性行為の体位の種類における心負荷

性行為関連

はじめに:研究の背景と重要性

1984年に発表されたこの研究は、性行為中の心拍数、心圧積(心拍×血圧積(rate–pressure product, RPP))、酸素摂取量(Vo₂)を初めて包括的に測定した画期的な論文です。当時、心筋梗塞後の患者の約58-75%で性行為が減少または中止しており、66-80%の患者が医師から性行為に関するアドバイスを受けていませんでした。この研究は、性行為が心臓に与える負担を定量的に評価することで、心臓病患者のリハビリテーション指導に科学的根拠を与えることを目的としています。

先行研究では「性行為の心臓負荷は思ったほど大きくない」と結論されていましたが、異なる性行為の形態を比較した研究はほとんどありませんでした。この研究の新規性は、4種類の異なる性行為(男性上位の性交、女性上位の性交、パートナーによる非性交的刺激、自己刺激)を比較し、それぞれの心臓代謝負荷を初めて定量化した点にあります。

研究方法:科学的厳密性の追求

この研究では、25-43歳(平均33.2歳)の健康な男性10名を対象としました。すべての被験者は白人で、処方薬を服用しておらず、身体的な健康状態が良好でした。平均的な最大酸素摂取量(Vo₂max)は54mL/kg/min(15.5METs)と、高い身体能力を有していました。

研究プロトコルは極めて厳密に設計されています。各被験者は4種類の異なる性行為セッションに参加し、その順序はカウンターバランス方式で調整されました。各セッションでは、安静(baseline)、前戯(foreplay)(5分間)、刺激(stimulation)、オーガズム(orgasm)、消退期(resolution)(5分間)の5段階で生理学的測定を行いました。測定された性行為は以下の4種です。

  1. 男性上位の性交(man-on-top)
  2. 女性上位の性交(woman-on-top)
  3. パートナーによる非性交刺激(partner stimulation)
  4. 自己刺激(self-stimulation)

測定項目は心拍数(HR)、血圧(収縮期血圧から計算した心圧積:RPP)、酸素摂取量(Vo₂)です。特にVo₂は、高速応答のガス分析器を使用して正確に測定されました。これらのデータは、Bruceプロトコルによるトレッドミル運動テストの結果と比較されました。なお、性行為は研究実験室で行われています。

主要な発見:性行為の心臓代謝負荷の実態

心拍数(HR)の変化

前戯中には、安静時と比べて心拍数が4-8拍/分(8-13%)増加しました。この増加は統計的に有意でした(P<0.01-0.02)。刺激からオーガズムにかけては、男性上位の性交で最も大きな心拍数上昇(平均28拍/分、40%増)が観察されました。

オーガズム時の平均心拍数は、男性上位の性交で平均127±23 bpm、最大67%HRmax(最大心拍数に対する割合)に達しました。一方、非性交的活動では54%HRmaxと低い値でした。この違いは統計的に有意(P=0.02)で、性行為の種類によって心臓への負担が異なることを示しています。

心圧積(RPP)の変化

心圧積(心拍数×収縮期血圧)は、心筋の酸素需要を反映する重要な指標です。前戯中には安静時と比べて1,500-2,300 beats/min×mmHg(15-24%)の増加が見られました(P<0.01)。

オーガズムではさらに増加して、man-on-topでは平均21,200(最大の68%)に達しました。他の行為ではいずれも17,700〜18,600の範囲に収まりました。活動間のRPPの絶対値差は統計的に有意ではなかったものの、man-on-topが最も高い傾向にありました。

酸素摂取量(Vo₂)の変化

前戯中のVo₂は安静時と比べて0.6-1.0 mL/min/kg(13-25%)増加し(P<0.01-0.03)、刺激からオーガズムにかけては男性上位の性交で最も大きな増加(6.7 mL/min/kg、134%増)が見られました。

METs(代謝当量)に換算すると、刺激からオーガズムにかけての平均的なエネルギー消費は以下の通りです:

  • パートナーによる刺激:1.7 METs
  • 自己刺激:1.8 METs
  • 女性上位の性交:2.5 METs
  • 男性上位の性交:3.3 METs

男性上位の性交と女性上位の性交ではVo₂に統計的に有意な差(P=0.02)があり、体位によってエネルギー消費が異なることが明らかになりました。

参考

  • 平地歩行(3km/h):3 METs
  • やや速歩(5.6km/h):4.3 METs
  • かなり速歩(6.4km/h):5 METs
  • ゆっくりジョギング:6 METs
  • ジョギング:7 METs

活動時間の特徴

性行為中の心臓代謝負荷の上昇は比較的短時間でした。刺激の平均持続時間は自己刺激で3分6秒、他の活動で5分26秒から5分52秒でした。オーガズム自体の持続時間は10-16秒と非常に短く、その後は速やかに安静時の値に戻りました。

臨床的意義:心臓病患者への具体的なアドバイス

この研究から得られる最も重要な示唆は、「性行為は、健康な成人にとって軽度から中等度の有酸素運動に相当する」ということです。
この研究から得られた知見は、心臓病患者のリハビリテーションにおいて極めて実践的なアドバイスを提供します。

1. 前戯の重要性
前戯により心拍数や酸素消費量が緩やかに上昇することは、急激な心臓負荷を避ける上で有益です。医師は患者に、十分な前戯時間を取るよう指導すべきです。

2. 性行為の種類による負荷の違い
非性交的活動(パートナーによる刺激や自己刺激)は性交に比べて心臓負荷が低い(1.7-1.8 METs vs 2.5-3.3 METs)ため、心臓リハビリテーションの初期段階ではこれらの活動を推奨できます。

3. 体位の選択
男性上位の性交は最もエネルギー消費が高い(3.3 METs)ため、心機能が低下している患者には女性上位の体位を勧めることが合理的です。ただし、個人差が大きいため(男性上位の性交で2.0-5.4 METsの幅)、個別の評価が必要です。

4. 運動耐容能の向上
研究チームは、運動トレーニングで最大心拍数やVo₂maxを向上させることが、性行為中の相対的負荷を減らすと指摘しています。心臓リハビリテーションプログラムに有酸素運動を取り入れることは、性生活の質の改善にも寄与します。

結論:個別化された医療アドバイスの必要性

この研究は、性行為の心臓代謝負荷が軽度から中等度の運動に相当することを明らかにしました。特に、性行為の種類や体位によって負荷が異なり、個人差も大きいことが分かりました。これらの知見は、心臓病患者に対して「性行為=階段2階分」といった単純な比喩ではなく、個別化された具体的なアドバイスを提供する根拠となります。

医療従事者は、患者の心機能や好みに応じて、適切な性行為の形態や体位を提案できるようになりました。また、運動耐容能を高めることが性生活の質の改善にもつながることを説明できます。この研究は、心臓病後の生活の質(QOL)向上に大きく貢献するものでした。

参考文献

Bohlen JG, Held JP, Sanderson MO, Patterson RP. Heart Rate, Rate-Pressure Product, and Oxygen Uptake During Four Sexual Activities. Arch Intern Med. 1984;144(9):1745-1748. doi:10.1001/archinte.1984.00350210079016

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