運動誘発性房室ブロック

失神、意識消失

心臓の鼓動は、電気信号が正確に伝わることで成り立っています。しかし、その伝達が途絶えたとき、健康な人でも重大なリスクを背負うことになります。特に運動中に発生する房室ブロック(AVブロック)は、専門家による迅速な対応が不可欠です。ここでは、最近の研究をもとに運動誘発性房室ブロックのメカニズム、診断、治療法について解説します。

房室ブロックとは?

房室ブロックは、心房から心室への電気信号の伝導が遅延、あるいは完全に遮断される状態を指します。この状態は1度、2度、高度(進行型)、そして3度(完全)に分類され、重症度によって異なります。生理的な要因によるものもあれば、病的な要因によるものもあります。

  • 生理的房室ブロック:副交感神経活動の増加により一時的に起こることがあります。たとえば、休息中、睡眠時、または頸動脈洞マッサージ中に見られることがあります。
  • 病的房室ブロック:伝導系の線維化や硬化、または心筋炎や冠動脈疾患など、深刻な基礎疾患が原因となります。原因が特定できない場合は「特発性」とされます。

運動誘発性房室ブロックのメカニズム

運動時、心拍数の増加に伴い、通常は心電図のPR間隔が短縮します。これは交感神経の活動が高まり、心臓の電気伝導が加速するためです。しかしながら、運動中に房室ブロックが発生する場合、これは通常とは異なる病的な伝導系の異常を示唆します。

特に、2度以上の房室ブロックが運動中に観察された場合、伝導系の下位(房室結節以下)の障害を疑うべきです。このようなケースでは心筋虚血や冠動脈スパズムの可能性もあり、迅速な診断が求められます。

運動心電図検査の重要性

運動誘発性房室ブロックの診断には運動心電図検査が有用です。

  • 上位結節性(生理的)ブロック:運動によって改善する。
  • 下位結節性(病的)ブロック:運動によって悪化する。

この区別は治療方針を決定する上で極めて重要です。また、アトロピン硫酸塩の投与により、ブロックの生理的か病的かを判別する補助的な方法もあります。

運動誘発性房室ブロックの原因

心筋虚血や冠動脈スパズムの可能性もありますが、一方で遺伝的要因が関与する場合もあります。
運動誘発性房室ブロックは、心臓の電気伝導系を構成する特殊な細胞、特に房室結節やヒス束の細胞が損傷を受けることで発生します。これらの細胞は主にナトリウムチャネル(SCN5A)やラミンA/C(LMNA)といった遺伝子に深く関係しています。

近年の研究では、家族性伝導障害の背景にSCN5AやLMNAの変異が関与していることが明らかになっています。このような遺伝子異常がある場合、運動中の心筋細胞へのストレスが電気信号の遮断を引き起こす可能性があります。さらに、心サルコイドーシス患者の約10-20%がペースメーカー植込み後に診断されることから、基礎疾患の精査が不可欠です。

臨床症例:運動による失神と2:1房室ブロック

興味深いケースとして、ある患者が運動中の失神を主訴に受診し、運動心電図検査で2:1房室ブロックが確認されました。この患者には基礎疾患がなく、ペースメーカーを植込むことで症状は完全に消失しました。この事例は、ペースメーカー治療の有効性を示すとともに、運動中の房室ブロックの診断と治療の重要性を強調しています。

治療方針

運動誘発性房室ブロックが確認された場合、以下の対応が推奨されます。

  1. 基礎疾患の精査:心筋虚血や冠動脈スパズム、心サルコイドーシスなどの鑑別診断を行います。
  2. ペースメーカー植込み:日本循環器学会のガイドラインでは、無症候性であっても2度または高度の房室ブロックが運動やアトロピン投与で悪化する場合、ペースメーカー植込みをクラスIIaとして推奨しています。

最後に

運動中のめまいや失神は、一見軽視されがちな症状ですが、その裏に重大な心疾患が潜んでいる可能性があります。特に運動誘発性房室ブロックは早期発見が鍵となります。しかし、ペースメーカーを含む適切な治療を受けることで、多くの患者が正常な生活を取り戻しています。もし運動中の症状に不安を抱えている場合は、早めに専門医に相談してください。

参考文献

  1. Aizawa Y, Kawamura A. Exercise-induced Atrioventricular Block. Intern Med. 2021;60:827-828. doi: 10.2169/internalmedicine.6150-20.
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