CT検査を受けることによる発がんリスク:最新エビデンス

医療全般

はじめに:有用性の裏に潜むリスク

CT(コンピューター断層撮影)は、現代医療において欠かせない診断ツールの一つです。外傷評価やがんの進行度診断、心血管疾患の検出まで、あらゆる場面で威力を発揮します。その利用は増加の一途をたどっており、米国では年間およそ9,300万件のCT検査が6,200万人の患者に対して実施されています 。
しかし、CTはX線によるイオン化放射線を利用しており、この放射線はDNA損傷を引き起こし、発がんリスクを高めることが知られています。これまでにも小児におけるCT検査と白血病や脳腫瘍との関連は複数の疫学研究で示されてきましたが、今回の研究は、アメリカ全体における2023年のCT検査による将来的ながん発症数を、最新の高精度モデリングと放射線量推定を用いて初めて包括的に明らかにした点で、非常に意義深いものです。


調査の方法:93万件の検査から未来のがんを予測

この研究では、米国における2023年のCT検査データ(総数9,300万件)をもとに、将来的に何人が放射線によりがんを発症するかを予測しました。解析に用いられたのは、UCSF国際CT線量レジストリという大規模な実臨床データベースであり、ここには143施設からの12万人超の実際のCT検査情報が含まれていました。

それぞれの検査について、モンテカルロ・シミュレーションという方法を用いて、18の臓器に吸収された放射線量(mGy単位)を精緻に再現しました。その後、国立がん研究所(NCI)の「RadRAT」ツールを使い、年齢・性別・被ばく臓器ごとのがん発症リスクを推計しました。最終的には、これらのリスクをアメリカ全人口にスケーリングして、国家レベルでの将来的ながん発生件数を導き出しています。

結果:10万人超のがんが将来発生する可能性

2023年に米国で実施されたCT検査は約9,300万件であり、これは6,151万人に対して行われました。その内訳は、小児が257万人(4.2%)、成人が5,894万人(95.8%)でした 。

分析の結果、2023年にCTを受けた6,151万人のうち、将来的に約102,700人(90%信頼区間:96,400~109,500人)が放射線によってがんを発症すると推定されました。これは米国で1年間に新たに診断される全がん症例の約5%に相当します。

2023年にアメリカで実施されたCT検査(合計9,300万件)による放射線被ばくが原因で、将来発症すると予測されるがんの件数は、肺がん(22,400件)、大腸がん(8,700件)、白血病(7,900件)、膀胱がん(7,100件)、そして女性では乳がん(5,700件)といった内訳でした。

特に注目すべきは、成人が全体の95.8%の検査を受けていたことから、成人における放射線由来がんが93,000件と推定され、小児は9,700件とされました。しかし、CT1件あたりのがんリスクは小児で顕著に高く、特に1歳未満でCTを受けた女児では、1,000検査あたり20人ががんを発症すると見積もられました。


がんの内訳と部位別リスク:腹部CTが最多寄与

部位別に見ると、腹部・骨盤CTが全体の32%の検査を占めながら、がんリスクの37%(37,500件)を占めており、単一の部位として最も多くのがんを生じさせる要因となっていました。これは、腹部CTではしばしば多相スキャン(複数回照射)が行われるため、被ばく線量が高くなることが一因です。

小児では頭部CTが全体の53%のがん発症(5,100件)に寄与しており、甲状腺がんや脳腫瘍のリスクが懸念されました。特に乳幼児においては、骨髄や脳への放射線感受性が高く、少量の被ばくでも将来的ながんリスクが高まることが示されました。


モデルの科学的背景と分子生物学的視点

このリスク評価に用いられた「RadRAT」ソフトウェアは、被ばく後のがん発症リスクを、被ばく時の年齢、性別、臓器線量、そしてアメリカ人口の死亡率・発症率統計と組み合わせて計算しています。もとになっているBEIR VII報告は、原爆被ばく者など長期追跡データをもとにしたもので、がんの潜伏期間や放射線感受性の年齢依存性を反映しています。

