はじめに
起立時に襲う激しい眩暈、慢性的な疲労、そして頭の中に霧がかかったようになるブレインフォグ。これらの症状に悩まされながらも、病院の検査で血圧や心拍数が正常であるため、「気のせい」や「精神的なもの」と片付けられた経験を持つ人は少なくありません。現代の医療において、起立性調節障害(
orthostatic intolerance;OI)や、新型コロナウイルス感染症の後遺症であるlong COVID、筋痛性脳脊髄炎/慢性疲労症候群(myalgic encephalomyelitis/chronic fatigue syndrome;ME/CFS)の患者数は増加しています。しかし、従来のバイタルサイン測定だけでは、これらの疾患の本態を見落とす危険性があることが明らかになりました。
脳は、全体重の2%未満というわずかな重量でありながら、全身の酸素消費量の20%を占める非常に大食いな臓器です。脳はエネルギー源であるATPの産生を酸素依存的なグルコース代謝に完全に依存しており、血液からの酸素抽出能を大幅に引き上げる能力を持たないため、正常な機能を維持するには常に安定した脳血流(cerebral blood flow;CBF)が不可欠となります。本稿では、最新のレビュー論文をもとに、起立性低灌流という共通の病態生理と、それを可視化する画期的な医療技術について解説します。
従来の診断基準に潜むブラインドスポットと本研究の新規性
これまで、起立性の自律神経機能障害は、主に血圧の低下や心拍数の急上昇といった、測定が容易な代位指標(プロキシ)に頼って診断されてきました。代表的なものが、心拍数が過剰に増加する体位性頻脈症候群(postural orthostatic tachycardia syndrome;POTS)や、血圧が降下する起立性低血圧(orthostatic hypotension;OH)です。
しかし、本研究が提示する最大の新規性は、ロングCOVIDやME/CFSといった多くのOI症候群において、血圧や心拍数が完全に正常であるにもかかわらず、脳血流が劇的に低下している事実を明確に突き止めた点にあります。従来の臨床アプローチでは、血圧や心拍数に異常がない場合、「血液動態の異常なし」と誤って結論付けられ、適切な治療や支援の手から漏れてしまうケースが多発していました。本研究は、これらすべての自律神経障害、ひいてはロングCOVIDやME/CFSの根底にある共通の病態生理が「起立性脳低灌流」であることを示し、血流そのものを直接評価することの重要性を提唱しています。
起立時における脳血流調節の緻密なメカニズム
健康人
健康な人間の体では、仰臥位から起立する際、重力によって血液が下半身へ移動し、一時的に前負荷が減少して心拍出量が低下します。これに伴い脳血流も瞬間的に減少するため、立ち上がった直後に軽い眩暈を感じることがあります。この変動を感知するのが、大動脈弓や頸動脈洞に位置する圧受容器です。圧受容器が自律神経系(交感神経)を活性化させ、内臓血管の収縮や心拍数の増加を引き起こすことで、心拍出量は速やかに仰臥位と同等のレベルへと回復します。

OI患者
しかし、OI患者では、骨格筋ポンプの機能不全や内臓血管の収縮不全により、下半身への静脈血の貯留が過剰に進行します。その結果、起立時に中心血液量、心拍出量、一回拍出量が著しく減少し、交感神経系が過剰に駆動されて頻脈やカテコールアミンの過剰放出を招きます。
脳灌流圧(cerebral perfusion pressure;CPP)
ここで重要となるのが、脳灌流圧(cerebral perfusion pressure;CPP)という指標です。CPPは頭部の静脈圧水準における圧力勾配であり、平均動脈圧から頭蓋内圧を差し引いたもの(CPP = 平均動脈圧 − 頭蓋内圧)として定義されます。ただし、この関係が成り立つのは頭部と心臓の高さが等しい仰臥位のときだけです。起立位では頭部が心臓よりも高い位置にあるため、重力のハイドロスタティック
hydrostatic(流体静圧)効果を考慮しなければなりません。
起立で、頭部は約21.4 mm Hgの血圧低下
流体物理学の基本であるベルヌーイの定理に基づくと、心臓と脳の平均的な距離を29cmと仮定した場合、起立によって頭部で測定される血圧は、心臓の高さに比べて大幅に低下します。その減少幅は、血液の密度、重力加速度、高さを掛け合わせることで算出できます。具体的な数式で表すと、以下のようになります。
圧力変化 = 血液の密度(1000 kg/m3) × 重力加速度(9.81 m/s2) × 柱の高さ(0.29 m) = 11960 Pa = 21.4 mm Hg
つまり、起立するだけで、重力の影響により頭部では約21.4 mm Hgもの血圧低下が物理的に発生しているのです。この決定的な圧力差が、これまでの臨床現場では姿勢による影響として誤って無視されてきました。
