心室期外収縮(PVC)のこだわりに対する認知行動療法(CBT)

心拍/不整脈

心室期外収縮(Premature Ventricular Contractions, PVCs)は、成人において69%から99.5%の有病率を示す一般的な不整脈であり、症状が軽微なものから重篤な生活の質(QoL)の低下をもたらすものまで多様に存在します。従来の治療法として、β遮断薬やCa拮抗薬の薬物療法、さらにはカテーテルアブレーションが推奨されていますが、それらが全ての患者に適応可能なわけではありません。また、PVCが特発性であり、器質的心疾患を伴わない場合、生命予後に与える影響は軽微であるものの、症状に対する過度な意識(症状へのこだわり、Symptom Preoccupation)が患者の生活の質を著しく低下させることが知られています。

研究概要

本研究は、心室性期外収縮(Premature Ventricular Contractions, PVCs)に悩む患者に対する認知行動療法(Cognitive Behavioral Therapy, CBT)の効果を検証した非ランダム化前後比較試験です。

方法

症状へのこだわりに焦点を当て、 CBTをPVC患者に適用することで、QoLの改善を図る試みがなされました。、19名のPVCs患者が10週間にわたるPVC-CBTを受ける形で実施されました。治療は、ライセンスを持つ心理学者がビデオ会議を通じて提供し、オンラインテキストベースの情報と宿題が併用されました。治療の主な要素は、心臓に関連する症状への曝露(exposure)と、心臓に関連する回避行動やコントロール行動の軽減です。主要評価項目は、PVCsに適応したAtrial Fibrillation Effects on Quality of Life(AFEQT-PVC)質問票を用いて測定されたPVCs特異的QoLです。二次評価項目には、Cardiac Anxiety Questionnaire(CAQ)を用いた症状への過度の注目の測定や、5日間の連続心電図記録によるPVCs負荷の評価が含まれます。治療の前後および3か月・6か月のフォローアップ期間を設けて評価しました。

結果

PVC特異的QoLは平均58.3から80.7に向上し(Cohen’s d=1.62, p<.001)、症状へのこだわりの指標であるCardiac Anxiety Questionnaire(CAQ)スコアも35.6から19.6へと大幅に低下しました(Cohen’s d=1.73, p<.001)。これらの改善は、3ヶ月および6ヶ月後のフォローアップでも持続しました。これは、従来のAF(心房細動)患者を対象としたCBT研究と同等、あるいはそれ以上の効果を示しています。

一方で、5日間の連続心電図記録によるPVCs負荷には変化は見られませんでしたが、自己報告によるPVCs症状は治療後およびフォローアップ時に有意に減少しました。さらに、症状への過度の注目の軽減が、PVCs特異的QoLに対する治療効果の媒介因子として統計的に有意であることが示されました。

PVC特異的認知行動療法(PVC-CBT)

PVC特異的認知行動療法(PVC-CBT)は、特発性心室期外収縮(PVC)に伴う症状へのこだわり(symptom preoccupation)を軽減し、生活の質(QoL)を向上させることを目的とした認知行動療法(CBT)です。この治療法は、既存の心房細動(AF)に対するCBTを基に開発され、PVC患者特有の症状への過剰な注意や回避行動を修正することに重点を置いています。

PVC-CBTの主要な構成要素

本研究では、PVC-CBTが10週間にわたって実施され、ビデオ会議とオンラインのテキストベース学習を組み合わせた形式で提供されました。具体的な治療の流れとして、以下の要素が含まれています。

教育セッション(Psychoeducation)

  • PVCの病態生理とその一般的な経過について患者に説明。
  • PVCの症状が生命を脅かすものでないことを強調し、過剰な不安を軽減。
  • 心臓関連の恐怖(cardiac anxiety)が症状を悪化させるメカニズムを理解する。

内受容曝露(Interoceptive Exposure)

