家事と高血圧リスクの関係;家事やりすぎは高血圧になる!?

生活環境

はじめに

近年、身体活動と高血圧の関係は数多く検討されています。しかし、その多くはジョギングや水泳、ジムトレーニングといった「レジャー活動」を対象にしており、日常生活に密接な「家事活動(Domestic Physical Activity: DPA)」については、意外なほど見過ごされてきました。

例えば中国では、レジャー活動を日常的に行っている人はわずか10%未満です。発展途上の国々では、掃除や洗濯、育児、買い物といった日常的な家事活動が主要な身体活動になっています。今回ご紹介する中国の全国規模のコホート研究は、まさにこの「家事活動」が高血圧リスクに与える影響を科学的に検証したものです。

研究概要:9,254名を最長18年追跡した大規模コホート

この研究は「China Health and Nutrition Survey(CHNS)」のデータを基にしています。1997年から2015年までの7回の調査データを統合し、ベースラインで高血圧がない18歳以上の9,254名(男性43%、平均39.5歳)を対象に、平均8年間(総追跡期間81,996人年)追跡しています。

家事活動は、5種類(食料購入、調理、洗濯、育児、掃除)について、1週間あたりの活動時間を調査し、活動強度を示すMET(Metabolic Equivalent of Task)を用いて、週あたりのMET時間(MET-hours/week)として定量化しています。食料購入2.3MET、掃除3.0METなど、個別の活動強度にも細かく目を向けています。※MET-hours/weekに関しては、下で解説しています。

新規高血圧発症の定義は、収縮期血圧140mmHg以上、拡張期血圧90mmHg以上、医師による高血圧診断、または降圧薬服用のいずれかを満たす場合としています。

主な結果:家事活動と高血圧リスクの逆J字型曲線

81996人年の追跡期間中に、2892人が新規高血圧を発症しました。解析の結果、家事活動量と新規高血圧リスクの関係には、興味深い逆J字型のパターンが認められました。具体的には、家事活動量が30〜90MET-hours/weekの範囲にある群で、最も新規高血圧の発症リスクが低下していました。

男性の場合、30〜90MET-hours/week群を基準とした新規高血圧のリスクは、10MET-hours/week未満の群で2.15倍(95%CI: 1.78-2.59)、10〜30MET-hours/week群で1.28倍(95%CI: 1.06-1.54)に上昇していました。一方、90 MET時間/週以上のグループでは、リスク上昇傾向はあるものの、有意ではありませんでした(1.30倍(95%CI: 0.90-1.86))。

女性でも同様の傾向が認められ、30〜90MET-hours/week群に比べて、10MET-hours/week未満では4.88倍(95%CI: 3.89-6.13)、10〜30MET-hours/weekで2.05倍(95%CI: 1.83-2.30)、90MET-hours/week以上では1.39倍(95%CI: 1.11-1.74)と、極端に少ないまたは多すぎる家事活動がいずれも高血圧リスクを上昇させていました。

考察:逆J字型のパターンの機序

家事活動量と新規高血圧リスクの関係には、興味深い逆J字型のパターンが認められました。

適度な家事活動が高血圧リスクを低下させるメカニズムとしては、以下のような生理学的効果が考えられます。

・適度な活動による抗酸化酵素の活性化と一酸化窒素(NO)産生の増加
・血管内皮機能の改善
・交感神経活動の抑制と副交感神経優位化
・ストレスホルモン(コルチゾール)分泌の抑制

一方で、90MET-hours/weekを超える過剰な家事活動が高血圧リスクを上昇させる背景には、以下のような要因が複合的に関与している可能性があります。

・慢性的な身体的ストレスによる交感神経過活動
・局所的な筋疲労と酸化ストレス亢進
・休息時間の不足による自律神経の乱れ
・心理的ストレスの増加
・女性ではホルモンバランスや体脂肪分布への影響

特に女性では、家事活動の割合が総身体活動の中で大きな部分を占め、育児や介護など多重負担も加わるため、影響がより強く出る可能性があります。

新規性と本研究の意義

これまでの身体活動と高血圧リスクに関する研究は、レジャー活動を中心に議論されることがほとんどでした。今回の研究は、生活密着型の家事活動を対象に、活動強度をMETで客観的に評価し、大規模コホートデータから長期的リスクを検証した点で、極めて新規性が高いと言えます。

さらに、家事活動と他の身体活動(職業・移動・レジャー活動)を区別し、各活動の相互作用も検討している点も特徴です。これにより、身体活動全体の中で家事活動が占める位置づけと、その最適な量の目安を提示することに成功しています。