静的自動調節能と動的自動調節能
この中心灌流圧の低下に対し、脳は脳血管抵抗を変化させることで脳血流を一定に保とうとします。脳血管抵抗が高まれば脳血流は減少し、血管抵抗が下がれば脳血流は増加します。脳血流、中心灌流圧、圧力変化、脳血管抵抗の関係は、次の関係式で表されます。
脳血流 = (中心灌流圧 − 圧力変化) / 脳血管抵抗
さらに脳には、平均血圧が60から160mm Hgという広い範囲で変動しても脳血流を一定に維持する「脳血管自動調節能(cerebral autoregulation)」が備わっています。これには定常的な血圧変化に対応する静的自動調節能と、体位変換や呼吸操作、薬剤投与による急激な血圧変動に対応する動的自動調節能があります。
最新の解析では、この自動調節能が効果的に働く血圧の変動幅は意外にも狭く(10%程度)、血圧の低下よりも上昇に対してより効果的にバッファリング(緩衝)することが分かっています。自律神経障害を持つ患者では、静的な自動調節能が保たれていても、急激な動的血圧変化を代償しきれず、脳血流が血圧の下降に引きずられるように急落し、立ち眩みや失神を引き起こします。
各疾患における血流低下の実態 「起立性脳低灌流」
各種の臨床研究データを精査すると、驚くべき数値が浮かび上がってきます。
ME/CFS患者 26%の脳血流低下
まず、慢性的な疲労を主訴とするME/CFS患者を対象に、頸動脈および椎骨動脈の血流を測定した研究では、起立試験の終了時において、健康な対照群の脳血流低下がわずか7%であったのに対し、ME/CFS患者では26%もの著しい脳血流減少が観察されました。さらに、ME/CFS患者の90%が、健康な人の平均的な低下幅より2標準偏差(SD)以上も低い指標である「13%以上の脳血流低下」を記録しました。驚くべきことに、これらの脳血流障害を示したME/CFS患者のうち、58%(429人中247人)は心拍数も血圧も完全に正常範囲内でした。つまり、脳血流を測定しなければ、半数以上の患者が「客観的に正常」と誤診されていたことになります。
ロングCOVID患者 33%の脳血流低下
次に、ロングCOVID患者を対象とした研究でも同様の事態が報告されています。ある小規模研究では、起立試験において健康な対照群の脳血流低下が3%にとどまったのに対し、ロングCOVID患者では20%の低下を記録しました。また別の研究では、ロングCOVID患者で33%もの脳血流低下が確認されています。この研究において、ロングCOVID患者の89%に小繊維神経障害が認められ、これが血管収縮を損なって前負荷および心拍出量を低下させ、最終的に脳血流不全を招いていることが示唆されました。そして、ここでも症状のあるロングCOVID患者の67%が、起立性頻脈も起立性低血圧も示さなかったのです。
POTS患者 健康な対照群の2倍の脳血流低下
POTS患者においても、脳血流の低下は深刻です。POTS患者は、血圧が安定している状態であっても、起立時に健康な対照群の2倍に及ぶ脳血流低下を示します。また、心拍数の増加や過換気が始まるよりも前に脳血流の低下が先行して発生することから、脳血流の減少自体がPOTSの病態を駆動している可能性が示されています。
これらのデータは、疾患の診断名がPOTS、ME/CFS、OCHOS(起立性脳低灌流症候群)、あるいはロングCOVIDと異なっていても、その多くが「起立性脳低灌流」という共通の病態を抱えていることを物語っています。
最新の脳血流測定技術:そのメリットと限界(Limitation)
現在、臨床および研究で使用されている主な脳血流測定技術には、それぞれ一長一短があります。
経頭蓋ドップラー(transcranial Doppler ultrasound;TCD)超音波検査
TCD (transcranial Doppler ultrasound)は、低周波(2 MHz以下)のトランスデューサープロベを用いて、頭蓋骨の薄い骨の窓(経頭蓋ウィンドウ)から中大脳動脈(MCA)に超音波を照射し、移動する赤血球からの反射によるドップラーシフトを解析する技術です。ヘッドギアを用いてプロベを固定できるため、起立に伴う連続的な血流速度の変化を高時間分解能で捉えられ、失神直前の急激な変化を監視できるのがメリットです。
しかし、これは総脳血流そのものではなく、あくまで「血流速度」を測定する代位指標です。血管の直径が一定であること、照射角度が固定されていること、単一のMCAの血流が全4本の脳動脈を代表していること、という前提条件を置いていますが、これらは時に不確実です。さらに最大の限界(Limitation)として、検査技師のスキルによるデータのばらつきが大きく、さらに全人口の10%から20%の割合で頭蓋骨が厚すぎて超音波が透過しない「 acoustic window欠損」が存在するため、万人に適用できるわけではありません。