  • PVC症状と類似の身体感覚(動悸、息切れなど)を意図的に誘発し、それに慣れることで不安を軽減。
  • 具体的には、以下のような課題を実施:
    • 短時間の激しい運動(例:その場で駆け足)で心拍数を上げる。
    • 過呼吸(hyperventilation)を誘発し、動悸感に慣れる。
    • 息止め(breath-holding)を行い、PVCに似た息苦しさを経験する。

実生活曝露(In Vivo Exposure)

  • 患者がPVCの発生を恐れて避けている活動(運動、社交活動、長時間の外出など)に段階的に挑戦。
  • 例えば:
    • 運動の回避 → 軽いウォーキングから徐々に負荷を増やす。
    • 社交不安の回避 → カフェでの会話など、人混みの中で過ごす時間を増やす。

自己観察と認知再構成(Self-Monitoring & Cognitive Restructuring)

  • 患者は日記をつけ、PVCの発生時にどのような思考・感情・行動が伴うかを記録。
  • 「PVCが続いたら心停止するのでは?」といった誤った認知を修正。
  • 「PVCはよくある現象であり、生命を脅かすものではない」という合理的な考え方に置き換える。

症状コントロール行動の抑制(Reduction of Control Behaviors)

  • 多くの患者は頻繁な脈のチェックや深呼吸によるコントロール行動を無意識に行っているが、これが不安を強化する可能性がある。
  • 意識的に「脈をチェックしない」時間を増やすことで、不安のサイクルを断ち切る。

再発防止戦略(Relapse Prevention)

  • CBT終了後も学習したスキルを活用し、再び不安が強まった際に対処できるように計画を立てる。
  • PVCに対する恐怖が再燃したときに、どのように対処するかを事前に決める(例:曝露課題を再実施する、日記を活用する)。

PVC-CBTの新規性

この研究の新規性は、単なる心理的介入としてのCBTではなく、PVC患者のQoL低下の要因として症状へのこだわりを明確にターゲットとし、それに特化した介入法を開発した点にあります。従来の不整脈治療では、PVCの発生頻度そのものを減少させることに重点が置かれてきましたが、本研究では、PVCの発生頻度を変えることなく、患者の主観的症状の軽減を達成した ことが特筆されます。これは、症状の認知的側面に焦点を当てた治療が、患者のQoL向上において極めて有効であることを示唆しています。

また、CBTの主要構成要素として、インターネットを介したビデオセッション とオンラインテキストベースの自己学習課題 を組み合わせたハイブリッド形式を採用した点も特筆すべき点です。このアプローチにより、患者が居住地域に関わらず治療を受けることが可能となり、アクセスの公平性が向上しました。加えて、曝露療法(interoceptive exposure) を活用し、心拍の増加や呼吸困難感を意図的に誘発することで、PVC症状への恐怖を軽減する手法を用いたことが効果の要因と考えられます。

研究結果の臨床的意義

本研究では、PVCの発生頻度(5日間の連続ECG記録による客観的指標)は有意な変化を示しませんでした。しかし、自己申告によるPVC症状は有意に減少 しており(p=.006)、この差異が示唆するのは、症状の客観的な重症度よりも、患者がどのように症状を認識し、それに反応するかがQoLに大きく寄与しているという点です。実際、AFに関する先行研究でも、症状の知覚とQoLの低下には強い相関がある ことが報告されており(Walters et al., 2019)、PVCにおいても同様のメカニズムが働いている可能性があります。

また、CBTの効果は6か月のフォローアップでも持続しており、心理的介入の長期的な有効性が示唆されました。これは、単なる一時的な緩和ではなく、患者が治療プロセスを通じてPVCとの向き合い方を根本的に変える ことができた可能性を意味します。

