HbA1c6.0%でも死亡リスクは上昇する。(NIPPON DATA90)

糖尿病関連

はじめに

HbA1c(グリコヘモグロビン)は、過去1-2ヶ月間の平均血糖値を反映する指標として、糖尿病の診断や血糖コントロールの評価に広く用いられています。近年では、糖尿病のない一般集団においても、HbA1c値が心血管疾患(CVD)リスクの評価に有用であることが、主に欧米の研究で報告されてきました。しかし、アジア人集団、特に日本人を対象とした大規模な前向き研究は限られていました。

この研究は、日本人一般集団を対象に、HbA1cと全死亡および心血管死亡リスクとの関連を15年間追跡したコホート研究です。

研究デザインと対象者の特徴

NIPPON DATA90研究は、1990年に日本全国300地区から無作為に選ばれた30歳以上の住民8,383名を対象とした前向きコホート研究です。この解析では、既往歴のない7,120名(男性2,962名、女性4,158名、平均年齢52.3歳)を2005年まで追跡しました(中央値15年)。

HbA1cは国際標準であるNGSP値に換算して評価され、次の6つのカテゴリーに分類されました:

  • <5.0%
  • 5.0–5.4%
  • 5.5–5.9%
  • 6.0–6.4%
  • ≧6.5%
  • 糖尿病治療中

このような細分化により、HbA1cが明確な糖尿病域に至らない段階でもリスク上昇が見られるか否かを評価可能としています。

主要評価項目は全死亡、心血管死亡(冠動脈疾患死亡、脳卒中死亡)、脳卒中はさらに脳梗塞と脳出血に細分類しました。

交絡因子として、年齢、性別、BMI、喫煙・飲酒習慣、運動習慣、収縮期血圧、総コレステロール、HDLコレステロール、高血圧・脂質異常症治療の有無を調整しました。

主要結果:HbA1cと死亡リスクの用量反応関係

15年間の追跡期間中に1,104例の死亡(心血管死亡304例、冠動脈疾患死亡61例、脳卒中死亡127例)が確認されました。HbA1cと死亡リスクには明確な用量反応関係が認められました。<5.0%が最もリスクが低く、≧6.5%がリスクが高いということです。

全死亡リスク

  • HbA1cが1%上昇するごとに、多変量調整後のハザード比(HR)は1.20(95%CI 1.09-1.32)
  • 糖尿病治療非受診者では、HbA1c 6.0-6.4%群のHRは1.95(1.46-2.61)、≥6.5%群のHRは1.72(1.17-2.52)(基準:<5.0%群)
  • 糖尿病治療受診群のHRは1.80(1.37-2.38)

心血管死亡リスク

  • HbA1cが1%上昇するごとに、HRは1.32(1.12-1.56)
  • HbA1c 6.0-6.4%群のHRは2.18(1.22-3.87)、≥6.5%群のHRは2.75(1.43-5.28)
  • 糖尿病治療受診群のHRは2.04(1.19-3.50)

疾患別

  • 冠動脈疾患死亡:HbA1c 1%上昇ごとにHR 1.40(1.02-1.92)
  • 脳梗塞死亡:HbA1c 6.0-6.4%群のHRは5.28(1.66-16.8)、≥6.5%群のHRは3.30(0.68-15.9)
  • 脳出血死亡:HbA1cとの有意な関連は認められず

分子生物学的機序:なぜHbA1cが心血管リスクと関連するのか

HbA1cは赤血球中のヘモグロビンにグルコースが非酵素的に結合したもので、持続的な高血糖状態のマーカーです。高血糖状態が心血管リスクを上昇させる機序としては以下のようなものが考えられます。

血管内皮機能障害

持続的な高血糖は、活性酸素種(ROS)の産生を促進し、一酸化窒素(NO)の生物学的利用能を低下させます。これにより血管内皮機能が障害され、動脈硬化が促進されます。

終末糖化産物(AGEs)の蓄積

HbA1cそのものがAGEsの一種(前段階)ですが、高血糖状態では他のタンパク質も糖化され、AGEsが蓄積します。AGEsは血管壁のコラーゲンと架橋を形成し、血管の柔軟性を低下させます。また、AGEs受容体(RAGE)を介して炎症性サイトカインの産生を誘導し、動脈硬化を促進します

炎症反応の活性化

高血糖はNF-κBなどの転写因子を活性化し、炎症性サイトカイン(IL-6、TNF-αなど)の産生を増加させます。これにより、血管壁に慢性炎症が生じ、アテローム性動脈硬化が進行します。

この研究の新規性と臨床的意義

これまでの研究の多くは欧米人を対象としたもので、アジア人、特に日本人を対象とした大規模前向き研究は限られていました。この研究の新規性は以下の点にあります。

日本人集団における明確なエビデンスの提供
日本人一般集団において、HbA1cと全死亡・心血管死亡リスクに用量反応関係があることを明らかにしました。特に、糖尿病の診断閾値未満(HbA1c 6.0-6.4%)であっても、心血管死亡リスクが2倍以上に上昇することが示された点は重要です。

脳卒中サブタイプの詳細な解析
日本人は欧米人に比べ脳卒中の頻度が高いことが知られていますが、HbA1cと脳梗塞死亡には強い関連が認められた一方、脳出血死亡との関連は認められませんでした。この結果は、脳卒中のサブタイプによってリスク因子が異なる可能性を示唆しています。

実践的な応用:医療現場と個人の健康管理への活用

この研究結果を明日から実践に活かすための具体的な方法を提案します。

医療従事者向けの提言

  • 糖尿病の診断基準を満たさないHbA1c 6.0-6.4%の「高リスク群」にも注意を払い、生活習慣指導を積極的に行う
  • 心血管リスク評価にHbA1cを組み込む(特に空腹時採血が困難な場合に有用)
  • 脳卒中予防においては、脳梗塞と脳出血でリスク因子が異なることを考慮した指導を行う

一般個人向けのアドバイス

  • 健康診断でHbA1c値が5.5%を超えていたら、食生活(特に精製炭水化物の摂取量)と運動習慣を見直す
  • HbA1cが6.0%以上の場合、たとえ糖尿病と診断されなくても、医療機関への相談を検討する
  • ウォーキングなどの有酸素運動を週に150分以上行う(血糖コントロール改善に有効)
  • 食物繊維の摂取量を増やし、グリセミックインデックスの低い食品を選ぶ

結論:日本人の心血管リスク管理におけるHbA1cの重要性

この大規模前向きコホート研究は、日本人一般集団において、HbA1cが全死亡および心血管死亡(特に冠動脈疾患と脳梗塞)の独立したリスク因子であることを明らかにしました。重要なのは、糖尿病の診断閾値未満のHbA1c 6.0-6.4%でもリスクが有意に上昇していた点です。

この結果は、糖尿病の診断だけでなく、心血管リスクの層別化にもHbA1cが有用であることを示唆しています。特に、脳卒中が多い日本人集団において、HbA1cが脳梗塞リスクと強く関連していたことは、予防戦略を考える上で重要な知見です。

HbA1cは空腹時採血が不要なため、集団検診などでのスクリーニングに適しています。健康診断でHbA1c値が高めだった場合、糖尿病の有無にかかわらず、生活習慣の見直しを検討することが推奨されます。

参考文献

Sakurai M, Saitoh S, Miura K, et al. HbA1c and the Risks for All-Cause and Cardiovascular Mortality in the General Japanese Population: NIPPON DATA90. Diabetes Care. 2013;36(11):3759-3765. doi:10.2337/dc12-2412

タイトルとURLをコピーしました