はじめに
過活動膀胱(Overactive Bladder, OAB)は、頻尿、夜間頻尿、尿意切迫感、及び切迫性尿失禁を特徴とする状態であり、尿路感染症や他の明らかな病態が存在しない場合に診断されます。この状態は患者の生活の質(QoL)に大きな影響を与え、特に夜間頻尿による睡眠障害は深刻です。尿だけの問題ではなく、心臓血管疾患を始め、様々な病態に悪影響を及ぼし得ます。ここでは、2024年の米国のガイドラインを参考に、OABの病態生理、診断、治療、薬物療法、鑑別診断などを簡潔に解説します。
1. 過活動膀胱の病態生理
OABの主な病態は、膀胱の神経筋制御の異常に基づく膀胱収縮の不適切な活動です。具体的には、膀胱排尿筋の過剰な興奮が頻尿や尿意切迫感を引き起こします。
- 神経学的要因:神経路の過敏性が中枢神経系(CNS)や末梢神経系(PNS)において認められます。尿意信号の過剰伝達が、膀胱充満時でも排尿筋の異常な収縮を引き起こします。
- 加齢と筋萎縮:膀胱筋の可塑性低下や膀胱壁の硬化が、症状の悪化に寄与します。
- ホルモンの変化:閉経後の女性におけるエストロゲン低下は、膀胱の収縮や尿道閉鎖機能に影響します。
2. 診断プロセス
OABの診断は主に臨床症状に基づきますが、他の疾患を除外するための詳細な評価が必要です。
- 問診と症状の評価
- 頻尿:日中8回以上の排尿
- 夜間頻尿:夜間2回以上の排尿
- 尿意切迫感:抑えがたい強い尿意
- 切迫性尿失禁:尿意切迫感に伴う尿漏れ
- 診断ツール
- 症状質問票:OAB症状スコア(OABSS)や国際前立腺症状スコア(IPSS)を活用
- 排尿日誌:24–72時間の排尿頻度、排尿量、夜間頻尿のパターンを記録
- 検査
- 尿検査:感染症や血尿を除外
- 超音波検査:膀胱の残尿量(PVR)の測定
- 必要に応じた尿流動態検査(UDS):排尿筋過活動の評価
3. 夜間頻尿の病態
夜間頻尿は特にOAB患者で問題視され、睡眠の質や日中の活力に大きな影響を及ぼします。
- 水分摂取のタイミング:夕方以降の過剰な水分摂取は、夜間の排尿量を増加させます。
- 抗利尿ホルモンの低下:加齢に伴い抗利尿ホルモン(バソプレッシン)の分泌が低下し、夜間の尿生成が増加します。
- 交感神経の過活性:夜間における交感神経活動の増加が膀胱の収縮を促進します。
4. 鑑別診断
OABと類似の症状を引き起こす疾患を除外することが重要です。
- 前立腺肥大症(BPH):
- 排尿困難や残尿感を伴うことが多い。
- PSA検査や超音波で評価。
- 尿路感染症(UTI):
- 急性発症の頻尿や排尿時痛を伴う。
- 尿培養で診断。
- 膀胱癌:
- 血尿が特徴的。
- 膀胱鏡検査が必要。
5. 治療アプローチ
OABの治療は患者ごとに異なり、非侵襲的治療から侵襲的治療までの選択肢があります。
行動療法
- 膀胱トレーニング:
- 排尿間隔を徐々に延長することで膀胱容量を増加させる。
- 飲水管理:
- 夕方以降の水分摂取を制限。
- カフェインやアルコール摂取の回避。
薬物療法
- 抗コリン薬:
- 排尿筋の過活動を抑制。
- 副作用:口渇、便秘、認知機能低下の可能性。
- 例:ソリフェナシン(5mg/日)、トルテロジン(2mg/日)。
- β3遮断薬:
- 排尿筋の弛緩を促進。
- 副作用が少なく高齢患者にも適応。
- 例:ミラベグロン(50mg/日)。
最小侵襲療法
- 経皮的神経刺激(PTNS):
- 後脛骨神経への刺激で排尿筋を抑制。
- 効果は一定だが定期的な治療が必要。
- ボツリヌス毒素注射:
- 排尿筋の収縮を抑制。
- 持続効果:6–12か月。
外科的治療
- 膀胱拡大術:
- 重症例に適応。
- 高侵襲であり長期的合併症のリスクがある。
6. 夜間頻尿への特化した対策
- 抗利尿ホルモン療法
- デスモプレシン(夜間尿生成抑制)。
- 睡眠の質の向上
- 睡眠時無呼吸症候群(SAS)の除外。
- 夜間トイレの負担軽減のための間接照明設置。
7. 結論
OAB、特に夜間頻尿は患者の日常生活や心理的健康に大きな影響を与えます。このガイドラインに基づくエビデンスに基づいた診断と治療は、症状の改善と生活の質の向上に寄与します。患者ごとの症状や価値観を考慮した個別化アプローチが最良の結果をもたらします。
参考文献
Cameron, A. P., Chung, D. E., Dielubanza, E. J., et al. (2024). The AUA/SUFU Guideline on the Diagnosis and Treatment of Idiopathic Overactive Bladder. The Journal of Urology, 212(11-20). https://doi.org/10.1097/JU.0000000000003985