体外頭蓋脳血流超音波検査(extracranial cerebral blood flow ultrasound)
TCDの弱点を克服するために用いられるのが、頭蓋骨に入る前の4本すべての脳動脈(内頸動脈と椎骨動脈)を直接測定する手法です。Bモード画像とパルスドップラーを併用し、血管径と血流速度から血流量(mL/min)を算出します。TCDのような血管径不変の仮定や、厚い頭蓋骨による測定不能問題(10%〜20%の不透過)が存在せず、真の総脳血流に最も近い高精度な測定が可能です。
しかし、この技術の限界(Limitation)は、4本の血管を順番に測定するのに1から2分かかるため、時間分解能が低く、失神のような一過性の急激な変化を捉えられない点にあります。また、自動で流量計算を行う商業用システムが普及していないため、煩雑な手動のポストプロセッシング(後処理)が必要となり、技師の負担とスキルのばらつきが導入の障壁となっています。
近赤外分光法(near- infrared spectroscopy;NIRS)
前頭部に近赤外線を照射し、オキシヘモグロビンとデオキシヘモグロビンの吸光度差から組織酸素飽和度を測定する技術(脳オキシメトリー)です。プロベを貼るだけで技師を必要としない手軽さがあります。
しかし、起立時に頭皮の浅在性血流のノイズを拾ってしまうことや、姿勢変化による組織のズレの影響を受けやすく、OI患者と健康な人の組織酸素飽和度の低下幅に有意な差を検出できないという、診断的特異性の低さが致命的な限界(Limitation)です。
インイヤー式脈波分析(In-ear pulse-wave analysis)ウェアラブルデバイス
近年登場した新しい技術で、外耳道内に装着し、外頸動脈の枝である後耳介動脈に赤外線を照射して脈波の充満度から相対的な血流インデックスを推定します。遠隔医療や日常のモニタリングに活用できる革新的なポテンシャルを持っています。
しかし、これも直接的な脳血流測定ではなく、さらに過換気などによる局所的な頭蓋内血管収縮が発生した場合、外頸動脈の挙動が内頸動脈(脳組織へ向かう血流)の挙動と乖離するという理論的限界(Limitation)があります。また、耳の形状の個体差により、約10%の症例でデバイスが適合しないという課題もあります。

明日からの実践:隠れた低灌流から身を守るアプローチ
この論文の知見から、私たちが明日から医療現場や日常生活で実践できる具体的なアプローチを提案します。
- バイタルサインに騙されない批判的吟味の徹底
もしあなたや周囲の人が、起立時の強い疲労やブレインフォグに悩まされており、かつ病院での標準的な血圧・心拍数測定で「異常なし」と言われたとしても、そこで諦めないでください。データが示す通り、最大で58%のOI患者、67%のロングCOVID患者がバイタルサイン正常でありながら、脳血流が20%から33%も低下している可能性があります。主治医に対し、「血圧が正常でも脳血流が低下している病態(OCHOSなど)の可能性」を主体的かつ論理的に相談することが重要です。 - 重力影響(21.4 mm Hgの低下)を抑える体位の工夫
物理的計算で示された通り、人間は起立するだけで頭部の血圧が約21.4 mm Hg低下します。自律神経機能が低下している場合、この低下をリカバーするのに時間がかかります。朝起き上がる際や、椅子から立ち上がる際は、一気に立ち上がらず、段階的に体位を変える(まずベッドの上で座る、次に足を下ろす、その後にゆっくり立ち上がる)ことで、動的自動調節能の遅れによる脳血流の急激な破綻を防ぐことができます。 - 骨格筋ポンプの活性化
起立性低灌流の大きな原因の一つは、下半身への過剰な血液貯留です。これを防ぐため、立位を保持しなければならない状況では、足首を動かす、ふくらはぎに力を入れる、足を交差させるといった、骨格筋ポンプを意識的に駆動する行動を明日からすぐに実践してください。これにより、心臓への還流血液量を維持し、間接的に脳血管抵抗の悪化を防ぐことができます。
参考文献
Muhammad Shahzeb Khan, Amanda J. Miller, Arooba Ejaz, Jeroen Molinger, Parag Goyal, David B. MacLeod, Ashley Swavely, Elyse Wilson, Meghan Pergola, Harikrishna Tandri, Camille Frazier Mills, Satish R Raj, Marat Fudim. Cerebral Blood Flow in Orthostatic Intolerance. Journal of the American Heart Association. 2025;14:e036752. DOI: 10.1161/JAHA.124.036752.

