心血管疾患(CVD)は世界的に最も一般的な死因の一つであり、その予防は医療・公衆衛生の分野で最重要課題とされています。本論文では、英国バイオバンクのデータを用いて、炭水化物摂取の質と摂取源がCVDリスクに及ぼす影響を詳細に分析しました。その結果、炭水化物の種類や摂取源が疾患リスクに大きな影響を与えることが明らかになり、特に遊離糖(free sugars)と食物繊維(fibre)の摂取量が重要であることが示されました。
遊離糖:甘美な誘惑が招く危険
遊離糖とは、食品に添加された糖分や、ハチミツやフルーツジュースなどに含まれる単糖類や二糖類を指します。本研究では、遊離糖の摂取量がCVD、虚血性心疾患(IHD)、および脳卒中のリスク増加と関連することが確認されました。具体的には、エネルギー摂取量の5%増加につき、CVDの発症リスクが7%(HR 1.07, 95% CI 1.03–1.10)、IHDが6%(HR 1.06, 95% CI 1.02–1.10)、そして脳卒中が10%(HR 1.10, 95% CI 1.04–1.17)増加しました。
また、遊離糖の摂取量は、血中トリグリセリド濃度の上昇とも関連していました。遊離糖がエネルギー摂取量の5%増加するごとに、トリグリセリド濃度は3.04%上昇し、特に非常に低密度リポタンパク(VLDL)粒子内で最も顕著な上昇(+10.12%)が見られました。この現象は、VLDLによる脂質輸送の乱れを通じて動脈硬化性疾患のリスクを高める可能性を示唆します。
興味深いことに、遊離糖の過剰摂取による影響は、トリグリセリドの蓄積だけにとどまりません。一部の分子生物学的研究では、遊離糖が肝臓でのデノボ脂質合成を促進し、インスリン抵抗性や慢性的な炎症を引き起こすことが示されています。これらの因子が組み合わさることで、CVDのリスクがさらに増加する可能性があります。
食物繊維:保護因子としての役割
一方で、食物繊維の摂取量はCVDリスクの低下と強く関連していました。食物繊維を5 g/日増加させるごとに、CVDリスクは4%低下(HR 0.96, 95% CI 0.93–0.99)しました。食物繊維の保護効果は、主に以下のメカニズムを通じて説明されます。
- 脂質プロファイルの改善:食物繊維は、腸内でのコレステロール再吸収を抑制し、LDLコレステロール値を低下させます。
- 血糖値の安定化:食物繊維は食後の血糖値上昇を緩やかにし、インスリン感受性を向上させます。
- 腸内環境の改善:食物繊維は短鎖脂肪酸(SCFA)の生成を促進し、腸内炎症を抑制します。
これらの作用が相乗的に働き、CVDの予防に寄与していると考えられます。
さらに、食物繊維を多く含む食品(全粒穀物、野菜、果物)は、他の有益な栄養素(ビタミン、ミネラル、ポリフェノール)も豊富に含んでおり、総合的な健康維持に重要です。
精製穀物と全粒穀物:置換の効果
精製された穀物澱粉(refined grain starch)を全粒穀物澱粉(wholegrain starch)に置き換えることは、CVDリスクを有意に低下させる可能性があります。本研究では、エネルギー摂取量の5%を精製穀物から全粒穀物に置き換えた場合、CVDリスクが6%(HR 0.94, 95% CI 0.91–0.98)低下することが示されました。この効果は、全粒穀物に含まれる食物繊維や植物性化合物(フィトケミカル)の抗炎症作用や抗酸化作用に起因すると考えられます。
さらに、全粒穀物は血糖応答を抑制する低GI食品であり、インスリン抵抗性や血管内皮機能の改善にも寄与する可能性があります。
実生活への応用:自由糖削減と全粒穀物摂取の推奨
本研究の結果は、国際的な自由糖摂取制限(エネルギー摂取量の5%以下)を支持するものであり、甘いおやつや加糖飲料の摂取を見直す必要性を強調しています。以下の具体的な行動が推奨されます。
- 加糖飲料の代替:炭酸飲料やフルーツジュースを無糖のハーブティーや水に置き換える。
- おやつの選択:砂糖を多く含む菓子類ではなく、ナッツやフルーツなどの自然食品を選ぶ。
- 全粒穀物の摂取:白パンや白米を全粒パンや玄米に置き換える。
また、食物繊維を増やすためには、以下の食品を日常的に取り入れることが有効です:
- 野菜(ブロッコリー、ほうれん草など)
- 豆類(レンズ豆、ひよこ豆など)
- 全粒穀物(オートミール、全粒粉パスタなど)
結論とさらなる展望
本研究は、炭水化物の質と摂取源がCVDリスクに大きく影響することを明確に示しました。自由糖の過剰摂取はトリグリセリド濃度の上昇を通じてCVDリスクを増加させる一方、食物繊維の摂取や精製穀物から全粒穀物への置換は予防効果をもたらします。
現代社会では、甘い誘惑に満ちた環境が避けられない中で、このような科学的知見を活用し、意識的な食事選択を行うことが求められます。本研究の結果を踏まえた政策的な取り組みや個々人の行動変容が、心血管健康の向上につながることを期待します。
参考文献
Kelly RK, Tong TYN, Watling CZ, Reynolds A, Piernas C, Schmidt JA, Papier K, Carter JL, Key TJ, Perez-Cornago A. Associations between types and sources of dietary carbohydrates and cardiovascular disease risk: a prospective cohort study of UK Biobank participants. BMC Med. 2023 Feb 14;21(1):34. doi: 10.1186/s12916-022-02712-7. PMID: 36782209; PMCID: PMC9926727.