はじめに
注意欠如・多動症( attention-deficit and hyperactivity disorder;ADHD)は、発達神経学的な疾患であり、児童期に診断されることが多いが、その影響は成人期にも及ぶ。成人の約2.8%がADHDを抱えていると推定されている。ADHDは単なる「注意散漫」や「落ち着きのなさ」にとどまらず、学業・職業の困難、精神疾患の併存、さらには身体的健康リスクとも関連している。近年、ADHDと寿命の関係に関する研究が進んでおり、本稿では英国の大規模コホート研究(O’Nions et al., 2025)を基に、ADHD診断成人の平均余命と健康リスクについて解説する。
研究概要:英国における大規模コホート解析
本研究は、英国のプライマリケアデータを用いたマッチドコホート研究であり、18歳以上のADHD診断者30,039人と、年齢・性別・プライマリケア診療所をマッチングさせた比較群300,390人を対象に、2000年から2019年までの最大19年間の追跡調査を行った。分析にはポアソン回帰モデルと生命表法が用いられ、ADHD診断群と比較群の死亡率・平均余命・死亡リスクが評価された。
結果として、ADHD診断者の平均余命は男性で73.26年、女性で75.15年であり、比較群よりも男性で6.78年(95% CI: 4.50-9.11)、女性で8.64年(95% CI: 6.55-10.91)短縮していた。
また、ADHD診断者の死亡率は、男性で1.89倍(95% CI: 1.62-2.19)、女性で2.13倍(95% CI: 1.79-2.53)と有意に高かった。
ADHD診断者における死亡リスク増加の要因
本研究において、ADHD診断者の寿命短縮の主な要因として、以下の点が挙げられる。
1. 精神疾患との強い関連
ADHD診断者は、以下の精神疾患を併発する確率が高い。
- 不安障害:男性 11.24%(OR: 2.78)、女性 21.93%(OR: 2.38)
- うつ病:男性 14.56%(OR: 3.08)、女性 31.22%(OR: 2.63)
- 重度精神疾患(SMI):男性 3.02%(OR: 6.70)、女性 4.61%(OR: 8.35)
- 自傷行為・自殺リスク:男性 10.41%(OR: 5.80)、女性 18.99%(OR: 4.83)
特に自傷行為と自殺のリスクは5倍以上と著しく高く、精神的健康管理が極めて重要である。
2. 生活習慣と健康リスク
ADHD診断者は、以下の生活習慣リスクが有意に高かった。
- 喫煙率:男性 40.20%(比較群 20.08%)、女性 42.21%(比較群 25.33%)
- 過度のアルコール摂取:男性 7.34%(比較群 3.55%)、女性 6.84%(比較群 4.00%)
これらは動脈硬化の促進、心血管疾患リスクの増大に直結する。
3. 心血管疾患の発症リスク
ADHD診断者は、
- 糖尿病:男性 1.54%(OR: 1.17)、女性 3.72%(OR: 1.52)
- 高血圧:男性 1.51%(OR: 1.27)、女性 4.59%(OR: 1.27)
- 虚血性心疾患:男性 0.38%(OR: 1.30)、女性 1.11%(OR: 1.52)
と、心血管系のリスク因子を有意に高く示している。これが平均余命の短縮に寄与している可能性が極めて高い。
4. 社会経済的困難
ADHD診断者は、
- 低所得層に属する割合が高い
- 失業率が高い
- 教育機会の不足に直面しやすい
などの社会経済的要因によって、適切な医療へのアクセスが制限される可能性がある。
ADHDの生理学的基盤
これらの分子生物学的なメカニズムは、ADHDを持つ人々の行動特性や健康リスクにも影響を与える可能性があり、例えば、ドーパミン機能の低下は、報酬系の障害を引き起こし、喫煙や薬物使用などのリスク行動を増加させる可能性が考えられる。
このような分子生物学的な視点は、ADHDを持つ人々の寿命短縮を理解する上で重要な手がかりとな得る。
1. ドーパミン系の異常
- ADHDの患者では、前頭前野のドーパミン濃度が低下していることが報告されている(Volkow et al., 2009)。
- メチルフェニデート(リタリン)などの薬剤はドーパミントランスポーター(DAT)を阻害し、シナプス間隙のドーパミン量を増加させることで治療効果を発揮する。
2. ノルアドレナリン系の関与
- ADHD患者の脳ではノルアドレナリン(NA)の機能不全も確認されており、注意の維持に影響を及ぼす。
- アトモキセチン(ストラテラ)は、ノルアドレナリン再取り込み阻害薬(NRI)として作用し、注意機能の改善をもたらす。
3. 遺伝的要因
- ADHDの遺伝率は約70-80%とされており、DRD4(ドーパミン受容体D4)、DAT1(ドーパミントランスポーター)などの遺伝子変異が関連している(Faraone et al., 2005)。
- ADHDの発症には環境要因(低出生体重、母体の喫煙・アルコール摂取など) も影響する。
ADHDは単なる行動の問題ではなく、脳の神経伝達に関連する分子生物学的な異常が関与していると考えられている。
実践的な提言:ADHD診断者の健康管理
本研究の知見を踏まえ、ADHD診断者やその支援者が実践すべき具体的な対策を以下に示す。
1. 早期診断と適切な治療の確立
ADHDの早期診断と治療は、健康リスクを軽減する可能性がある。メチルフェニデートやアトモキセチンなどの薬物治療が、ADHD症状のみならず、健康リスクの低減にも寄与する可能性がある(Cortese et al., 2018)。
