序論:性行為は健康のバロメーター?
人間の基本的な生理的活動である性行為が、健康と密接に関係していることは、これまでにも多くの研究で示唆されてきました。しかし、性行為の頻度と心血管疾患(CVD)、さらには全死亡率との関連性については、これまで明確なエビデンスが不足していました。本稿では、米国の大規模コホート研究を基に、性行為の頻度がどのように健康に影響を与えるのかを解説します。
研究方法
米国疾病予防管理センター(CDC)が実施する国民健康・栄養調査(NHANES)のデータを用いて、2005年から2016年までの参加者17,243人(20〜59歳、平均39歳)を対象としました 。男性51%(8,649人)、女性49%(8,594人)と、ほぼ均等な割合でした。
性頻度は、過去1年間の性交回数を以下のカテゴリーで回答する質問に基づいて評価しました。
・なし
・1回
・2~11回
・12~51回
・52~103回
・104~364回
・365回以上
CVDの状態は、医師から心不全、冠動脈疾患、狭心症、心筋梗塞、脳卒中のいずれかの診断を受けたことがあるかどうかの自己申告に基づいて判断しました 。
主要な結果
・追跡期間(中央値106ヶ月(約9年))中に、443人(2.57%)が死亡しました(※論文のTable1には565人と書かれていますが。本文では443人となっています。どちらが正しいのか不明) 。 死因はCVD120人(27%)の記載があるのみで、他は不明。
・交絡因子を調整後、性頻度が年間12回未満の参加者は、CVD発症および全死因死亡のリスクが最も高いことがわかりました。
・性頻度が増加するにつれてリスクは徐々に減少し、年間52~103回(週1-2回程度)でリスクが最低となり、その後、負の相関が見られるようになりました 。 つまり、性行為の頻度が低すぎても高すぎても健康に悪影響を及ぼす「U字型」の関係が確認されました。
・具体的な数値を見ると、年間12回未満の群と比較して、52-103回/年の群では:
-CVD発症リスクが約60%低下
-全死因死亡リスクが約65%低下
・性頻度に基づいて生存率を予測するノモグラムを作成し、ROC曲線下面積は3年、5年、10年でそれぞれ0.782、0.807、0.803でした 。
・高齢者、糖尿病患者、肥満者(BMI>30)、うつ病患者(PHQ-9スコア高値)で性行為頻度とCVDの関連性が顕著でした。
●性交頻度と全死亡率との関連性
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性行為と心血管疾患リスク:関連メカニズム
では、なぜ性行為の頻度が健康と密接に関係するのでしょうか? その生理学的および分子生物学的なメカニズムを見ていきましょう。
「少なすぎる性行為」はなぜ心血管リスクを高めるのか?
勃起不全(ED)と心血管疾患の関連性
勃起不全(ED)はしばしばCVDの予兆とされます。これは、EDとCVDが共通の病態生理、すなわち内皮機能障害(endothelial dysfunction)を共有するためです。血管内皮機能が低下すると、一酸化窒素(NO)の産生が減少し、血管の拡張が妨げられます。これは、動脈硬化の進行を促進し、結果的に冠動脈疾患や脳卒中のリスクを高めます。
ED患者の49%が冠動脈疾患を有します。冠動脈症状の67%でEDが先行して発症します。陰茎動脈(1-2mm)は冠動脈(3-4mm)より細いため、動脈硬化の影響を早期に受けるためです。
本研究では、年間12回未満の性行為頻度を持つ人は、CVD発症率が4.83%と最も高く、全死亡率も4.39%に達していました。これは、同研究で最も健康的とされた年間52〜103回の性行為頻度を持つ群(CVD発症率1.9%、全死亡率1.6%)と比較して2倍以上のリスク増加を示します。
性行為によるホルモン分泌と代謝への影響
性行為は、テストステロン分泌を促進することが知られています。テストステロンは、血管拡張作用を持ち、LDLコレステロールの低下、HDLコレステロールの上昇、インスリン感受性の向上といった、心血管保護効果を持ちます。逆に、性行為の頻度が低下すると、テストステロンレベルも低下し、脂質異常症やメタボリックシンドロームのリスクが増大します。
また、性行為はストレスホルモンであるコルチゾールの低下にも寄与します。コルチゾールが慢性的に高い状態は、血圧上昇、血糖値の上昇、免疫抑制といった有害な影響をもたらし、結果的にCVDリスクを増加させます。
「多すぎる性行為」はなぜ健康に悪影響を及ぼすのか?
