はじめに
近年、FitbitやApple Watchなどのスマートウォッチ、ウェアラブルデバイスは、個人の健康管理ツールとして急速に普及しています。これらのデバイスは、心拍数や歩数などの生体データを継続的に収集し、ユーザーにリアルタイムなフィードバックを提供します。しかし、これらのデータをどのように解釈し、心血管疾患(CVD)のリスク評価に活用するかは、まだ十分に確立されていません。今回紹介する研究は、心拍数と歩数を組み合わせた新たな指標「Daily Heart Rate Per Step (DHRPS)」を提案し、その心血管疾患との関連を大規模なデータセットを用いて検証したものです。この解説では、DHRPSの意義、研究方法、結果、そして日常生活への応用可能性について説明します。
DHRPSとは何か?
DHRPSは、1日あたりの平均心拍数を歩数で割った値として定義されます。具体的には、以下の式で計算されます:
DHRPS =平均心拍数 (bpm)/1日あたりの歩数
この指標は、心拍数と歩数の両方を考慮することで、単独の指標よりも心血管の健康状態をより包括的に反映すると考えられます。例えば、心拍数が高く歩数が少ない場合、DHRPSは高くなり、これは心血管系への負荷が大きいことを示唆します。
研究方法:大規模データと精密な分析
この研究では、All of Us研究プログラムの一環として収集されたデータを使用しました。All of Usは、米国国立衛生研究所(NIH)が支援する大規模な健康データベースで、多様な人種・民族背景を持つ参加者を含んでいます。研究対象は、Fitbitデバイスを所有し、少なくとも10日間のデータを提供した6,947名の成人(平均年齢54.6歳)でした。合計で580万日分、510億歩という膨大なデータが分析されました。
主要な分析手法
- 心血管疾患との関連:
DHRPSを四分位に分け(低・中・高)、高DHRPS群と中・低DHRPS群の間で、6つの心血管疾患(2型糖尿病、高血圧、心不全、脳卒中、冠動脈硬化症、心筋梗塞)の有病率を比較しました。 - Phenome-wide Association Study (PheWAS):
DHRPSと1,789の疾患コードとの関連を網羅的に解析し、心血管疾患以外の健康リスクも評価しました。 - 運動負荷試験との比較:
サブグループ分析として、21名の参加者においてDHRPSと運動負荷試験で得られた最大代謝当量(METs)との相関を調べました。
結果:DHRPSが明らかにした心血管リスク
心血管疾患との強い関連
高DHRPS群(上位25%)は、中DHRPS群と比較して、以下のような高い有病率を示しました:
- 2型糖尿病:2.03倍(95%CI: 1.70-2.42)
- 高血圧:1.63倍(95%CI: 1.32-2.02)
- 心不全:1.77倍(95%CI: 1.00-3.14)
- 冠動脈硬化症:1.44倍(95%CI: 1.14-1.82)
さらに、低DHRPS群と比較すると、これらのリスクはさらに顕著でした。例えば、2型糖尿病のリスクは3.13倍(95%CI: 2.60-3.79)、心不全で3.28倍に上昇しました。
PheWASによる網羅的解析
PheWAS(Phenome-Wide Association Study)において、1,789種の疾患コードに対してDHRPSの関連性を検討したところ、実に518種の疾患と有意な関連が確認されました。。特に、肥満、睡眠時無呼吸症候群、高血圧、GERD(胃食道逆流症)など、代謝や自律神経系に関連する疾患との関連が強く認められました。この結果は、DHRPSが単なる心血管リスク指標ではなく、全身の健康状態を反映する包括的な指標であることを示唆しています。
運動負荷試験との比較
DHRPSは、運動負荷試験で測定された最大METsと強い相関を示しました(ρ=0.47)。これは、従来の歩数(ρ=0.43)や心拍数単独(ρ=0.16)よりも優れた相関性です。つまり、DHRPSは臨床現場で用いられる運動耐容能の指標とも整合性が高いことが確認されました。
DHRPSの生理学的基盤
DHRPSが心血管リスクと強く関連する背景には、以下のような生理学的メカニズムが考えられます。
- 冠血流予備能の低下:
高いDHRPSは、心臓が運動時に十分な血流を供給できない状態(冠血流予備能の低下)を反映している可能性があります。これは、冠動脈硬化や微小血管障害の初期兆候と関連しています。 - 自律神経バランスの乱れ:
心拍数の上昇は、交感神経活動の亢進または副交感神経活動の低下を示唆します。このバランスの乱れは、心血管イベントのリスクを高めることが知られています。 - 代謝異常との関連:
2型糖尿病や肥満との強い関連から、DHRPSはインスリン抵抗性や慢性炎症といった代謝異常のマーカーとしても機能する可能性があります。
なぜDHRPSが優れているのか?既存の指標との比較
従来の研究では、心拍数や歩数は個別に心血管リスクと関連づけられてきました。例えば、高い心拍数は高血圧や冠動脈疾患のリスク因子として、歩数の少なさは運動不足や死亡率の上昇と関連づけられてきました。しかしDHRPSは、それらを組み合わせた“比率”という構造により、次の2つの利点を持っています。
- 日常生活における身体負荷に対する心臓の反応性を評価できる
- 同じ歩数でも心拍数の違いがリスクとして評価できる