2. 精神疾患のスクリーニングと介入
ADHD診断者にはうつ病、不安障害、自殺リスクに対する定期的なスクリーニングを行い、必要に応じて早期介入を実施する。
3. 心血管疾患リスクの管理
ADHD診断者に対しては、禁煙支援、食事指導、運動習慣の確立などを積極的に行うことが求められる。
4. 社会的サポートの強化
- ADHD診断者が医療・福祉制度を活用できるよう情報提供を行う。
- 就労支援や教育支援を充実させることで、社会的困難を軽減する。
結論
本研究は、ADHD診断成人の平均余命が短く、特に精神疾患、心血管疾患、社会的困難がその要因であることを明確に示した。この知見をもとに、医学的介入・生活習慣改善・社会的支援の充実が求められる。今後の研究と医療政策の進展が、ADHD診断者の健康とQOLの向上につながることが期待される。
参考文献
O’Nions, E., et al. (2025). Life expectancy and years of life lost for adults with diagnosed ADHD in the UK: matched cohort study. The British Journal of Psychiatry. https://doi.org/10.1192/bjp.2024.199
追記:ADHDの診断
「ADHDっぽい」など気軽に表現されることが少なくありません。正式にはどのように診断されるのか確認しておきましょう。
一般的に、ADHD(注意欠如・多動症)の診断は、主に国際的な診断基準に基づいて行われます。代表的な診断基準には以下の2つがあります。
1. DSM-5(精神障害の診断と統計マニュアル, 第5版)
アメリカ精神医学会(APA)が定める基準で、世界中の臨床現場で広く用いられています。ADHDは以下の3つのタイプに分類されます。
- 不注意優勢型(Predominantly Inattentive Presentation)
- 多動・衝動優勢型(Predominantly Hyperactive/Impulsive Presentation)
- 混合型(Combined Presentation)
診断基準(成人の場合)
成人ADHDの診断には、以下の9つの不注意症状と9つの多動・衝動性症状のうち、それぞれ 5つ以上が6か月以上持続している 必要があります。
A. 不注意症状(9項目)
- 細かい注意が欠け、ミスが多い
- 課題や活動に集中し続けることが困難
- 話しかけられても聞いていないように見える
- 指示に従えず、課題を完了できない
- 課題や活動の整理が苦手
- 精神的努力を要する課題を避ける・嫌がる
- 物を頻繁になくす
- 外部刺激で気が散りやすい
- 日常生活で忘れっぽい
B. 多動・衝動性症状(9項目)
- 手足を動かす・座っていられない
- 必要のない場面で動き回る
- 静かに活動できない
- じっとしていられず動き続ける
- 話しすぎる
- 質問が終わる前に答えてしまう
- 順番を待つのが苦手
- 他人の活動を邪魔する
- 社会的ルールに適応できない
C. その他の診断要件
- 症状が 12歳以前から 存在していたこと
- 2つ以上の環境(家庭・職場・学校など) で症状が認められること
- 他の精神疾患では説明できないこと
2. ICD-11(国際疾病分類, 第11版)
世界保健機関(WHO)が定める基準で、DSM-5とほぼ同様の診断基準を採用していますが、ADHDを「発達神経学的障害(Neurodevelopmental Disorders)」として分類しています。
ICD-11における診断基準
- 不注意、多動性・衝動性のいずれか、または両方の症状が持続
- 文化や年齢に見合わない症状 であること
- 6か月以上持続し、日常生活や社会適応に著しい影響 を及ぼしていること
ICD-11では、症状の重症度(軽度・中等度・重度)を考慮し、診断を下す点が特徴的です。
ADHDの診断プロセス
ADHDの診断は、単なる自己申告ではなく、多角的な評価によって行われます。主な診断プロセスは以下の通りです。
1. 問診と病歴の評価
- 患者本人や家族、教師などから発達歴・行動歴・現在の症状を聴取
- 12歳以前からの症状があるかを確認
- 生活への影響(職場・家庭・社会関係など)を評価
2. 標準化された診断ツール
ADHDの診断には、以下のような標準化されたスクリーニングツールが用いられることが多い。
- Conners’ Adult ADHD Rating Scale(CAARS)(成人向け)
- ADHD Rating Scale(ADHD-RS)(子供向け)
- Wender Utah Rating Scale(WURS)(成人の幼少期の症状評価)
3. 神経心理学的検査
認知機能や注意の持続力、衝動制御の評価のため、以下の検査を実施することもある。
- WAIS-IV(Wechsler Adult Intelligence Scale-IV):知能指数(IQ)の測定
- TOVA(Test of Variables of Attention):持続的注意の評価
- CPT(Continuous Performance Test):反応の一貫性を測定
4. 除外診断
ADHDに類似する以下の疾患を除外するため、精神科や神経科の評価が必要。
- うつ病・双極性障害
- 自閉スペクトラム症(ASD)
- 睡眠障害(睡眠時無呼吸症候群など)
- 甲状腺機能異常
- PTSD(心的外傷後ストレス障害)