています。
- 韓国での2001年から2005年までの法医学的剖検1,379件中、性行為に関連した突然死は14件、すなわち1.0%でした。
- ドイツでの1972年から2016年までの45年間の法医学的剖検約38,000件中、性行為に関連した自然死は99件、すなわち0.26%でした。
- 米国オレゴン州での2002年から2015年までの突然心停止(SCA)4,557件中、性行為に関連したSCAは34件、すなわち0.7%でした。
- フランスのパリでの2011年から2016年までの突然心血管停止(SCA)3,028件中、性行為に関連したSCAは17件、すなわち0.6%でした。
- 英国での1994年から2020年までの若い個人の突然心臓死(SCD)6,847件中、性交中またはその後1時間以内に発生したSCDは17件、すなわち0.2%でした。
- 日本の東京都監察医務院の統計では、内因性突然死約5500人のうち性交死は34人、0.6%でした。
このように、性行為に関連した死亡は、調査対象となった突然死や剖検例といった限られた集団内でも0.2%から1.0%程度と、非常に稀な出来事であることが分かります。これは、「全死亡」に占める割合ではなく、あくまで「突然死」や「突然心停止」といった特定の状況下での死亡における割合です。
性行為に関連した死亡の特徴と状況
性行為に関連した死亡の犠牲者には、いくつかの共通する特徴や状況が見られます。
性別と年齢
ほとんどの研究で、犠牲者は男性が圧倒的に多いと報告されています。
韓国の研究では9/14例、ドイツの研究では91/99例、米国オレゴン州の研究では32/34例、フランスの研究では17/17例(100%)が男性でした。
ただし、英国の若い個人のSCDを対象とした研究では、17例中11例(65%)が男性であり、女性の割合が他の研究よりも高い傾向が見られました。これは、英国の研究対象者が平均年齢38歳と比較的若く、他の研究が対象とした平均年齢(韓国46歳、ドイツ57.2歳、米国60.3歳、フランス53歳)と異なるためと考えられます。
年齢層としては、日本のデータでは30代、40代の中年層に多い傾向が見られ、ドイツでは男性の平均年齢が57.2歳でした。米国の研究では、性行為関連SCAの犠牲者は、他のSCAの犠牲者と比較して平均年齢が約5歳若い(60.3歳対65.2歳)傾向がありました。
死亡のタイミング
死亡は性行為の「最中」だけでなく、「直後」や「数時間後」にも発生します。日本の研究では、心臓死は行為中よりもむしろ行為後数時間経った就寝中に突然発症するケースが多く、脳血管系死亡は行為中に発症し、死亡まで数時間かかる傾向が見られました。
全体としては、行為後の死亡の方がはるかに多いとされています。
一方、米国のSCA研究では、性行為関連SCAの55%が行為中に発生し、45%が数分後でした。
フランスのSCA研究では、定義として行為中またはその後1時間以内としています。英国のSCD研究も同様に、行為中またはその後1時間以内と定義しています。
場所とパートナー
死亡が発生した場所としては、日本のデータでは自宅、ホテル、愛人宅の順に多く、韓国ではホテルが最も多く、次いで愛人宅、売春宿でした。ドイツでは自宅が最も多かったものの、売春宿での死亡も31例報告されています。
パートナーとの関係では、日本のデータでは夫婦間と愛人関係で全体の70%を占めました。韓国の研究では、定まった愛人関係のパートナーとの性行為中の死亡が最も多く、ドイツの研究でも売春婦との性交渉が34例と最も多く報告されています。
これらの法医学的調査からは、夫婦や定まった関係での死亡よりも、愛人や売春婦との関係における死亡が多く報告される傾向が見られます。しかし、これは恥や恐れから夫婦間の死亡が報告されないことによる「報告バイアス」が大きい可能性が指摘されており、実際の発生率が定まったパートナーとの間の方が高いかどうかは不明です。日本の研究では、オナニー中の突然死も8%見られました。ドイツの研究でも、自己愛行為(マスターベーションなど)に関連する死亡が30例記録されています。
死因の分析:心血管系・脳血管系疾患を中心に
性行為に関連した突然死の主な原因は、既存の心血管系疾患や脳血管系疾患であると複数の研究が報告しています。