分子生物学的視点からの考察

症状へのこだわりと内受容感覚

症状へのこだわりと内受容感覚の亢進は密接に関連しており、近年の研究では、PVC患者が自らの心拍や体内の変化を過敏に察知することで、症状の認識が強化される可能性が指摘されています。内受容感覚とは、体内の状態を感じ取る能力であり、特に前帯状皮質(ACC: Anterior Cingulate Cortex)や島皮質(Insular Cortex)が関与するとされています。これらの脳領域は、HPA軸や自律神経系と相互作用し、ストレスや不安が高まると、心拍やPVCの知覚が増強される可能性があります。

PVC患者では、内受容感覚の過敏性により、通常では意識しない心臓の動きや微細なリズムの変化を強く認識しやすくなります。この感覚が強化されると、PVCの発生頻度自体が変わらなくても、患者はより強く症状を意識し、それがさらなる不安や症状へのこだわりを引き起こす悪循環に陥る可能性があります。

本研究のCBTでは、曝露療法を通じてこの内受容感覚の過敏性を調整することを目指しました。例えば、意図的に心拍を上げる運動や過呼吸を行うことで、心臓の鼓動に対する認識を変え、過剰な注意を軽減する試みが含まれています。これにより、患者は心拍の変動を「異常」と捉えるのではなく、自然な生理的現象として受け入れることができるようになり、PVC症状に対する不安が低減されると考えられます。

症状へのこだわりと自律神経

症状へのこだわりと自律神経の関係性については、近年の神経科学的研究においても注目されています。PVC患者では、交感神経の過剰活性が症状の増悪に寄与する可能性が指摘されており(Marcus, 2020)、不安やストレスがPVC症状を増幅させるメカニズムとして、HPA軸(視床下部-下垂体-副腎系) の関与が考えられます。慢性ストレスでHPA軸が亢進することにより、コルチゾールを介して交感神経を活性化し、心拍数や血圧を上昇させるため、PVC症状の増悪につながる可能性があります。

また、慢性的なストレス状態では副腎機能が低下し、炎症性サイトカイン(IL-6、TNF-α)が増加することが知られています。これにより心筋の電気的興奮性が変化し、PVCの増加につながる可能性があります。

本研究では、CBTが症状へのこだわりの低減に寄与したことが示されましたが、これはHPA軸の過活動を抑制する可能性も考えられます。特に、曝露療法を通じた恐怖の消去(extinction learning)は、扁桃体の過活動を抑え、前頭前野との機能的結合を強化することで、ストレス反応の制御を促進すると報告されています(Craske et al., 2014)。このことから、CBTによるPVC症状の改善は、単なる心理的効果に留まらず、神経生物学的な変化を伴う可能性があると考えられます。

実践への応用

本研究の結果から得られる最も重要な示唆は、PVC症状の管理には、単なる不整脈の抑制ではなく、症状の認知的制御が不可欠である という点です。これを臨床に応用するために、患者や医療従事者が実践できるポイントを以下に示します。

  1. 症状に対する認識を変える:PVCそのものは生命を脅かすものではないと理解し、過度な注意を払わない。
  2. 曝露療法を取り入れる:PVC症状を恐れず、運動や深呼吸を通じて意図的に心拍変動を経験する。
  3. 回避行動を減らす:PVCが出ることを恐れて日常活動を制限しない。
  4. オンラインCBTの活用:専門家の指導のもとで、遠隔でも認知行動療法を受ける。

結論

この研究は、PVCs患者に対するCBTの有効性と実現可能性を示す重要な一歩です。症状への過度の注目を軽減し、QoLを改善するための新たな治療アプローチとして、CBTが有望であることが示されました。今後の研究により、このアプローチがさらに洗練され、より多くの患者に恩恵をもたらすことが期待されます。

参考文献

Liliequist, B. E., Särnholm, J., Skúladóttir, H., Ólafsdóttir, E., Ljótsson, B., & Braunschweig, F. (2024). Cognitive Behavioral Therapy for Symptom Preoccupation Among Patients With Premature Ventricular Contractions: Nonrandomized Pretest-Posttest Study. JMIR Cardio, 8, e53815. doi:10.2196/53815

タイトルとURLをコピーしました