時間帯、曜日、季節が精神健康と幸福に与える影響

ポジティブ心理学

はじめに

私たちの精神健康と幸福(Mental Health and Well-being, MHW)は、時間帯、曜日、季節によってどのように変化するのでしょうか?この問いに答えるために、University College London (UCL) の研究チームは、COVID-19パンデミック中の2年間にわたって収集された約100万件のデータを分析しました。この研究は、MHWが1日の中でも、また週や季節によってどのように変動するかを明らかにし、その結果は研究設計や介入のタイミング、公衆衛生サービスの提供に重要な示唆を与えています。

研究の背景と目的

MHWは、人生の過程や週単位、月単位で変動することが知られていますが、1日の中での変化(日内変動)についてはあまり研究が進んでいませんでした。この研究は、MHWが1日の中でどのように変化するかを明らかにすることを目的としています。具体的には、抑うつ症状、不安症状、幸福度、人生の満足度、人生の意義、孤独感といった指標を時間帯、曜日、季節ごとに分析しました。

研究方法

この研究では、UCLのCOVID-19 Social Study (CSS) から得られたデータを使用しました。CSSは、2020年3月から2022年3月までの2年間にわたって、英国の成人49,218人を対象に詳細な反復測定を行いました。参加者は平均18.5回の調査に回答し、合計で908,769件の観測データが得られました。データは線形混合効果モデルを用いて分析され、時間帯、曜日、季節、調査年がMHWに与える影響を評価しました。

主要な結果

  1. 時間帯によるMHWの変動
    参加者は一般的に朝起きた時に最も良いMHWを報告し、深夜に最も悪い状態を報告しました。例えば、幸福度や人生の満足度は朝にピークを迎え、その後徐々に低下し、深夜に最低点に達しました。特に、人生の意義感(eudemonic well-being)は朝に最も高く、正午までに低下し、夕方に再び上昇するという二峰性のパターンを示しました。一方で、孤独感は1日を通じて比較的安定していました。
  2. 曜日によるMHWの変動
    曜日によるMHWの変動も観察されました。例えば、抑うつ症状と不安症状は水曜日と木曜日に最も高く、日曜日に比べて10%程度の標準偏差(SD)の差がありました。幸福度と人生の満足度は月曜日と金曜日に高く、週末には朝にピークを迎え、その後急激に低下するパターンが見られました。孤独感は曜日による変動がほとんどありませんでした。
  3. 季節によるMHWの変動
    季節によるMHWの変動は非常に明確でした。冬に比べて、夏には抑うつ症状や不安症状が低く、幸福度や人生の満足度が高い傾向がありました。例えば、夏の幸福度は冬に比べて15%程度高く、孤独感も夏に最も低くなりました。この季節による変動は、日照時間や気温、文化的な休日などが影響していると考えられます。
  4. 調査年によるMHWの変動
    COVID-19パンデミックの初期(2020年)に比べて、2021年と2022年にはMHWが改善する傾向が見られました。これは、パンデミックの影響が時間とともに緩和されたことを示唆しています。

分子生物学的視点からの考察

この変動の背景には、脳内の神経伝達物質やホルモンの日内変動が関与しています。

コルチゾールのリズム

コルチゾール(Cortisol)はストレス応答に関与するホルモンであり、一般的に朝にピークを迎え、夜に向けて減少します。

  • 朝のコルチゾール分泌は、覚醒と活動の準備を促進 し、ポジティブな気分をもたらす。
  • 一方で、夜間のコルチゾール低下に伴い、ストレス耐性が低下し、不安や抑うつが増加する可能性がある。

セロトニンとメラトニンの相互作用

セロトニン(Serotonin/5-HT)は幸福感や安定した精神状態に寄与する神経伝達物質であり、日光を浴びることで分泌が促進されます

  • 日中のセロトニン上昇により、気分が安定し、幸福感が増す
  • 夜になるとセロトニンはメラトニン(Melatonin)へ変換され、睡眠を促すが、その結果、セロトニンの効果は低下し、夜間に気分が落ち込みやすくなる

ドーパミンの変動

ドーパミン(Dopamine)はモチベーションや快楽に関与する神経伝達物質であり、午前中に高く、夕方に低下する傾向があります

  • 朝のドーパミン分泌は、意欲向上やポジティブな感情と関連 する。
  • 夕方以降のドーパミン低下は、倦怠感や抑うつのリスクを高める

時間帯を活用した実践的アプローチ

朝の時間を活用する

  • 重要な意思決定は午前中に行う:精神状態が最も安定している朝の時間帯に、戦略的な決断を行う。
  • 朝日を浴びる:セロトニン分泌を促進し、一日の気分を安定させる。
  • 運動を朝に取り入れる:運動はエンドルフィンを放出し、メンタルヘルスの向上に寄与する。

午後の倦怠感対策

  • 昼食後の短時間の仮眠(パワーナップ)を推奨:15〜20分の短い昼寝が、午後の生産性と気分を向上させる。
  • カフェイン摂取は午後3時までに:夜間の睡眠を妨げないよう、適切なタイミングでカフェインを調整する。

夜のメンタルケア

  • スクリーン時間を制限する:ブルーライトはメラトニンの分泌を抑制し、睡眠の質を低下させる。
  • リラックス習慣を持つ:瞑想、読書、温浴などで交感神経の活動を抑え、リラックスを促す。
  • ネガティブな情報の摂取を避ける:特に深夜のSNSやニュースチェックは、不安やストレスを増幅させる。

医療・公共政策への示唆

この研究の知見は、個人レベルの実践だけでなく、医療・公共政策にも重要な示唆を与えます

  • 精神医療サービスの時間帯最適化:夜間(特に深夜)はメンタルヘルスが悪化するため、ヘルプラインやカウンセリングの提供時間を拡充する。
  • 労働環境の調整:職場におけるストレス対策として、柔軟な勤務時間の導入や昼休憩の活用を促進 する。
  • 季節ごとのメンタルヘルス対策:冬季のうつリスクに備え、人工光療法(ライトセラピー)や屋外活動の推奨 を行う。

結論

この研究は、MHWが時間帯、曜日、季節によってどのように変動するかを詳細に明らかにしました。一般的に、朝にはMHWが最も良く、深夜には最も悪くなります。また、週末にはMHWの変動が大きく、夏にはMHWが最も良くなる傾向があります。これらの発見は、研究設計、介入のタイミング、公衆衛生サービスの提供に重要な示唆を与えるものです。
この研究は、私たちの日常生活の中でMHWがどのように変動するかを理解し、それに応じた行動を取るための貴重な洞察を提供しています。明日から、自分のMHWの変動を意識し、最適なタイミングでリラックスやソーシャルアクティビティを計画することで、より良い精神健康と幸福を実現できるでしょう。

参考文献

Bu, F., Bone, J. K., & Fancourt, D. (2025). Will things feel better in the morning? A time-of-day analysis of mental health and wellbeing from nearly 1 million observations. BMJ Mental Health, 28, 1-8. doi:10.1136/bmjment-2024-301418

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