たとえば、毎日8,000歩歩いているとしても、心拍数が80回/分の人と90回/分の人ではDHRPSが異なり、後者の方がリスクが高いと予測されるのです。
日常生活への応用:DHRPSを活用した健康管理
この研究から得られた知見は、個人の健康管理に直接活用できます。以下に具体的な行動指針を示します。
DHRPSのモニタリング
FitbitやApple Watchなどのデバイスを使用して、自身のDHRPSを計算し、経時的に追跡します。DHRPSが高い場合(研究では上位25%が0.0147以上)、心血管リスクが高い可能性があるため、注意が必要です。
心拍数と歩数のバランスを意識
DHRPSを改善するためには、以下の2つのアプローチが有効です:
- 心拍数を下げる:有酸素運動(ウォーキング、サイクリングなど)を習慣化し、安静時心拍数を低下させます。十分な睡眠やストレス管理も重要です。
- 歩数を増やす:1日あたりの歩数を増やし、運動量を確保します。研究では、歩数が7,000歩を超えるとリスクが低下する傾向が認められました。
医療専門家との連携
DHRPSが持続的に高い場合、かかりつけ医に相談し、血圧、血糖値、脂質プロファイルなどの詳細な検査を受けることが推奨されます。
研究の限界
この研究にはいくつかの限界があります:
- 横断研究の性質:
データは一時点のものであり、因果関係を断定することはできません。例えば、DHRPSが高いことが原因で心血管疾患が生じるのか、または既存の疾患がDHRPSを高めているのかは不明です。 - 選択バイアス:
研究参加者はウェアラブルデバイスを所有する層に偏っており、一般人口を完全に代表しているとは言えません。 - デバイスの精度:
消費者向けデバイスの心拍数や歩数の測定精度は、医療機器ほど高くない可能性があります。
結論
DHRPSは、心拍数と歩数を組み合わせたシンプルながら強力な健康指標です。この研究は、DHRPSが従来の指標よりも心血管リスクをより鋭敏に反映することを明らかにしました。ウェアラブルデバイスの普及が進む現代において、DHRPSは個人の健康管理や早期リスク検出のツールとして大きな可能性を秘めています。今後の研究では、DHRPSの縦断的な変化と疾患発症との関係を解明することが期待されます。
参考文献
Chen, Z., Wang, C. T., Hu, C. J., Ward, K., Kho, A., & Webster, G. (2025). Daily Heart Rate Per Step (DHRPS): A Wearables Metric Associated with Cardiovascular Disease in a Cross-Sectional Study of the All of Us Research Program. Journal of the American Heart Association. doi:10.1161/JAHA.124.036801.
追記:DHRPSは、どのくらいの値を目標にすれば良いのか?
DHRPS(Daily Heart Rate Per Step)はまだ新しい指標であり、現時点では「臨床的に確立された目標値」は存在していませんが、本論文の結果から「健康的」と考えられる目安をある程度推定することができます。
論文から読み取れるDHRPSの参考値
研究では、DHRPS値に基づき参加者を3群に分類しています:
グループ | DHRPS(平均) | 心血管疾患リスク |
---|---|---|
低DHRPS群 | ≤ 0.0081 | 最もリスクが低い |
中間群 | 0.0081〜0.0147 | 標準的 |
高DHRPS群 | ≥ 0.0147 | リスクが有意に高い |
つまり、DHRPSが0.0081未満である人たちは、2型糖尿病や心不全などの有病率が最も低く、「健康的な群」として捉えられています。
実践的な目標設定:DHRPS<0.008を目指す
例で考えてみましょう:
平均心拍数(bpm) | 歩数(歩/日) | DHRPS |
---|---|---|
75 bpm | 10,000歩 | 0.0075 目標達成 |
85 bpm | 7,000歩 | 0.0121 高め |
70 bpm | 9,000歩 | 0.0078 目標達成 |
したがって、以下のどちらか、または両方を実践するとDHRPSは下がりやすくなります:
- 1日あたりの歩数を増やす(例:8,000〜10,000歩以上)
- 平均心拍数を下げる(例:安静時心拍数を70以下にする)
DHRPSを改善するための具体的な生活習慣
- 有酸素運動(ウォーキング、サイクリング、スイミング)を定期的に
- カフェインやアルコールの過剰摂取を避ける
- 深呼吸や瞑想など、副交感神経を刺激する習慣を取り入れる
- 十分な睡眠(7〜8時間)と睡眠の質の確保
- 歩数計アプリやウェアラブルでリアルタイムにDHRPSを把握する
DHRPSは絶対値ではなく「傾向を見る指標」
DHRPSは個人差が大きく、体格、年齢、基礎疾患などによっても異なるため、「1日だけ」の数値に一喜一憂する必要はありません。1〜2週間の平均でトレンドを見て、下がってきていれば改善していると考えて良いです。
結論
- 目標DHRPS値は「0.008未満」がひとつの理想的な目安になります。
- これは、平均心拍数が安定しており、活動量が十分な生活を意味します。
- 健康的な生活習慣を続けることが、自然とDHRPSの改善につながります。