放射線によるがんリスクは、主にDNA二重鎖切断による突然変異、染色体異常、そしてp53などの腫瘍抑制遺伝子の損傷によって説明されます。低線量放射線でも細胞内で酸化ストレスが誘発され、長期的に発がん性変化が起こりうることが分子レベルでも示されています。

既存研究との比較

本研究による生涯がんリスクの推計値は、2007年のデータを用いた過去の研究 における推計値(約29,000件)の3~4倍となっています。この増加の主な要因としては、以下の点が挙げられます。

  • 線量評価の精度の向上: より詳細な患者データと最新の線量評価法を用いることで、臓器線量の推定精度が向上しています 。
  • CT検査の利用増加: 2007年から2023年にかけて、CT検査の利用が30%以上増加しています 。
  • 多相スキャンの考慮: 本研究では、造影剤投与のタイミングを変えて複数回撮影を行う多相スキャンを考慮に入れています。多相スキャンは、より多くの放射線に被曝するため、リスク評価に影響を与えます 。

本研究の意義と今後の展望

本研究は、CT検査が将来のがんリスクに及ぼす影響を定量的に示した点で、公衆衛生上重要な意義を持ちます。推計によると、現在のCT検査の利用状況が続けば、CT検査によるがんは、将来的に年間のがん新規診断数の5%を占める可能性があります 。これは、アルコール消費(5.4%)や過体重(7.6%)といった他の主要な発がんリスク要因に匹敵する数字です

本研究結果は、CT検査の適応決定における放射線リスクの考慮、線量最適化の重要性、そして不必要な検査の抑制の必要性を改めて強調しています 。

このような詳細なリスク推定は、医療現場において「どの検査が本当に必要か」「線量をどこまで下げられるか」を再評価する材料になります。特に、多相スキャンの削減やプロトコル最適化により、線量を20~50%以上削減する余地があることが過去の研究でも示されており、本研究はそのインパクトを国民レベルで可視化した点で実践的意義があります。


Limitation(限界)

いくつかの限界も明示されています。

  1. BEIR VIIモデルは主に日本の原爆被爆者データをベースとしており、現代アメリカ人への適用に若干の不確実性があります。
  2. CTを受けた患者は、もともと病気を持っていることが多く、がん以外の疾患で早期に亡くなる可能性もあり、全てが「将来的ながん」に至るわけではありません。
  3. RadRATは低線量放射線に対する“線量・線量率効果補正因子(DDREF)”を使用していますが、これ自体が確率的な値であり、リスクが実際より過小評価されている可能性も指摘されています。

明日からできる実践:CTは適切に、慎重に

CT検査を行うこと自体は多くの場合において正当であり、命を救う重要な検査です。しかし、以下の点を意識することで、不要な被ばくを減らすことができます。

  • 医師:必要最小限のCTスキャンを、適正な線量で、適切なタイミングに行う。
  • 技師・放射線科医:プロトコルを見直し、低線量技術(たとえば逐次再構成技術)を最大限活用する。
  • 患者:不安なときは「このCTはなぜ必要か?」と遠慮せず尋ねること。

放射線被ばくは、蓄積すれば無視できないリスクになります。医療の価値を守りながら、将来の健康も守るために、CT検査の「質」と「数」を見直すことが求められています。

まとめ

本研究は、米国のCT検査の利用が将来のがんリスクに及ぼす影響を包括的に評価したものです。CT検査は、医療において重要な役割を果たしていますが、放射線被曝に伴うリスクを十分に認識し、その適正利用に努めることが不可欠です。

参考文献

Smith-Bindman R, Chu PW, Azman Firdaus H, et al. Projected Lifetime Cancer Risks From Current Computed Tomography Imaging. JAMA Intern Med. Published online April 14, 2025. doi:10.1001/jamainternmed.2025.0505

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