- 日本のデータ(500例以上)では、死因の56%が心血管系、43%が脳血管系でした。心血管系では冠状動脈硬化や心筋梗塞(虚血性心疾患)が80%、心肥大が15%。脳血管系ではクモ膜下出血が60%、脳出血が35%でした。
- 韓国の研究(14例)では、冠状動脈疾患(CAD)が6例、クモ膜下出血(SAH)が4例、房室結節動脈の線維筋性異形成(FMD)が2例、不明が2例でした。CADは男性に多く(4/6例)、SAHは女性に多い傾向が見られました(3/4例)。
- ドイツの研究(99例)では、冠状動脈疾患(CAD)が28例、心筋梗塞(MI)が21例、再梗塞が17例と、虚血性心疾患が全体の約67%を占めました。次いで脳出血が12例(12%)、大動脈瘤破裂8例、心筋症8例などが報告されています。剖検所見では、約80%の症例で心臓重量が予測値を超えており、心肥大の存在が示唆されています。また、対象者の65%が過体重または肥満でした。
- フランスのSCA研究(17例)では、急性冠症候群(ACS)が37.5%、クモ膜下出血(SAH)が31.3%が主要な原因でした。慢性冠動脈疾患は18.8%、構造的心疾患は12.5%でした。この研究は一般集団におけるSAHの割合が高いことを示唆した点で注目されます。
- 英国の若い個人のSCD研究(17例)では、構造的に正常な心臓(突然不整脈死症候群 – SADS)が53%と最も多く、次いで大動脈解離が12%でした。肥大型心筋症、虚血性心疾患、拡張型心筋症なども少数報告されています。この結果は、若い世代では基となる原因が心筋症やチャネル病といった一次性電気疾患が多いことを反映していると考えられます。
これらの研究結果から、性行為関連死亡は、高齢者を含む集団では虚血性心疾患(冠状動脈疾患、心筋梗塞)と脳血管疾患(クモ膜下出血、脳出血)が二大原因である一方、若い世代ではSADSや心筋症、大動脈解離といった原因の割合が高くなる傾向が見られます。また、心肥大や肥満も関連が深いとされています。
誘因と潜在的リスクファクター
性行為そのものが健康な人に突然死を引き起こすことは極めて稀です。多くの研究が指摘するように、性行為は潜在的な基礎疾患を持つ個人において、その疾患の発症や悪化のトリガーとなる可能性のある身体的および精神的な負荷を与える行為です。
心拍数、血圧変動
性行為中の心拍数、血圧、呼吸数は著しく上昇し、特にオーガズム時にピークに達します。これは精神的な興奮と肉体的な運動によるもので、冠状動脈疾患のある患者では心筋虚血や不整脈を誘発する可能性があります。脳血管系においては、オーガズム時の急激な血圧変動や頭蓋内圧の変化が、脳動脈瘤破裂によるクモ膜下出血の誘因となり得ると示唆されています。また、脳血管攣縮がクモ膜下出血や心筋虚血に関与する可能性も言及されています。
致死性不整脈
若い世代で見られた突然不整脈死症候群 – SADSは、構造的な異常がないにも関わらず致死性不整脈を来たす病態であり、性行為に伴うカテコールアミンサージ(交感神経の活性化によるホルモン放出)が不整脈の引き金となる可能性が考えられます。韓国の研究で報告された房室結節動脈の線維筋性異形成も、突然死の直接的な原因かは不明ながら潜在的なリスクとして挙げられています。
性行為は身体活動の一種
性行為以外の状況、例えば階段を駆け上がったり、スポーツをしたりといった身体活動でも同様の突然死が発生することがあります。これは、性行為が身体活動の一種として、基礎疾患を持つ人に負荷をかけるという共通性を示唆しています。
その他のリスク要因
その他のリスク要因としては、以下が挙げられています。
環境の変化と精神的興奮
飲酒、ホテル、愛人との関係、年齢差が大きいパートナーとの性行為などは、普段とは異なる環境や強い精神的興奮をもたらし、基礎疾患の発症リスクを高める可能性が指摘されています。特に愛人や売春婦との性行為は、背徳感や緊張感が加わり、心血管系への負荷を増大させる可能性が示唆されています。
アルコールや薬物
飲酒が行為に関連して見られることがあります。ドイツの研究では、コカインが単独またはアルコールと組み合わさって検出された事例も報告されています。
PDE5阻害薬(バイアグラ、シアリスなど)は?