実践への示唆:日常生活の身体活動を見直す

この研究が示唆する実践的なポイントは明確です。
・家事活動が1週間30〜90MET-hoursになるよう、日常生活の活動量を意識する
・掃除や洗濯、買い物などの家事を分散して行うことで、過負荷を避ける
・座りすぎを防ぎ、適度な移動やレジャー活動も取り入れる
・高齢者や女性では特に、過労による高血圧リスクを意識し、周囲のサポートを得ることも重要です

まとめ

本論文は、家事活動と新規高血圧発症リスクとの間に逆J字型の関連があることを明らかにしました。適度な家事活動は高血圧リスクを低下させますが、過度な家事活動はリスクを上昇させる可能性があります。これらの知見は、高血圧の一次予防における家事活動の重要性を強調しており、今後の研究や公衆衛生政策に重要な示唆を与えるものです。

参考文献

Li R, et al. Domestic Physical Activity and New-Onset Hypertension: A Nationwide Cohort Study in China. The American Journal of Medicine. 2022;135(11):1362-1370. DOI:10.1016/j.amjmed.2022.04.023

補足:MET時間(MET-hours/week)とは?

そもそもMETとは何か?

MET(Metabolic Equivalent of Task)は、日本語では「代謝当量」と訳されることが多いです。
これは、安静時(座って安静にしている状態)を1METとして、
「その活動が安静時の何倍のエネルギー消費をしているか」を示す単位です。
例えば、普通の速さのウォーキングは3MET程度で、
「安静時の3倍のエネルギーを使っている」という意味です。

家事活動の具体的MET値はどれくらい?

今回の研究で取り上げられた「家事活動」は以下の5つですが、それぞれの活動には以下のようなMET値が設定されています。

  • 食料購入:2.3MET(ゆっくり歩きながらの買い物を想定)
  • 調理・料理:2.25MET(立って料理する程度の負荷)
  • 洗濯:2.15MET(手洗いも含む作業)
  • 掃除:3.0MET(床掃除や掃き掃除など)
  • 育児:2.75MET(子どもを抱っこしたり、お世話する動作)

MET値に「時間」を掛け算するとMET時間になる

METは「強度」を表す指標です。
これに実際に行った時間(hour)を掛け合わせたものがMET時間(MET-hours)です。
つまり、

MET × 実施時間(時間)= MET-hours(MET時間)

たとえば、以下のケースを考えます。

  • 料理を1日1時間する(週7時間)
  • 買い物を週に2時間する
  • 掃除を週に3時間する

この場合のMET時間は

  • 料理:2.25MET × 7時間 = 15.75MET-hours
  • 買い物:2.3MET × 2時間 = 4.6MET-hours
  • 掃除:3.0MET × 3時間 = 9.0MET-hours

合計:29.35MET-hours/week

このように、1週間分の活動量をMETと時間の掛け算で積み上げることで、
「身体活動量を客観的に評価」できるのが、MET時間という概念です。

どのくらいやれば何MET時間になるか?

以下に、イメージしやすい目安を示します。

  • 毎日30分の掃除(3MET):3MET×0.5時間×7日=10.5MET-hours/week
  • 週3回の買い物を1回30分(2.3MET):2.3×0.5時間×3回=3.45MET-hours/week
  • 毎日1時間の料理(2.25MET):2.25×1時間×7日=15.75MET-hours/week

この場合、合計29.7MET-hours/weekになり、「ちょうど良い範囲(30〜90MET-hours/week)」に近づきます。
特別な運動をしなくても、家事を毎日やっていればかなりの身体活動量になることがわかると思います。

MET-hours/weekの目安表(家事以外も含む)

活動MET1日30分なら週MET時間
安静(座位)1.03.5MET-hours
ゆっくり歩く(散歩)2.89.8MET-hours
掃除(普通)3.010.5MET-hours
自転車(軽め)4.014MET-hours
ジョギング7.024.5MET-hours
水泳(普通)6.021MET-hours

このように、METと時間を掛けるだけで、簡単に週間活動量が算出できます。
特に高血圧予防や生活習慣病対策では、週の合計MET時間を管理するという発想が重要です。

この研究が推奨する「30〜90MET-hours/week」のイメージ

30〜90MET-hours/weekは、どの程度の生活活動に相当するかを、以下の組み合わせで例示します。

  • 毎日1時間の料理+毎日30分の掃除(40MET-hours/week前後)
  • 週3回1時間の買い物+毎日1時間の料理(50MET-hours/week前後)
  • 週3回30分のジョギング+毎日1時間の料理(60MET-hours/week前後)

このように、特別な運動をしなくても、日常生活の家事をうまく組み合わせることで、十分な活動量が確保できます。
逆に、家事をほとんどせず座りっぱなしでは10MET-hours/weekを下回り、高血圧リスクが急上昇することが、今回の研究で示されています。

タイトルとURLをコピーしました