自然を活用した景観デザインが健康と幸福に与える影響

生活環境

はじめに

現代社会において都市化の進行は避けられない流れである。世界人口の55%以上が都市部に居住し、その割合は今後も増加すると予測されている(UN Department of Economic and Social Affairs, 2018)。この急速な都市化に伴い、高密度な居住環境、生活習慣病の増加、精神疾患の蔓延といった健康リスクが顕在化している。実際、世界人口の約30%が何らかの精神疾患を抱えていると推定されており(Steel et al., 2014)、都市環境における心理的・生理的ストレスの影響が指摘されている。

こうした健康問題に対処するために、近年注目されているのが自然を活用した景観デザイン(Nature-Based Landscape Design)である。本論文(Zhu et al., 2025)は、2018年から2022年に発表された40本の関連論文を分析し、景観デザインが人間の健康と幸福に与える影響について包括的にまとめたものである。ここでは、この研究の知見を整理し、読者が日常生活や都市計画、医療・公衆衛生の実践に応用できる形で解説する。


自然環境と健康:科学的根拠

2.1 自然環境が心身の健康に及ぼす影響

(1) ストレスの軽減と精神的健康の向上

都市緑地(urban green space)や水辺空間(blue space)は、人間の心理的健康に顕著な影響を及ぼす。研究によると、自然環境に触れることでコルチゾール(Cortisol)の分泌が低下し、交感神経系の過剰な活動が抑制されることが示されている(Bratman et al., 2019)。特に、森林浴(Shinrin-yoku)による生理的リラックス効果は、心拍変動(HRV)の改善や免疫機能の向上と関連しており、都市部でのストレス軽減策として有効である。

(2) 認知機能と創造性の向上

自然環境は、認知機能の向上にも貢献する。自然の中を歩くことで前頭前野(Prefrontal Cortex)の活動が調整され、注意力や創造性が向上することが示されている(Berman et al., 2008)。特に、緑豊かな環境での作業や学習は、情報処理速度やワーキングメモリの向上につながる。

(3) 心血管系への好影響

都市部の緑地面積が広い地域では、狭心症や心筋梗塞の発生率が低いことが報告されている(Mitchell & Popham, 2008)。これは、緑地が身体活動を促進し、血圧や動脈硬化リスクを低減するためと考えられる。実際、都市公園の利用者は、そうでない人に比べて収縮期血圧が平均4mmHg低いというデータもある(Takano et al., 2002)。


景観デザインの6つの主要テーマと実践的応用

論文の分析結果から、景観デザインの健康促進メカニズムは以下の6つのテーマに分類される。

3.1 人と自然の相互作用(Human-Nature Interactions)

  • 都市環境において、自然との接触頻度を高めることが健康に寄与。
  • 実践例: 緑の歩道を増やし、街路樹の配置を最適化することで、住民の身体活動を促す。

3.2 健康促進デザイン(Health-Promoting Design)

  • 病院や高齢者施設の庭園は、患者の回復を促す。
  • 実践例: 医療施設の設計において「ヒーリングガーデン」の概念を取り入れる。

3.3 統合戦略(Integrative Strategies)

  • 都市政策において景観デザインと公衆衛生を統合。
  • 実践例: 都市の健康政策に「自然を活用した介入(Nature-Based Interventions)」を明記。

3.4 景観介入(Landscape Intervention)

  • 公共の場での緑化が、住民の幸福度向上につながる。
  • 実践例: 住宅地の前庭に花壇を設けることで、住民の心理的ストレスを軽減(Chalmin-Pui et al., 2021)。

3.5 認識と回復力(Perceptions and Restorativeness)

  • 自然音や風景の多様性が、心理的回復を促進。
  • 実践例: 公園の設計において、多様な植生を組み合わせ、視覚的変化をつける。

3.6 持続可能性(Sustainability)

  • 景観デザインは、長期的な環境保全と健康増進の両立を目指す。
  • 実践例: 都市緑化プロジェクトの維持管理に住民参加型アプローチを導入。

4. まとめと今後の展望

本論文が示したように、都市環境における景観デザインの工夫が、健康と幸福の向上に直結することが明らかになった。特に、分子生物学的視点からも、自然環境がストレス応答系や免疫系の調節に寄与する可能性が示唆されており、今後の研究が期待される。

実践的な提言

  1. 都市設計者: 緑地を増やし、歩行者優先の都市計画を推進。
  2. 医療従事者: 患者への生活指導において「緑地での活動」を推奨。
  3. 一般読者: 日常生活での「緑との接触時間」を増やす習慣を。

持続可能な景観デザインを取り入れることで、都市部でも人々の健康と幸福を向上させることができる。これからの都市設計は、科学的根拠に基づいたアプローチで進化するべきである。


参考文献

Zhu, Q., Yao, P., & Li, J. (2025). The Effect of Nature-Based Landscape Design on Human Health and Well-Being: A Thematic Synthesis. Journal of Environmental Engineering & Landscape Management, 33(1), 55–71. https://doi.org/10.3846/jeelm.2025.22944

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