本研究で最も興味深い結果の一つは、性行為の頻度が多すぎる(年間365回以上)と、CVD発症率と全死亡率が有意に上昇するという点です。過剰な性行為が健康に悪影響を与えるメカニズムとして、以下の点が挙げられます。
交感神経の過剰刺激と心血管リスク
性行為は、交感神経系の活性化を引き起こします。適度な交感神経活性は血圧や心拍数の調節に寄与しますが、過剰な活性化は慢性的な高血圧、動脈硬化、心筋肥大を引き起こす可能性があります。特に、性行為の頻度が極端に高い人では、慢性的な交感神経刺激により心血管系への負担が増加し、結果としてCVDリスクと死亡率が増加すると考えられます。
過度の身体活動は悪影響を及ぼします。激しい性行為は交感神経の過剰興奮を引き起こすことが多く、内皮細胞の損傷、血小板の活性化、心室リモデリングの促進、アテローム性動脈硬化症につながります。
性行為は有酸素運動と同様の健康効果を持ちますが、過度の運動が健康に害を及ぼすのと同じように、性行為も過度であると有害であり、適度に行うことが重要ということです。
セックス依存症の可能性とそのリスク
また、年間 365 回以上の性行為頻度を持つ人はセックス依存症の可能性があります。これらのセックス依存症者は、性欲過剰と、心理的、身体的に否定的な結果を経験しているにもかかわらず性行動を制御できないことが特徴です。性依存症は精神的ストレスやうつ症状を引き起こす可能性があり、また性感染症や心筋損傷のリスクの増加、性行動による傷害を被る可能性があり、最終的には死亡率の上昇につながると考えられます。
男女の性差
性行為の頻度と健康リスクにおける性差
- 男女ともに性行為の頻度が低い(年間12回未満)と、心血管疾患(CVD)リスクと全死亡率が高いことが確認されました。
- 最適な性行為頻度(年間52〜103回)の範囲では、男女ともにCVDリスクおよび死亡率が最も低くなる傾向を示しました。
- 性行為の頻度が高すぎる(年間365回以上)場合、男性で特にリスク上昇が顕著でした。
男女の性行動の違い
- 女性は加齢とともに性行為の頻度が減少する傾向が顕著でした。
- 男性は性行為の頻度が高い群に多く、ED(勃起不全)との関連性が強調されました。
- 先行研究でも、EDが心血管疾患のリスク因子として指摘されており、本研究でも低頻度の性行為群(年間12回未満)にEDの割合が高かった。
- ホルモンの影響:
- 男性ではテストステロンの低下がCVDリスクを増加させる可能性があります。
- 女性はエストロゲンの影響を受けやすく、性行為の頻度低下が更年期症状や心血管リスクと関連する可能性があります。
論文のlimitation
・自己申告による性行動の報告バイアス:性頻度に関するデータは自己申告に基づいているため、参加者が性活動を過小評価または過大評価する可能性があり、報告バイアスが生じる可能性があります。また、性頻度に関するアンケートは1度のみのようで、追跡期間中での変化は捉えられていません。
・性頻度の想起における不正確さ:年間の性頻度を正確に思い出すことは難しいため、生のデータは複数のレベルに分類されており、統計結果と現実との間に食い違いが生じる可能性があります。
・性行動に関するデータの不足:この研究では、マスターベーション、オーラルセックスなど性行為の種類を考慮していません。また、1回の性行為の持続時間に関するデータが不足しています。
・高齢者集団の除外:60歳以上の参加者は含まれていないため、調査結果を高齢者集団に一般化することはできません。
・観察研究のデザイン:観察研究であるため、交絡因子の影響を完全に排除することができず、因果関係を断定することができません。
・人種:米国と日本では、性習慣が大きく異なります。この研究は米国のデータによるものあり、これをこのまま日本人に当てはめることはできません。
実践的な提言
最適な性行為頻度の維持
- 週1-2回程度の性行為を目標とする
- 年間52-103回を理想的な範囲とする
- パートナーとの良好なコミュニケーションを保つ
要注意のサイン
以下の場合は医療専門家への相談を検討:
- 年間12回未満の性行為
- 特に勃起障害や性欲低下を伴う場合
- うつ症状や不安感がある場合
- 年間365回以上の性行為
- 制御困難な性衝動がある場合
- 社会生活への支障がある場合
心血管疾患予防の総合的アプローチ
- 定期的な健康診断
- 特に40歳以上での心血管リスク評価
- ED症状がある場合の早期受診
- 生活習慣の改善
- 適度な運動
- バランスの取れた食事
- 禁煙
- 適度な飲酒
結論
性行為の頻度は、単なる生活の質の指標ではなく、重要な健康指標として認識されるべきです。週1-2回程度の適度な性行為は、心血管疾患の予防と長寿に寄与する可能性があります。一方で、極端な頻度(過少または過多)は健康リスクとなり得ることを認識し、適切な頻度を維持することが重要です。
参考文献
Tian-Qi Teng, et al. “The association of sexual frequency with cardiovascular diseases incidence and all-cause mortality.” Scientific Reports, 2024. https://doi.org/10.1038/s41598-024-83414-3