提供された情報源に限定して言えば、PDE5阻害薬の使用と性行為関連死亡との間に直接的で強い関連を示す明確な証拠は、これらの研究の対象となった限られた症例からは確認されていません。
各研究の論文の中で、PDE5阻害薬(バイアグラ、シアリスなど)や類似の薬物の使用との関連に言及している箇所があります。
- 韓国で行われた2001年から2005年までの法医学的剖検調査では、性行為に関連した突然死14例が検討されましたが、症例中にシルデナフィルまたは類似の薬物を服用していた者はいませんでしたと明記されています。
- ドイツで1972年から2016年までの45年間に発生した性行為に関連した自然死99例の調査では、警察の報告書に基づき、死亡前にシルデナフィル(バイアグラ)の可能性のある使用が5例、アルプロスタジル(Caverject Impulse)による医学的治療が2例報告されたことに言及しています。また、1例ではタダラフィル(シアリス)が現場で発見されましたが、死亡者による使用は確認されておらず、毒物学的分析でも確認されませんでした。この研究では、これらの薬剤が死因と関連しているとは結論づけていません。
- 米国オレゴン州での2002年から2015年までの突然心停止(SCA)の調査では、性行為がSCAのトリガーとなる可能性のあるメカニズムとして、運動に加え、薬剤、刺激物、アルコール使用の関与の可能性を一般的に述べていますが、具体的なPDE5阻害薬の使用に関するデータは提示されていません-。
- フランスのパリで行われた2011年から2016年までの性行為中の突然心血管停止(SxSCA)に関する調査や、英国で行われた若い個人の突然心臓死(SCD)に関する1994年から2020年までの調査では、PDE5阻害薬の使用についての具体的な言及や関連性の分析は報告されていません。
したがって、提供された情報源の中では、PDE5阻害薬の使用と性行為に関連した突然死や心停止との間に強い直接的な関連性を示す明確な証拠は、これらの研究の対象となった限られた症例において見出されていません。韓国の研究では関連薬物の使用は皆無であり、ドイツの研究では少数の症例で報告書に薬物の使用が示唆されたものの、それが主要な要因であるとは結論づけられていません。他の研究では、この特定の関連性については詳細が述べられていません。
したがって、これらのソースからは、PDE5阻害薬が性行為関連死亡の主要な原因である、あるいは強く関連していると結論づけることはできません。
臨床的示唆と予防策
性行為関連死亡が稀な事象であるとしても、医療従事者や対象となる個人、そしてそのパートナーにとって、これらの知見は重要な意味を持ちます。
基礎疾患の認識と管理
性行為関連死亡の根底には、冠状動脈疾患、心筋梗塞、脳動脈瘤、心筋症などの潜在的な基礎疾患がほぼ必ず存在します。これらの疾患を早期に発見し、適切に管理することが最も重要な予防策です。
医師によるカウンセリング:
心血管疾患を持つ患者さんに対して、性行為の安全性について医師が積極的に情報を提供することが推奨されています。性行為に伴う身体的負荷は、日常生活における中等度の運動と同程度とされることが多いですが、個々の疾患の重症度や身体機能に応じてリスクは異なります。運動負荷試験を行い、患者さんの運動耐容能を評価することが、性行為を含む身体活動の安全性を判断する上で有用な場合があります。どのような状況(安定した関係、新しいパートナー、飲酒の有無など)でリスクが増加しうるかについても、患者さんとそのパートナーに対して敏感に、かつ開かれた方法で話し合う必要があります。
突然心停止への対応
性行為関連SCAは、多くの場合パートナーに目撃されています。しかし、米国やフランスの研究では、目撃されているにも関わらず、心肺蘇生法(CPR)が実施される割合が低いことが報告されています(米国で約1/3、フランスで47.1%)。これは、状況に対する動揺や訓練不足によるものと考えられます。目撃者による早期のCPRは、SCAの生存率を劇的に向上させることが知られています。したがって、一般市民、特にパートナーを持つ人々に対するCPR教育は、性行為関連SCAが発生した場合の救命率向上に繋がる可能性があります。
関係者への心理的サポート:
性行為中にパートナーが突然死するという経験は、残されたパートナーにとって非常に大きな精神的外傷となり得ます。警察や医療関係者は、このようなデリケートな状況に対して敏感に対応し、必要に応じて心理的なサポートを提供することが求められます。
研究の限界
これらの研究は、性行為関連死亡のメカニズムやリスク要因に関する理解を深める上で重要な貢献をしています。一方で、法医学的調査には報告バイアスが内在する可能性や、性行為の全体的な頻度に関するデータがないため相対リスクの評価が難しいといった限界も指摘されています。今後の研究、特に臨床的な視点からの研究が、この稀な事象に関するさらなる知見をもたらすことが期待されます。
結論
結論として、性行為に関連した突然死は非常に稀ではありますが、生じた際のインパクトは大きく、その主な原因は未診断または管理不良の既存疾患です。性行為に伴う生理的な負荷がトリガーとなり得ます。このリスクを低減するためには、基礎疾患の適切な管理、医療従事者によるオープンなリスク評価とカウンセリング、そして何よりも早期CPRの重要性を含む一般市民への意識向上と教育が不可欠と言えます。
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